第29話
1500が終わると昼食の時間にだった。
昼飯は熱中症対策の観点から各教室で食べることになっており、椅子はグラウンドに持って行ってしまったため、椅子の無い開けた教室で生徒たちは各自グループを作って食べている。
二人はそれぞれいつも席がある場所に座り黒板の方を見ながら並んで昼食をとる。
「小岩井……。さっきは応援ありがとな!小岩井の声聞こえて一気に覚醒した!」
「嗚呼、うん……。」
小岩井はずっと女の子座りで俯いていて、買ってきたパンを広げようとしていた。
蓮の方を見る気配はなかった。
蓮から見ていつも通りといえばいつも通りなのだが元気がないように見えるようにも見えなくはない。
午前中、三人組に何か言われた可能性を考えて尋ねようと思った。しかし話していた内容が自分に言われたことと同じ内容だった時、言い出しづらいのだろうと考え、いつも通りに笑って話をすることが正解であると考えた。
「あ!小岩井!ちょっと待った!」
蓮はパンの入ったビニールを開けようと手を掛ける小岩井を制止させる。そして自分のバックから水色の巾着袋を取り出した。
少しだけ戸惑っているように見えた小岩井の顔がパァっと花が咲いたように明るくなる。
「そ、その弁当箱!?」
「いや、見つけたんだけどさ?渡すタイミング見失ってて……。」
小岩井は蓮の両肩を掴むと「あああ~!も~~!」と言って嬉しそうに蓮の肩を揺らす。
「痛い痛い!」
「ありがとうな!」
蓮は小岩井にその巾着袋を渡す。
すると小岩井はその袋の中に、まるで食べる前の弁当のような重さを感じた。
「え?」
戸惑う様子を見せる彼女はゆっくりと袋の中から弁当箱を取り出し、真っ黒な蓋を開く。
弁当箱の中には、不格好な卵焼きと、きんぴら、アスパラガスにベーコンを巻いて焼いたものが入っていた。
簡単な料理であるかもしれないが、蓮にとっては初めて作る弁当でとても苦労をしたこともあり、とてつもなく緊張している。
「その~、僕、小岩井にいっつも何かしてもらってばっかでお返しとか出来てなかったと思って……。」
「……。」
彼女の顔はひどく俯いていて見えない。
しばらくそんな彼女の小さな後頭部を見ていると、華奢な肩を震わせながら弁当を食べ始めた。
「え!?な、泣いてる!?」
「泣いとらんわ……!」
彼女は蓮に背中を向けて無我夢中で弁当を食べた。
弁当箱は一つしかなかったため、自分はパンを食べる蓮。
小岩井の買ってきたパンは二人でデザートとして食べた。
――まぁ、喜んでくれたみたいで良かった……。
「植田!足速いんやな!13人抜きやで!」
二人が昼食を食べている中、クラスの陽キャグループに位置する様な男子が声をかけてきた。
いつも虐めてくるグループとは違うグループのようだ。
「お、おう……そうだな……。」
思わずキョドって小岩井と同じような反応をしてしまった蓮。
小岩井の方を見ると下を向いて顔を隠していたが方が震えて笑いをこらえているのが分かる。
「まぁ元気があるならよかった」と内心思いながら小岩井を横目に男子生徒と会話を続ける。
「これはMVPは蓮か!?13人抜きやで!?13人!」
「なんで僕より盛り上がってるんだよ……」
「学年のMVPがうちのクラスから出るからな!蓮って陸上部やったっけ!?表彰されたら名前叫ぶわ!」
「ひ、表彰があるのか!?ま、まぁ一位じゃないし多分出ないだろ……?」
教室の反対側でさっきの三人組の少女達がチラチラとこちらを見ている。
「いや!わからんで?なんたって13人抜きやからな!」
「ぼ、僕は出たくないから午後は頼んだぞ!絶対活躍してくれ……!」
「おう!まかしとけ!」
嵐のように過ぎ去る彼の姿を見て蓮はほっと胸を撫で下ろす。
例の少女たちも、彼が自分のもとを離れるとこちらを見向きもしなくなった。
蓮は彼の名前を知らないが、人あたりからしてきっとたくさんの人に好かれる人間なのだろうと感じた。
「植田は人気モンやな……。」
小岩井がこちらではないどこか遠くを見ながらそうつぶやいた。
「ん?うん。急に人気者になったみたい……。まぁ?活躍できたし?妥当な評価と言えばこれは妥当な評価と言えるだろう!」
アッハッハと手を腰に当てて笑ってみせると小岩井は寂しそうに笑った。
「なんか植田が大空先生化しとる……。」
「ん?なんか言ったか?」
「んや、なんもないで!」
午後からの体育祭はというともうそんなに見どころがあるものでもなく、たまにクラスメイトや知りもしない生徒と一緒に写真を撮ろうといわれて何度かとったくらいだ。
その時初めてたくさんのクラスメイトと話すことが出来た蓮は意外な事実を知った。
中高一貫のこの学校は高校からの入学者を近年多めに受け入れている影響から、エスカレーター組と高校入学組とで仲が良くないらしい。
おまけに中学時代、いじめられていた小岩井と仲が良くなった高校入学組の蓮。
虐めの恰好の的であったわけだ。
全世界に嫌われているのだは無いのだろか?なんて錯覚に陥り、死にたいなんて何度も思っていた。けれど実際はこんなふざけた理由で、蓮をいじめていた世界はこんなにも小さかったのだ。
それを聞いた瞬間、どっと疲れが押し寄せて、笑いが止まらなくなってしまった。
体育祭が終わり帰宅する。
夕暮れ時のいつもと変わらない放課後。
いつものように蓮の右側を歩く少女。
けれど今日の小岩井の様子はなんだかおかしく、学校を出て人が少ない道を選んでからはずっと手を繋いで離さない。
「植田は結局MVP取れんかったな……。」
小岩井は残念そうに肩を落とす。
「みんなそれ言うが、そんなに欲しかった!?」
「いや、そういう訳ちゃうけど……。物は言いようやなって……。」
今回のMVPは同じく1500mで「逆に逃げ切れた奴凄くね?」ということと、今回が歴代大会記録で4分48秒がでたということからMVPは一位の選手が受け取ることになった。
今日話しかけてくれた男子生徒を含めたクラスの数名が不服そうにしていたが、蓮自身としてはそういったことで目立ちたくなかったため、素直にありがたかった。
その生徒をなだめる機会があったおかげで昼間の男子生徒と仲良くなることができたから蓮としては万々歳だ。
「まぁ二位がもらうのだって変な話な気もするしな……。」
「そっか……」というと彼女は黙り込む。
今日はなんだか一日中会話が続かずになんだか関係性がムズムズとして歯がゆい感じがした。
「植田は他の友達と一緒に帰らんでええんか?」
「ああ?まぁ……良いんだよ。今日知り合った奴と帰るより小岩井と一緒にいる方が楽だしな。もしかして打ち上げの約束とかあったか?」
「いや、まぁないけど……。そ、そーか……。」
小岩井は相変わらず俯いて自分の顔を隠す。
表情がコロコロ変わって忙しそうだ。
「なぁ、植田?」
「……ん?なんだ?」
「体育祭も終わってさ、学校のみんなとも多少仲良くなれたやん?」
「お、おう。」
緊張した小岩井はいつもの癖のように右手で胸元の髪を触ろうとするが、そこには縋るものはなにもない。
「まだこれからも遊んでな?」
「おう!」
出会った時と同じ夕暮れ、紫色の空を抜けて青暗くなりかけた空。自分はこの空が好きだった。
なにか始まるような気がする。
この日から明日からまた虐められるのだろうか、なんてことは考えなくなっていた。
きっと虐めていた奴らも同じちっぽけな人間であると分かったからだろうか。
それか、もしかすると彼女の屈託のない笑みを見たからかもしれない。
「それじゃ植田……!またな……!」
小岩井愛の生存戦略! 伊藤温人 @itohalto
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