街中の魔法使い

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街中の魔法使い


それは真冬の氷が解け始めた春頃のことだった。


「暇だな…………」


田中 恵一は人気のない公園のベンチで空を眺めていた。


引っ越した。

…というよりはどちらかというならば今回も家から追い出されたという方が正しい。

父と母が飛行機事故で死んでからというもの僕という子供は親戚をたらいまわしにされて生きてきた。

始めは祖父母のところで暮らし、祖父母が死んだら次は叔父叔母のとこ。


たらい回しにされた理由は単純明快簡単だ。

それは嫌われていたからってだけ。



色々と酷い言われ方をしたものだ。

不気味な子だとか呪われた子だとか。

疫病神…とか。

気持ちのいい風には呼ばれたことはなかった。

でもしかし、だがしかし、

人間案外と丈夫な生き物で、昔は結構効いたものだけど今はもう痛みはしない。

うんざりはするけれど、そんなのにも慣れてしまった。


それに正直言って心当たりはあるのだ。


言われる理由もどうしようもないことではあるが分かってはいる。


自分自身人から好かれる風に変わりたいと願った事も無いわけではないが、人間どこまで行っても自分は自分、変われるものでもない。

だから、まあ、クヨクヨしててもしょうがないかなと割り切った。

うん…!そうそう、こーゆーポジティブなのは自分の良いところでありまた好きなところだ。


そして今回もまた、中学卒業という区切りって事で俺は回し回されたわけである。


新幹線を何時間も乗り、軽い乗り物酔いと共に見知らぬこの街に辿り着いた。

名は…どうやら滝垳町(たかがけ)というらしい。

聞いたことは無い。

ていうか自分の行方というものにそこまで興味があったわけでもないし、そこまで贅沢な人間でもない。ただ流されるままに進路が決まり、流れるままにここにいる。


正直な話をするならば。

中学を卒業したらフリーターにでもなろうと思っていたくらいだ。

義務教育ではない高校に行くことは俺の立場では到底無理だったし、かと言って真面目に就職が出来るかと言われたら、なんの後ろ盾もない俺には厳しい。

自立するのには少々幼いが、できなくも無いそんな年頃。

そんなこんな将来を漠然と考えていたある日、母方の家、梼山(ゆすやま)という所から連絡が来た。

5年ほど前になるか。

両親が死んで俺が引き取られたのは田中…つまりは父の方の家であり、この歳で初めて連絡がきたものだからかなり驚いたが。話を聞いていくうちに梼山というのは結構でっかい名家だったって事も分かった。

一族の者がプー太郎はダメだということで俺の学費とかもどうやらもそこから出してもらえるらしい。そこは確かにありがたいし、マジでかなり角度のついた挨拶に行かなきゃいけないと思っているのだが(てか今から行くのだが)、色々と気になることもあった。


それは最近になって突然に絡んできたことだ。それまでは僕の存在なんかしらぬぞんぜぬ、ましてや今回みたいに面倒を見てくれるなんて話はまったくと言っていいほどなかった。


…いや?どうだろうか?

もしかしたら本当に存在を知らなかったのかもしれない。たしか何処かで聞いた話では母は父と駆け落ち紛いに実家を飛び出し、さっぱり縁を切ったと聞いた気がするが…まぁいいや。

知らない知らない。

貰えるものは貰っておこう、齧れる脛は齧れる時に齧っとくもんだ。


「すぅ…」


一つ深呼吸。


大きく吸って…。

…吐いて。


でもうん、滝垳の居心地は悪くない。

何より空気が綺麗だ。

澄み渡る。

肺の奥まで濁った自分の何かが浄化されるような、

洗い流されるような…そんな空気。


大きめで重めのリュックサックを背負って空を見上げた。長く重たい前髪が、まだ少しだけ肌寒い春の風に乗ってゆらゆらと揺れる。


時刻は昼頃。

本日滝垳に着き新天地の冒険もかねて、ふらふらと何も考えず歩き続けたら、場所も名前も知らないくたびれた公園に辿り着いた。

朽ちたブランコに整備されていない砂場。

決して小さいとは言えない公園だが、人の気配は皆無。

ベンチに座り休憩していた最中だった。


「あっ…」


誰もいないと思われた公園。

その公園のちょうど中心で俺は一人の若い女を見つけた。


降り落ちた早朝の雪のように純白に長く伸びた髪。

妖美に切れた薄い紫の瞳。


美しさというベクトルで競わせたら敵う人間なんていないと思えるほどの端麗なその容姿。身長はそこまで高くはない、たぶんきっと155くらい。


そんなことよりもだ。

何よりも目を引かれたのは、

彼女から目が離せなかった理由は


その手に握る白銀の刀だった。

身長を優に超えた細長い巨大な刀。


袖の長い、

けれど動きやすそうな和風の着物を纏い、

区切られた境界の中で戦う、女。

そんな彼女に対峙する異形の化け物。

蜘蛛のような複数の腕の中心に人の身体を乗せた男。


目を疑った。

何度も疑い、この瞳をさらに深く擦った。


それでも現状は変わらない。

この瞳が映し出す光景は変わらない。


「なん…だ…。あれ…?」


音は何も聞けないし、聞こえない。


でも…視える。

この目で視えているのに、違う。


たしかにここなのだ。


間違いなく、違いなく、

一寸の狂いも、なにもなく、

今、現在、

彼女が…。

その女が…。


戦っているのは、この目の前。


俺の眼の前。


少し、あとほんの2センチでも動けば熱いキスすらできそうな至近距離。


でも、通り抜ける。

すり抜けるんだ。


例えるならば…そう。

ホログラムを見ているような。

いや…でもそんな映像なんかよりも鮮明で、

これは…もっと現実敵で、


そこにいるのにいない。


霧のように、

幻覚のように、

通り抜けて実態を掴めない。


…。


少女側から僕の姿は見えていないようだ。

見る余裕がないだけかもしれないが。


ああ…でも、

もしあっちからも見えていたのなら…、

すごく邪魔だっただろうな…俺…。

睨み合っている最中、真ん中で腕ブンブン振り回して…。


まぁでも…多分見えてないと思う。

無視されてたし…。

バチバチにやり合ってたし、てかやり合ってるし、今。


俺はスタスタとそんな事を考えながら歩き、

その戦いが見えやすい、

近くの土ぼこりがかかったベンチに座ると、

拳を強く握って観戦を始めた。


・・・


蜘蛛男と女は向かい合う。

戦乱の武士の一騎打ちのように対峙する二名。なにを話しているのか蜘蛛男は唾を飛ばしながらも口をパクパクと動かすと、ひどく憤慨する。

口から白い粘着質の糸を少女の方向に何本も吐き出した。

だが少女はそれをものともせずに、


宙に舞い散る布のように華麗に…。

粉雪のように儚く。

その糸を全て避けきった。


それが更に蜘蛛男を怒らせた。

吐き出す糸の本数は倍近くに増えていく。

しかしそれでも当たらない。

少女は二進一退のステップを踏みながら蜘蛛男との間合いを詰めていく、

徐々にけれども確実に近づいてくる少女に対し次第に蜘蛛男の顔に焦りが見えてきた。

再び少女と距離を取ろうとする蜘蛛男。が、しかし、その判断は1秒も遅かった。


…少女は蜘蛛男の懐に近づくと、

その巨大ともいえる刀を腰に当て、瞼を閉じ、


一閃。


いく本もの青白い線が蜘蛛男に走ったかと思った矢先、血のシャワーを降らし、蜘蛛男の身体はブロック状に割れ落ちる。


ぐちゃぐちゃに切り刻まれた男はそれでもまだ生きているのだろう。湖のように溜まった血の池の中で肉塊だけがもぞもぞと動き続ける。


少女はその肉塊にゆっくりと近づくと、

右の手のひらを肉塊に向け。

そこから発射された白色に近い高熱の光線で肉塊を焼ききった。


舞い散る灰だけが残り。

少女に付着していた男のかえり血は蒸発して消えてゆく。

男であった筈の証拠の灰ですら風か何かに飛ばされた。


ここに戦いが終わった。

蜘蛛男が負けたのだ。

負け、死に、チリも残さず消え去った。


あまりにもあっけなく。


終わった。

命が消えた。

命を懸けた勝負が平然と淡々と終わった。


女の顔を見ると恐ろしいほどに冷静だった。

命を奪ったというのにも関わらず、まったくの迷いがない真っ直ぐな視線。


握っていた刀はどこかへと光の屑に宙に消え、

服装も先ほどまでの和服ではない、街中でも何の違和感もないような、いや、ちょっとオシャレな服に変わっていた。


女が手を掲げると。

黒色の円が現れた。


人一人がちょうど出入りできるくらいの扉のような円。それは、きっとこちらとあちらをつなぐ扉なのだろう。


自分でも言っていて

意味わかんないけど…なんとなく、

そんな感じがした。

彼女はその扉を潜り抜けると。


僕と出会った。


僕は息を切らして彼女が出てくる扉の目の前にいた。

走って彼女を迎えていた。


動揺しているのだろう、

女の冷静で冷徹なその瞳が少しだけ、本当に少しだけ動いた。


「…」

「…」


俺とその少女の間にはしばらく謎の沈黙が続いた。


何かを話そうと思ってたのにうまく言葉が出てこない。自分のコミュ力の低さをここに来て痛感する。


「…貴方どこの魔術師?」


張り詰めた空気の中、先に口を開けたのは少女の方だった。


「…ま、まじゅつし?」


魔術師ってなんだ?

いや分かるけど。

魔法を使う…あの…あれか…?


「…?」


少女は首をかしげる。


「じゃあ…だれ?」


「えっと…」


会話がいまいち噛み合わない。

けれどエンジンはかかった音がした。

対話はターン制。

今度はこっちの番だ。


「あ…っ…あのさ!!

ちょっといいかな!

あの、あれは一体なんなんだ?

キミはなんで戦っていたんだ…。

…あ、いやそれよりも…。

あの…えーっとさ!!…えー…」


なかなか話がまとまらない。

頭の中では何を聞こうかをずっと…考え続けているのに。

考えれば考えるほどに口ばかりがからまわってる。


「貴方…もしかして、一般人…?」


ボソッとそんな声が聞こえた。

少女は何かを考えこむように顎に片手を乗せると、


「見えてたの?

どこまで見た?…どうやって見た?

…何でここにいるの?」


見ていた?

どこまで…どうやって…って…。

あ、あれ?…質問してるの俺だよな…?


「…え、キミが蜘蛛?かな?

そんなのと戦ってる所から、

終わりまでずっと…そこで、見てた」


俺はそう言って、先程まで座っていたベンチに指を指す。

彼女は俺の指先に釣られ、チラリとベンチを見ると、どうでもいいと言った表情でこちらに振り返る。


「だから…どうやって?

この公園には…結界を張っていた。

人払いの誤認識も…。だからただの人間が……」


人が来れない結界。

人払いの誤認識。

彼女の言っていることは、よく分からないけれど。


俺がこの場所に来れた理由があるのなら。

俺はそれを知っている。

見ることができる可能性を俺は持っている。


長く伸ばした前髪が風に乗せられ、

隠していた片目が彼女を映し出す。


緑色に変色した右目が。

この呪われ狂った瞳が。


真っすぐ。

ただ真っ直ぐ彼女を捉えていた


ただの人間が来られない場所。

もしそんなところがあって、

そんなところに来れた理由。


それなら多分。

ただの人間じゃないから来れたんだ。

普通の眼じゃないから見れたんだ。


「…魔眼。

へぇ、なるほど…これは…珍しい。

なら視えててもおかしくはないか…」


魔眼と言った。

彼女は僕の右目を見て魔眼と言った。


「この右眼のこと何か知っているのか…?」


「貴方自分の眼のことなのに知らないの?」


「…知らない。

…生まれつきずっと…こうだったから」


「そう…」


「そ…そうって…冷たいな…。

もうちょっと食いついてくれてもいいのに。

珍しいんだろ?その、魔眼って?」


「そうね…でも、どうでもいいもの。

たとえ貴女がどんな人間でも私に害さえなければ関係ない」


「そっ…………そう…か」


…どうでもいいか…。

ちよっと寂しかった。

好きの反対は無関心とはどこかの誰かが言っていた気がするけれど、今、ヒシヒシとそれを感じてる。


「…貴方名前は?」


そんな彼女の声が聞こえて、僕の落とした肩の角度がやや上がる


「えっ…?…僕のこと?」


「他にここに誰かいる?…いるなら教えてほしいんだけど」


女は不機嫌そうに言った、

でも、それでも、

名前を聞いてくれたことに、僕に興味を持ってくれたというそれだけでテンションが上がった。


「た、田中 恵一!

よ、よろしく…

親しみやすく、そうだな…ケイちゃんでもいっちゃんでもいいよ…!」


「中学?高校生?…歳は?

大人には見えない」


す、スルー…すか…。


「あっ…

そういや、関係ないんじゃなかったの?」


俺はニヤニヤと笑い、彼女を挑発するように言う。


「別に言いたくないのならいい。

ここで出来た細いつながりが途切れるだけよ」


冷ややかな瞳に背筋がぞくりと脈を打つ感覚。

ああ、怒らせると不味いタイプだ、この人。


「来週から高校生。あーー…今日。色々あってこの街に引っ越して…来たんだ…まぁ…そのホント色々あって…」


「引越しって…じゃあ…ここら辺…家近いの?」


「家は、その…分かんない…」


「はい?」


「だから、

まだ来たばっかなんだって…ほら…この荷物見てよパンパンだろ?

まだ住む場所、見てないんだ」


「迷ったの?…住宅街だったらもっと西…」


「迷ったっていうかさ、探検してたんだ」


「探検…?」


彼女は不思議そうに首を傾げた。


「そ、見知らぬ土地についたら先ずは探検したいっていうか…。

なんだろう…歩きたいっていうよりは…土地勘を得たいっていうのかな、まぁそんな感じ」


「それで…こんな場所まで来たの…?」


「うん。駅から、ほんとぶらぶら、なんとなく歩いてきた」


「駅って…滝垳駅から…歩いてきたの!?」


「ん…?まぁ多分、そんな名前だったっけ?」


「…結構な距離あるわよ…ここから駅」


「はえ…そうなんだ…」


「…変な…奴…」


変な奴って…。

酷いことを言うな。


「…そう…かな…?

みんなやってないの?

気にならない?自分の住む場所?」


「そういうのは家とかに荷物置いてからやんのよ、

ふつう…!

なんで、駅に着いた瞬間ひゃっほう、

冒険すんぞーになんのよ!

どこの海賊王よ!」


「えへへ…」


「ほめてないから…!照れんな!」


後ろ髪をポリポリと掻いた。


「はぁ…そう。

あんまり寄り道しないで、帰りなさい…。

じゃあね」


彼女は一つため息を落とすと、公園の出口にむかってスタスタと歩いてゆく。


「ちょ、ちょっと待ってよ!!」


俺は彼女を引き留めた。

その細く白い手首を掴んで。


「あのさ、大事なこと

そっちがまだ…答えてないんじゃないか?

あれはなんだ?

キミはなにと戦っていた?

それに…名前も、何も聞いてない」


彼女は腕を掴まれ仕方なくと言ったら態度でため息をついて振り返る。


「何で私が懇切丁寧に、教えなければならないの?

私は貴女の友達でも先生でもない。

…私と貴方は関係ないしその義理もない」


「違う」


俺は知ってしまったのだから。

繋がりを持ってしまったのだから。


こんな面白そ…いや大変なことを

そのままにしておくことなんて出来ない、できるわけがない。


「関係ならあるよ。今話した仲だ。

それに、俺に名前を名乗らせたんだ。

君だって名乗る義務がある」


…。

少しの沈黙の後、

また「はぁ…」とため息が聞こえた。

それは、彼女の長く深いため息。


「これは………私が嫌いな三つ」


3本の細い指を真っ直ぐ立てた少女。


一本目、薬指を折る。


「一つは馴れ合い。

すぐに恋だの、友情だの、そんな臭い関係を迫ってくる奴。

勝手にやればいい。

私をその枠組みに入れようとするな。

私は群れるのが嫌いなの」


二本目、中指を折る。


「二つ、馬鹿。

特に命知らずのバカ。

賢さは人の強さよ、それを捨てては人もただの獣。

獣は品がないから、嫌い」


「三つ、これが一番嫌いね、

余計な詮索をあれこれしてくる奴。

知られたくないから、関わりたくないから、

こっちは距離を取ってる

わざわざ高く痛痛しい壁を建てている。


でもたまにいるのよね、その壁を踏みこえてくる奴が。

地獄というものを知らないで。

自分が物語の主人公にでもなったかのように何でもできると思って、好奇心と言う名の飛び台でアホズラ下げて飛んでくる。

そして結局最後に尻を拭うのはいつも私。

最後に欠けることなく全員が知らなければよかったとそう言うの。本当に…頭にくる」


全ての指を折って

ゆっくり拳下げた後に追撃するように彼女は言った。


「これ以上、そんな人を増やしたくないの」


その尖った気迫に、

美しい瞳に、

時間が止ってしまったように何も言葉が出てこなかった。


頭の中ですら、

真っ白に染められてしまったのだと思う。


「…でもそうね…

勝利の余韻で気分がいいから特別サービス。

私も、名前と年齢くらいなら教えてあげる」



真っ白な少女の口から吐息が漏れる。



「…梼山(ゆすやま)光里(ひかり)

高校2年。

特にいうこともない、ただの魔法使いよ」

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