「悪いのは口だけ?」「……性格もかな」「自覚あったんだね」
餌を探したクロアリがベンチをのぼり、一欠片のクッキーを見つけて咥える。そのまま踵を返して巣の方向に向かおうとしたところで、白く大きななにかに弾き飛ばされた。小さな生物の生活の営みに不要な攻撃を加えたのは、わざわざ明言するまでもなくピンクさんである。
「私悪くないもん。私がせっかく少年のために用意してきたクッキーを我が物顔で持って帰ろうとした不届き者に天罰を与えただけだもん」
罰を与えただけで、命を奪うことはしなかったし、その分クッキーはくれてやったもんっ!それにあっちの方がアリの巣だしっ!となにやら言い訳をしているのは、これまたやっぱりピンクさん。と言うより、今この公園には僕ら二人しかいなかった。虫たちもいるのに、それらを数えないとは、なんて人間は傲慢なのだろうと思考をずらしたところで、目の前に新しいクッキーが差し出される。そう、ここまでは、突然ピンクさんからクッキーを貰った僕がそれを受け入れきれずに行っていた現実逃避である。
「ほら、今度はちゃんと食べてよ。食べてくれないと無理やり食べさせるよ?」
それともお姉さんに食べさせてほしいの?……あっ、もしかしてアレルギーとかあった?小麦粉と卵と入ってるんだけどダメだったかな?と、一方的に強気に出た直後に一転弱気になっておろおろするピンクさん。情緒が不安定すぎて心配になるが、受け取って口に入れたら笑顔になった。なお、先程クロアリが咥えて行ったのはピンクさんが落としたクッキー、その欠片である。
「どう?おいしいかな?あんまり慣れてないから、上手く作れてる自信がなくって……」
アレルギーの話を始めたことからも何となく想像はついていたが、このクッキーはピンクさんの手作りのものらしい。言われずとも形が不揃いで焼き色にムラがあるクッキーは手作り感満載だが、実際に明言されたことで真実はひとつに集約されたのだ。それまでは、このクッキーには無限の方農政が秘められていた。市販とか、貰い物とか、そういう可能性だ。
「美味しいか美味しくないかで言ったら美味しいと思う。ただ、おいしいんだけど個人的にはちょっと微妙かな」
いくら美味しいくできていたとしても、手作りのお菓子なんてものはそれほど仲良くない間柄で渡すものではない。少なくとも最低限、この相手が作るものなら大丈夫だという信頼関係を築いた上で初めて食べるものだ。にも関わらずこうやって突然食べさせてくるピンクさんの行動は、少しまともとは遠かった。
「美味しいって言ってもらえたのは嬉しいけど、微妙かぁ……。良かったら今後の参考にしたいからどこがどう微妙だったのか教えてくれないかな?」
我ながら、結構美味しくできたと思ったんだけど。と口にするピンクさんに対して、味はほ問題なかったことを伝える。問題があったのは クッキーの方ではなく、それを作った人の行動なのだから。
「なるほど、良くなかったのはクッキーの出来じゃなくてクッキーをあげたことだったのね」
「他にも良くないところがあったんだけど、何かわかる?」
「……頭と、要領と、あとは成績?」
自分で言うことじゃないかもだけど、顔はいいもんなぁとつぶやくピンクさん。結構な自己肯定感だ。その割に自己評価が低そうなのが気になる。頭の中まで明るそうな髪色をしているくせに、実際はネガティブ思考なのだろうか。
「ピンクさんの成績と頭は知らないけど、良くなかったのはアプローチの仕方かな。多分仲良くなる方法を考えたんだろうけど、そうやって無理に詰められるより普通にしてもらえた方がたすかる」
僕は確かに友達がほしいが、ほしいのは普通の友達であって不審者な友達ではない。逆に言えば、ピンクさんが不審者ではなく普通の人であれば、仲良くするのはやぶさかではないのだ。むしろ仲良くしたいし、なりたい。普通の人なら。
「なるほど……むずかしいんだね。ちなみに少年は、どんな人と仲良くなりたいとかある?」
そうやって寄せてこようとしない人であり、普通の人である。友達がいない人間の高望みだが、目的として友達を作るのではなく結果として友達がほしいのだ。これまでいなかっただけに友達という概念を崇高視しているぼっちに対して、積極的に仲良くなろうとするのは悪手だ。と、そこまで客観的に自分を分析したところで、僕は自分がもうぼっちではないことを思い出した。そう、高校デビューに成功したおかげで、もう友達ゼロ人ではないのだ。もちろん多いわけでもないが、そこは気にしてはいけないところである。
「そうやって私のことを遠ざけようとするところは、少年の悪い所だよね。直した方がいいと思うな。もっと素直になりなよ」
普通の人、というところを強調したところ、ピンクさんには自分を遠ざけようとしているように映ったらしい。けれど残念ながら、僕はいつでも素直である。素直が故に変人になろうとして引かれていたのだから、素直すぎると言ってもいい。
「え、じゃあ、私の事悪くいうのは天然なの?素直になれなくて照れ隠しで悪態ついてるとかじゃなく?」
そもそも、素直に話して恥ずかしくなるほどピンクさんのことを知らない。そういうのが恥ずかしいのは、隠したい自分があるからで、僕にとって隠したいものは自分の過去の醜態くらいだ。口が悪いのは元々である。
「ふーん。……ねえ、悪いのは口だけ?」
もっと他にもあるんじゃない?私への扱いとか、私への扱いとか、私への扱いとか。そんなふうに言うことでほぼどストレートに対応の改善を求めてくるピンクさんを前に少し頭を悩ませて、他に悪いものを考える。ピンクさんの扱いは、ピンクさん自身が不審者の部類であることを考えればきわめて妥当だろうし、ピンクさんみたいに頭と成績!と言うには僕の高校は進学校だ。そしてまだ定期テストの一回もしていない以上、学年内での自分の立ち位置なども分からないので不適切である。
「……性格もかな」
となると、すぐに思いつく中で思いつくのはこれくらいだろうか。あまり自慢ではないが僕は性格が悪い自信がある。家族がお願いだからやめてくれと言われても辞めることなく、むしろこの方向性で合っているんだと嬉々として奇行をしていたくらいだ。まともな性格をしていれば、泣いている親の目の前で道端ヘッドスピンなどやらない。
「自覚あったんだね。ならもっと優しくして欲しいな。私、これでも繊細だから傷付くんだ」
あと、ついさっき素直だって主張した直後に性格悪いアピールするのやめよう?発言の一貫性を大切にしよう?と窘めるように言うピンクさん。繊細さをかけらほども感じさせない素敵な髪色をしているくせに、そういうところは気にするらしい。
「気にするよっ!気にさせてよっ!」
私にだっておかしいところを咎める権利くらいあるでしょ!と主張するピンクさんだが、僕は性格が悪いので気にしない。抗議を受け入れてさえもらえなかったピンクさんは、どこか悲しげな表情だ。コロコロ表情が変わるので、見ていて飽きない。
「……まあ、クッキーおいしいって言ってくれたし、今日はもういいかな。今度またなにか作ってくるから、その時は感想聞かせてね」
バイバイっと手を振るピンクさんは、きっとそういうところが問題なのだと理解できていないのだろう。けど、なんだか本人が嬉しそうで楽しそうにしているのを見れば、それを伝えることもはばかられた。
名前も知らないあの子との、二人だけの秘密の関係 エテンジオール @jun61500002
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