Mにまつわるエトセトラ
別に死にたいわけでもないけど、生きてたいわけでもない。そんな風に投げやりに生きていた時期がある。
履歴書に書いてもマイナス査定にしかならないバカ高校を卒業して、何をとち狂ったか小説家になりたいだなんて言い始めて、箸にも棒にも引っ掛からないまま27になって就職して。
典型的な学生時代がピークの人。そのピークだってたかが知れてるのに、それくらいしかないもんだから、それくらいしか人に話せない。人生のハイライトシーンはいつも十年も二十年も前の昔話だけ。そんな時にMに会った。
運命的な出会いでも何でもない。一人暮らししてて、パチンコで気前よく勝って、そのあぶく銭でソー〇ランドに行って出てきた相手がMだった。
化粧でコロコロ顔の印象が変わる子で、安西ひ〇こに似てた時が多かったかな。本人は「いや、知らないし」ってあんまり嬉しそうじゃなかったけど。
綺麗だったよ。綺麗な目の形をしてて、酒ヤ〇ザで、ギャルだった。細身で背が高くて、何でもズバズバ言ってきてヤンキーにモテる感じ。
会社でパワハラ上司にガッツリ根性へし折られて
親より先に死ぬのはやめといた方がいいけど、親がいなくなったらいつ死んでもいいなってマジでそんな暗いこと平気で考えてた俺にとって、Mのあけすけに話す調子こいたしゃべりが心地良かった。十年近く忘れていた感覚。一日中ずっとMのことを考えてた。
引くよね? うだつの上がらない
2時間120分、本指名料込みで4万5000円。22時からは来るお客さんが少ないから来てくれると助かるって言われて、最後の方はいつも終電の終わった時間にタクシーで帰って、たぶん1回会うのにもろもろ5万くらいかかってたかな。
吹けば飛ぶような給料と貯金がすぐに溶けて、喜んでそれやってたんだから結構な入れ込み具合だ。
LINE交換してMが店であげた写メ日記を毎日チェックしてさ。こんなもんだよ。30過ぎて金も夢も無くて女もいない、寂しいおっさんのやることなんてみんな似たり寄ったりだ。周りから
「客商売だから」「金払わないと成り立たない関係っておかしくない?」
周りから色々と言われたけど、そんなことどうでもよかった。考えたくもなかった。
店に行ってエレベーターからひょっこり顔を出すMを見ると、間接キスがどうのこうので騒いでた中学時代みたいにドキドキした。
自分のこと、Mのこと。小さいころはこんな子だった。母親はどうだった。友達はこうだった。
代わりばんこで話すたわいもない話をしていって、店に行く前にはちょっと盛った面白エピソードを仕込んでMの前で披露してMを笑わせるのがあの時の俺の生きがいになってた。
Mが金の無い頃に付き合ってたやつがいて、そいつの話をするときだけはいつもと違う温度があった。普通だったら気付かないくらいのその生ぬるい温度が引っ掛かって、前に「いつかそいつに迎えに来てほしいんじゃないかと思ってた」って言ったら「あんな
LINEの返事も気まぐれで、三日も四日も一週間も返事が来ない時も多くて、
そのくせムカついた時だけは俺が打つの後ろから見てた?って聞きたくなるくらい返事が早い。Mが朝起きると毎日何十通も男からLINEが来るらしい。
「私とやりたい男なんて腐るほどいて、返す優先順位なんてその時の気分だよ」とか言っちゃう調子こいた嫌な女。Mの地元だと親の下の名前を呼ぶのが流行ってたらしくて、俺はMの本名は知らないのにMの母親の名前だけは知ってるし、5年以上たった今でも覚えてる。
そうだね、俺は本名も知らない、ホントか嘘かも分からない女に入れあげたんだ。
人生で一番か二番くらいに好きになってた。30過ぎて、ブヨブヨに太り散らかして、すっかりブサイクになった安月給のおっさん。そんなやつが干支一回り違う風俗嬢に本気で
おふざけで二人で働けば何とかなるかもねなんてよく話してたよ。近くのコンビニ行くにもタクシー呼んで買い物する女。方向オンチらしい。見栄っ張りで、一緒に焼肉を食いに行った時も店のボーイにお土産買っていこうとするし、店の待機時間に映画見てパケット代だけで月に10万使う女。
1人でも月100万以上稼ぎがないと成り立たない生活をしてるMに俺の給与明細は絶対に見せられなかったな。
でも何かそのうちに、金を払えばヤ〇ザだろうがどんだけキモいおっさんだろうが誰のどんなものでもあれしてこれしてMがSEXをするってことが耐えられなくなってきてた。だから俺みたいなやつでもMとSEXできたわけで、いまさら何言ってんの?って当たり前の話なのにね。
チリチリと
勝手に好きになって勝手に今さらなことにじれてる自分を見るのも嫌だった。やっぱりMに他の誰ともSEXしてほしくなかった。
映画の話も音楽の話も合ったし、俺が知らない映画やドラマもMが好きって言ったのはみんな面白かった。
だから相性が悪かったとは思わないけど、俺がつまんないこと考えだしてから少しずつ、他の、当人同士とは関係ないようなことでかみ合わないことが出てきてダメになった。
本気で腹くくってたはずなのに、金とMの仕事のことでひよった。俺のぬるま湯人生で初めて金がほしいと思ったし、初めて金に負けたと思った。
Mはアニメ化されてた小説で好きなキャラクターがいて、俺は「そのアニメの原作者、俺だよ」って言えないのが悔しかった。どうでもいいって自分の夢を雑に扱って諦めてたくせに、いまさら小説家で売れて金もあったら、俺はMと一緒になれてたはずなのにとかマジで終わってるっしょ。
おふざけでも二人の将来の話はしなくなったし、仕事を辞めるような話もしなくなって「別にこの仕事が嫌いなわけじゃないし」とか言ってて、その頃には互いの温度もすっかり冷めてた。
素っ気ない態度ばっかりとる子だったし、俺も周りの言うことを聞いてないふりしてしっかり聞いてて、俺に好意を持ってくれてるだなんて思わないようにしてた。
Mは俺のこと好きだったと思うよ。それが分かったのは、それまでとその冷めたなって感じた時の温度感が全然違ったから。
少なくとも、ついこの前までは俺に好意を寄せてくれてたんだって、もう二度と俺に気持ちが戻ってくることがないことが確定した時に分かるって皮肉だよ。
「俺がMにつまんないこと言い始めたら、その時は消える」そんなことをMに言ったことがある。言った後にMはビクリと震えた。それはしないでほしいと思ってくれているようだった。そういうとこだけはちゃんと見てて、こんなことにだけ頭の回る俺を、俺はどこかぼんやりと
うまくいかなきゃ、どれを選んだって後悔はする。やれるだけのことをやってダメなら後悔はしないなんて嘘だ。あの時の俺は、後悔の仕方をそれなりの時間をかけて選んだ。
このままズルズルと、俺に気持ちのなくなったMに客として通い続けていつしか忘れ去られるだけの男になるか、一番最悪なタイミングでMの前から消えるか。
俺は後者を選んだ。忘れられるのだけは嫌だった。恨まれてたとしても、一生Mに俺を覚えていてほしかった。
ベコベコに凹んで、前に出られないくらい社会人生活に打ちのめされてた俺に、Mはもう一回、調子に乗ることを思い出させてくれたのにね。
俺は店に行かなくなった。LINEも返しても返さなくてもいいようなギリギリの返事を最後に終わらせた。
これが最後だって決めて会った時に「分かった。次からはそうするから」ってシレっと言ってた。
「サイツェン」ってLINEに入れたら「何それ?」って返ってきて「中国語でまたねって意味だよ」って教えたくせに、それを最後に俺はMの前から消えた。
そうしてまた俺は空っぽになった。出会った人間とどれだけ仲良くなっても、どれだけ相手に非が無くても、何かのはずみで無慈悲に平気で人を切り捨てるやつに気付いたらなってた。
5年以上前のあの日、狭い何もない部屋で、タバコを吸うのに窓を開けると雨の降った後のアスファルトの匂いがして、風が生暖かかった。
二人が「好き」「いいよね」って言って話してたロックバンドの曲をずっと聴きながら、ベランダから見える大して見たくもない空を、ただぼんやりと眺めてた。
いつかMが俺のことを捜しだしてナイフか何かで刺してくれたらいいのに。避けたりなんかしないからさ。
Mにまつわるエトセトラ 望月俊太郎 @hikage_furan
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