第11話 怪作

 目を覚ますと、私は床に倒れていた。真っ白で何も無い部屋を見渡してみても、頭に何も浮かばない。手を握る感覚すらおぼろげだ。目で見ていないと、自分が何をしたのかも分からなくなっている。




 ここは何処で、私は誰だ? 思い出そうとしても、視界で捉えているこの真っ白な部屋だけが頭に浮かぶ。ここから出ればいいのか、それとも留まるべきか。どっちつかずの私。きっと記憶を失う前の自分も優柔不断な人間だったのだろう。




 そう思った瞬間、まるで水面に広がる波紋のように壁が歪み、通路が現れた。壁に挟まれた細い道で、行きも戻りも一人が限界な細い道。




 通路を歩いていくと、壁から人面が浮き出てきた。少々不気味だが、優し気な表情をしている女の顔だ。




「ヒカル」




 女が喋ったのだろうか、ヒカルという言葉が私の脳から耳に流れてきた。なんだかしっくりくる。ヒカルというのは、もしかしたら私の名前なのかもしれない。確かな記憶を取り戻すまで、私はヒカルだ。




 通路の奥にある空間に入ると、小さい建物の模型で、動物のぬいぐるみ達が生活していた。オシャレなティーカップでお茶会をしていたり、服をコーディネイトしあったり、仲良さげだ。




 ぬいぐるみ達の生活を眺めていくと、部屋の隅にツタで覆い隠された扉を見つけた。扉を開けようとしてみたが、鍵が掛けられているようで、ドアノブが動かない。どうやら鍵を見つけなければいけないみたいだ。




 私はぬいぐるみの体に隠されている鍵を探した。頭を引き千切り、溢れ出てくる綿に手を突っ込んでまさぐって。私の行動が怖かったのか、ぬいぐるみ達は慌てて模型の家に隠れた。屋根を外し、中で詰まっているぬいぐるみを一個ずつ確認したが、鍵は見つからなかった。




 結局、人形からは鍵は見つからなかった。部屋中に綿が散乱している。目が疲れなくてさっきよりずっと良い。




 床に散らばった白い綿の中に、黒い何かがあるのを見つけた。綿の中に手を入れて拾い上げると、それは黒色の鍵だった。鍵が掛かっていた扉にその鍵を使うと、扉が勝手に開いていく。




 扉の先は、これまでとは全く違う暗く陰鬱な雰囲気が漂う通路だった。全体的に錆びており、壁一面にツタが覆い、天井の照明は点いたり消えたりで不安定だ。一歩目を踏み出すと、足元で柔らかい何かが潰れた感触を覚えた。見ると、手の平サイズの果実。それが私に踏まれて、皮に隠されていた赤い実が露わになっていた。




 通路を進んでいくと、壁を覆うツタに写真が挟まれていた。手に取って見てみると、頬と頬をくっつけた二人の少女が写っている。別の写真を見てみると、さっきの写真と同じ二人の少女が歯磨きをしている場面が写っていた。その他にも挟まっていた写真を見ていったが、どれも同じ二人で、どの写真もとても幸せそうに写っていた。




 でも、ある一枚だけ。その一枚だけが、異質だった。三人の女が写っているであろう写真の内、二人の顔が尖った何かで削られていた。真ん中に写っている少女だけがハッキリと残っている。不幸を知らなそうな純粋な笑顔を浮かべている少女の笑顔に、私は吐き気を催した。ここは酷く居心地が悪い。早くここから離れないと。




 通路を進んだ先にあった扉を開けると、最初にいた部屋のような真っ白な空間に、一人の幼い女の子が人形遊びをしていた。




「ヒカルはお母さんが大好き! ミツキちゃんはもっと大好き! 三人一緒で楽しいね!」




 楽しそうに人形を動かす女の子。でも、動かしているのはお母さん役の人形と、ミツキちゃん役の人形だけ。残ったヒカル役の人形は椅子に座らせたまま。どうしてか、それが私には耐えられなかった。




「ねぇ。その子は動かさないの?」




「どうして?」




「だって、その子も輪の中にいるでしょ? なら、二人だけじゃなくて、その子も動かさないと。ほら、遊んであげて。遊んでよ。遊びなさいよ!!!」




 女の子が両手に持っていた人形を払い落とし、ヒカル役の人形を手に持たせた。女の子は首を傾げながら難しそうな表情を浮かべると、私が渡した人形を私に差し出してきた。




「あなたはどうしたの?」




「……え?」 




「お母さんとミツキちゃんの輪に入る為に、あなたは何をしたの?」




 汚らわしい。不愉快。羨ましい。気持ち悪い。理不尽。ズルい。死んで。死にたい。殺したい。殺して。私はあの日、ベッドで交わる二人を見た。裸になって何度も何度もキスをしてた。時計の針は深夜一時十四分。タンジェント。私の部屋。私のベッド。私じゃない二人が埋め尽くしている。信じてたのに。信じるべきじゃなかった。待ってたのに。待たなきゃよかった。私の心が歪んでいく。台所。銀色の刃物持って。階段の軋み。幸せそうな二人。不幸な私。




「……あ、そっか。殺したんだっけ」




 妄想から還るや否や、生臭さと鉄の匂いで嫌な気分になった。赤く滲んだベッドのシーツ。その上に、二人は寝ている。酷く寝相が悪く、不細工な顔を晒しながら。見開いている目が私を見ているような気がして、なんだか腹が立った。


 


「そんな目で見ないで。気色悪い」


 


 手に持っている赤い刃物で、二人を私が見えないようにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サクッと読める! ドロドロヤンツンデレ百合短編集 夢乃間 @jhon_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ