第10話 お姉ちゃん 私を好きにならないで
私にはお姉ちゃんがいる。格好良くて、可愛くて、優しくて、大好きなお姉ちゃん。幼い頃から私の面倒を親以上に見てくれて、親以上の愛を注いでくれた。
そんなお姉ちゃんだったから、必然的に恋愛対象として見るようになった。でも、この気持ちは秘密にしている。今のままでも十分なのに、これ以上求めてしまうのは、あまりにも自分勝手だからだ。
だから、このままでいい。このまま、姉妹のままで。
「……私、恋をしてるのかもしれない」
私の髪を乾かしてくれていた時、唐突に打ち明けられた。この時間は、私にとって一番の癒しの時間だったはずなのに。背中から感じるお姉ちゃんの感触と体温。私の髪を褒めてくれるお姉ちゃんの声。お風呂上りのお姉ちゃんの香り。
今はただ、ドライヤーの音だけ。何も考えられない。あるいは、考えたくないのかもしれない。だから、ドライヤーの音がよく聞こえるんだ。
気付いたら、私はお姉ちゃんの部屋の天井を見ていた。隣に顔を向けると、私の方を向いたまま眠るお姉ちゃんがいた。頬にかかった髪。少しだけ開いた唇。呼吸が出来ているのか不安になる小さな寝息。初めて一緒に寝てくれた時と同じだ。
でも、変わった所もある。顔も、体も、もう大人だ。まだ子供のままの私とは違い、お姉ちゃんは大人になってしまった。学生から社会人になり、見ていた仕事をする側になり、いつかは家庭を築く。お姉ちゃんなら、仕事も家庭も、どちらも上手くいく。頼られる社会人になり、幸せな家庭を築き、沢山の人に最期を見届けられる。
離れていく。ずっと傍にいてくれたお姉ちゃんが、ずっと傍にいてほしかったお姉ちゃんが、私から離れていく。姉妹という関係が薄れていく。
嫌だ。私はまだ、お姉ちゃんの妹でいたい。お姉ちゃんが、見て、聞いて、考えて、愛してくれる妹でいたい。今の私達の関係が水で薄まった絵の具なら、色の濃い絵の具で塗り替えよう。水を注がれても、色褪せない程の濃い色を。
台所から持ってきた果物ナイフを手にして、お姉ちゃんの上に跨った。寝苦しかったのか、お姉ちゃんはゆっくりと目を開き、私の姿を視界に捉えると、目を見開いた。
「え……なんで、ナイフを……!?」
お姉ちゃんは逃げようとしているが、非力なお姉ちゃんでは逃げられない。両腕だって私が膝で抑えてるし、動かせるのは顔と足だけ。ジタバタと足を暴れさせ、私の手に握られている果物ナイフから目を背けようとしている。
私はお姉ちゃんの頬を軽く叩いた。私を差し置いて、私が持ってる果物ナイフに意識が集中してたから。
「え……え……え……」
まるで壊れたロボットだ。でも良かった。ようやく私から目を離さなくなった。
「お姉ちゃん。私は、お姉ちゃんにこれ以上を求めない。もう十分な程に、お姉ちゃんから与えられてるから。だから、今度は私が与える番」
私は果物ナイフの刃を左手で握り、手の平に傷口を作った。横に裂かれた傷から血が溢れ出し、私の体温が傷口に集まっていく。
お姉ちゃんの口を無理矢理開き、口の中に左手を入れて、私の体温を帯びた血を飲み込ませた。苦しそうに悶絶するお姉ちゃんを見て、罪悪感が湧くのに、自然と笑みがこぼれてしまう。
しばらくすると、お姉ちゃんは恍惚とした表情で目を細めながら、自分から私の血を吸い始めた。まるで、母親の母乳を吸う赤子のよう。痺れるような感覚が下腹部から全身に流れ、呼吸のテンポが速くなる。
「お姉ちゃん。私だけのお姉ちゃん。私が傷付けて、慰めて、愛してあげる。私は、お姉ちゃんだけの妹だから」
私の血が、お姉ちゃんの中に流れ込んで、お姉ちゃんの血と混ざり合っていく。私達は二人で一人。求め合い、与え合う。私達は姉妹だから。
だから、お願いお姉ちゃん。私を一人の女性として見ないで。
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