第2話 「君は、一体何者なんだ。」
第2話 「君は、一体何者なんだ。」
「意識が戻ったのか・・・!」
「意識が戻ったわ!よかった・・・。」
俺たちは胸をそっとなでおろす。
「ここは病院よ。あなた道端で倒れていたみたいなの。」
「たおれた?」
「そう、意識もなくて怪我もしていて。」
彼女はぼーっとして、辺りをきょろきょろ見回す。
まるで病院という所に初めて来たような素振りをしている。
そして俺を指さすと、
「だれ?びょういんの人?」
「うん、私は病院の看護師よ。この男の子はあなたを見つけて、すぐさま救急車を呼んで助けてくれたのよ。」
「・・・そうなの?」
「あ・・・そうです。どうも。」
「あり・・・がと・・・?」
「あぁ、いえいえ。」
ちょっと照れくさい。
「あなた、名前は? どこから来たの?」
看護師さんが聞くと、
「・・・・・・わからない。私はどこからきたの・・・?」
俺に尋ねる。
いや、俺も知らんて。
「名前・・・名前は・・・シエル。たしか、シエル、だったような。」
そういうと顎に手を当てて考えるポーズをした。
ぐっと眉をひそめてぐっと考えている。
「えぇと、わからないって・・・。両親はどこにいるの?」
「わからない・・・。」
「帰る家はあるのか。」
「わからない・・・。家?」
「そう、家。寝たり、ご飯食べたりする場所。ないのか?」
「ない・・・かも。」
家も住所もわからず、名前まで曖昧だとは。
「まさか、記憶喪失か。」
「きおくそうしつ?」
「なんでもいい。なにか覚えていることはないか。」
「うーん、名前しかわからない。」
やっぱりか。完全に記憶を失っている。
「あらら、困ったわ。もしかして事故の衝撃で記憶がなくなっちゃったのかしら。でも脳の機能に異常はなかったのよね・・・。」
「心因性記憶障害っていうやつですかね。」
「うん・・・。そうかも。」
心因性記憶障害。
それは何らかのストレスや、心的外傷で事故があったときの記憶の一部にぽっかり穴が開いてしまうようなストレス障害の一つだ。
このシエルと名乗る少女は何か心に大きな傷を負ってしまったのだろう。
そして、両親のことも自分自身のことも忘れてしまったのかもしれない。
心因性記憶障害はストレスになったことを脳が強制的に忘れさせてしまうものだ。
きっと少女は倒れる前に大きな事故に巻き込まれたに違いない。
「・・・・・・ぇ。」
「わたし、だれなの? みんなわたしのことしらない?」
シエルは身体をうずめる。
「わたし、ここにいていいの なんでここにいるの。」
俺はシエルの肩に手を置く。
「ちょっと思い出してみてほしい。」
「わたしは・・・おもいだす・・・?」
「うん。君はどこから来たんだ。
両親はどこにいる。
なぜあんなところに横たわっていたんだ。」
シエルはうつむき、自分自身に問いかけるように復唱した。
それを手伝うように俺も続けて質問を繰り返した。
「そうだ。
君は、一体何者なんだ。」
「わたしは・・・なにもの。」
そうつぶやくと彼女はさらに暗い目をして俺の顔を見つめる。
「お前の服にこれが入っていたんだ。
懐中時計だろ?
これで何か思い出すことはないか。」
それを見せた途端、シエルの目が変わった。
ぼんやりと見つめていた目がなにか見てはいけないものを見たかのような驚きを見せた。
「あ、あ、そ、それ。なんで。そんな・・・」
顔がだんだんとゆがんでいき、呼吸も浅くなってゆく。
綺麗な白髪をくしゃくしゃとかき、頭を抱える。様子がおかしい。
「おい!どうした!」
「私の存在は。あ、あぁ。あああ、思い出せない。
ううん、思い出せないんじゃなくて。
頭が。頭が痛くなるの・・・。
あっ、いや・・・そんな・・・あああああああああああああああああああああああ。」
頭を抱えながら絶叫する。ひどい頭痛に襲われ、頭を振り、泣きながら狂うように叫んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
同じ言葉を繰り返し叫び、むせぶようにあえいだ。
突然の出来事に俺は恐怖し、肩を掴んでいた手をぱっと放す。
突然おかしくなってしまったシエルに呆然と立ち尽くした。
身体が動かずに固まる。
どうなってしまったんだ。
「大丈夫! 大丈夫よ。あなたはここにいていいの。だいじょうぶ‼」
看護師さんがそう言ってシエルを抱きしめる。
強く抱きしめ、叫ぶシエルに声をかけ続ける。
シエルは看護師さんの腕をつかみ、頭を伏せながら泣く。
「ああああああぁ・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私を・・・
私を見捨てないでっ!!!」
シエルは苦しそうに叫んだ。
そう言われる看護師さんは優しく頭を撫でる。
「うん、見捨てないよ。
辛かったんだよね。
無理に思い出す必要はないから、ゆっくりでいい。
ここにいよう。」
その光景を俺はそばで見ていることしかできなかった。
その言葉を聞くと、シエルは正気を取り戻し、また眠りについた。
シエルの寝顔を眺めながら、俺は近くにあったウォーターサーバーの水を注ぎ、のどを潤した。
「困ったわね。まさか記憶喪失なんて。
しかも思い出そうとしたらこうなってしまうんですもの。
よほどのストレスがかかっていたのかもしれないわ。」
「すみません、俺があんなこと言ったばっかりに。」
「いや、いいのよ。私も同じこと聞こうとしていたし。」
うしろめたさと申し訳なさを感じる。
シエルはどんな劣悪な環境にいたのか。
一般的な虐待でもこのようになることもあるだろうが、それよりももっとショックなことがあったのだろうか。
「どっちにしろ、昔のことを深く詮索するのは良くないですね。」
「そうね。この様子だとショックでさらに悪化しちゃうわ。
まだ普通に話せる段階ではあるけれど、最悪廃人化してしまったらどうにもならないし。」
そうなってくるとシエルは今後どうしたらいいんだ。
こうなってしまっては本格的に両親に帰すのも良くない気がしている。
それはたぶん、看護師さんだって思っていること。
「入院している最中は病院で面倒は見れるけど、そこまで長くも居させてあげられないし。」
「いったん警察に行くしかないですかね。」
「それなんだけど、さっき電話してみたの。
そしたら警察にも捜索願は出ていないみたいなのよ。
ここまで特徴のある子だし、もしなにか連作があれば両親じゃなくたって親戚とか友達とか、誰かしら見つかると思っていたのに。」
「そうだったんですね。」
本格的に詰んだような気がする。
この子の身柄を引き取ってくれる人が見当たらない。
「とりあえず、栄養失調や身体の傷が治るまでは病院で預かることにするわ。
そしたらこの子の身柄は警察の方で引き取ってもらいましょう。
私たちじゃ、力不足になってしまうし。」
「そうですね。」
「一ノ瀬くんもありがとうね。ここまで一緒にいてくれて。」
「いえ、俺は冒険心でここにいたようなものなので、正直不謹慎の塊だと思います。」
一度でもむふふな展開を望んだ過去の自分をぶん殴りたいくらいだ。
これはそんな安易なハプニングではなく、立派な事件になりかねないものだ。
「ううん。大丈夫よ。
私も君がいてくれて安心してたところあるし、シエルちゃんも君の顔をみてちょっとでも安心したと思うよ。」
「でも、シエルが叫んだ時、何もしてやれませんでしたから。」
「それを抑えるのは私の仕事でしょ。
君はいてくれるだけでよかったんだから。
たとえ下心百パーセントでも!」
「いや、だから良心もありますって。」
看護師さんはそれを聞くとふふっと笑った。
「私の名前は三上みかみっていうの。今日はありがとうね。」
「いえ、こちらこそ。シエルをよろしくお願いします、三上さん。」
「多分、一か月くらいは入院してもらうからたまにはお見舞いに顔出してね。」
「もちろんです。」
「ちゃんと良心でね。」
「わかってますって。」
そう言って病院を後にする。
時刻はお昼を下回っていた。
午前中の出来事とは思えないほどにいろいろなことがありすぎた。
肩に入っていた力がすっと抜けた。
腹が鳴る。
「昼ごはん、どこかで食べよ。」
記憶喪失の少女をひろいました。 秋人 @akatsukiii
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