第1話 「正直、めちゃくちゃタイプなんだよな。」
第1話 「正直、めちゃくちゃタイプなんだよな。」
ちゅんちゅんと小鳥が鳴いている。
昨夜、半分だけ閉めたカーテンからまばゆい朝日が差し込んでいる。
(もう朝か・・・。)
一般男子高校生の朝は早い。まずはねむい目をこすりながら、顔と寝ぐせのついたぼさぼさの髪の毛を洗う。
思い切り水で髪を濡らして手である程度手で解かすだけで寝ぐせがとれた。
先月、髪を短髪にしたメリットを感じる。
髪を切る前は襟足も長く、前髪も伸びっぱなしにしていた。
別に伸ばしていたわけではないのだが。
なんとなく切りに行くのもめんどくさくなっていたので夏になったし、さすがに邪魔になって切ってしまったのだ。
目がさっぱりしたところで朝ご飯を食べる。
今日の朝ご飯のために、と昨日作っておいた焼き魚を食べる。
見知った自分流の味。
(よし、今回もおいしく焼けたな。)
あのスーパーの魚は鮮度が良かった、などと独り言を垂らす。
食器を片付け、アイロンで伸ばしたYシャツと年季二年物の制服に袖を通す。
そしてもう一度髪の毛を確認する。少し濡れているが、自転車をこいでいれば乾くだろう。
***
学校まで自転車を走らせる。朝日が気持ちいい。
俺の高校は小高い丘にあるから、毎日長くてぐるぐるとした坂を登らなくてはいけない。
陰キャの俺には朝からハードクエストだ。
上り坂の序盤で息を切らしてしまいそうになる。
この坂からはキラキラと光る海と透きとおるような空、そして穏やかな街並みが一望できる。
この景色は地域の方はもちろん、ほかの県や町からの観光客にも人気があるらしい。
「絶景の穴場」なんて言っている人もいて夏には海沿いでお祭りなんかもやっているみたいだ。
それを目当てに来る観光客ももちろんいるし、学生にも大人気で毎年大繁盛なんだとか。
とてものどかな街だ。
こんなにも平和だと何か起きるんじゃないかとかえって不安になってしまう。
平和な街を突如襲った悲劇・・・なんてSF小説ならありがちじゃないか。
街が火の海に、とか宇宙人の侵略、とか・・・・・・。
そんなことを何千と考えたことはあっても本当に何かが起こったことは一度もない。
どうせまた今日も何も起こらない平凡な一日に終わるのだ。
朝から憂鬱になりつつもこきこきと自転車を走らせていると、行き先になにか物影が見えた。
(・・・ん? あれ・・・なんだ・・・?)
道端に誰か倒れている。
全身は髪の毛のようなものでおおわれているが、小柄であまりに髪が長くて人間というよりかはなにか馬のような動物にも見える。
「動物が車に轢かれて死んでいるのか?」
本当に死んでいる動物ならすぐさま通報しなくてはならない。
恐怖心とちょっとの好奇心が足を動かす。
(え・・・。これって・・・・・・人?!)
それは人間だった。
小柄な女の子だ。
服や髪は泥で真っ黒で、まるでどこからか逃げてきたかのように足は裸足で赤くはれている。
意識はなく、ひどく昏睡している。
身体も冷たく本当に死んでしまっているのではないか。
心臓に耳を当て、脈を調べるとどうやら死んではいないようだ。小さく心臓が脈拍している。
よかった。
でもこのままじゃだめだ。
どうする?
救急車呼ぶか?
それとも警察?
わずかにパニックになりつつも俺は必死に正気を保ち、救急車を呼んだ。
***
病院で診てもらうと彼女は疲労で弱り、昏睡状態だと診断され、命に別条はなかったが、念のため入院することになった。
俺も放っておけず彼女が寝ている病室で待機させてもらうことにした。
とりあえず彼女の身元を調べ、この状態を両親に伝えなくてはならない。
そう思い、彼女の服のポケットを触る。
携帯ぐらいなら持っているかもしれない。
(あれ、携帯ないな・・・。)
彼女は、携帯はおろか財布も身分証明書も持ってなかった。
唯一、金色の懐中時計だけを持っていた。
(こんなもんだけじゃ、連絡の仕様がないぞ。)
何も持たずに出かける奴なんで今の時代、そうそういない。
ましてや高校生くらいの人ならなおさらあり得ないだろ。
もしかして家出か?
裸足で逃げてきたような恰好だったし、何も持たずに家を飛びだしてきたとか。
あり得る。髪も白髪はくはつだし不良少女の可能性もあるのか。
それとも虐待?
両親の暴力に耐えかねたとか!
俺はとんでもない女の子を拾ってしまったのかもしれない。
頭を抱えていると、先ほどまで医師と話していた看護師さんが来た。
「あなたは、この娘このお知り合いさん?」
「いいえ。道に倒れていたので救急車を呼んだだけなんです。だから俺も彼女のことなにも知らなくて。
今、両親に電話しようと思ってポケットの中見たんですけど、彼女、携帯も財布も持ってなくて…。」
看護師さん俺の言葉を聞き、目を見開いた。
「えぇ!それじゃ身元がわからないじゃない!
どうしよう、困ったわ・・・。今、カルテを調べてみてはいるんだけど情報がなにもなくてね。
それにしても道に倒れていた人を助けるなんてすごい勇気あるね。
普通の高校生じゃ、死んでると思ってにげちゃうのに。」
褒められてペコリと頭を下げた。
「でもほんとこまったなぁ。どうしよう、それじゃあ退院しても引き取り手がいないじゃない・・・。」
「確かに。でもこの子、足もひどく怪我しているし、どこかから逃げてきたんじゃないかって思うんですよ。」
「そうね。足も手も瘦せ細っているし、ここ数日何も食べていないのかもしれないわね。」
「もし家で虐待を受けていて、家出してきたなんてことなら、両親のもとに受け渡すのも少し抵抗があります。」
「そうなったら、大変ね。確かに身元がわからないからその可能性もあるわね。一応捜索願が出されてないか警察にも確認してみようとしてたのだけど、大丈夫かしら。」
「いったん、起きてから話を聞いてみましょう。」
「そうですね。」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・‼
「あ、学校。」
すぐさまスマホを取り出し、時間を見ると八時半になっていた。
完全に遅刻している時間だ。
突然の事件にすっかり時間の感覚を失っていた。
「あ・・・。どうしようかな。」
頭をポリポリと搔きながら、彼女の顔を覗く。
目鼻立ちはまるで海外の人形のように凛々しく肌は真っ白だ。
そしてブロンドというか白髪はくはつというかとシルクのように透き通った髪をしている。
まるで異世界アニメに出てくるエルフみたいだ。
すごく可愛い。
身体は幼く、華奢なため美人お姉さんというよりは少女に近い印象だ。
(正直、めちゃくちゃタイプなんだよな。)
だからこそ、ここでおとなしく学校に行くのはもったいない気がしていた。
なんせその間に目が覚めてしまえば俺と彼女の関係はここで終わってしまう。
非日常を追い求めていた俺にとっては、不謹慎だがこのシチュエーションは大変にそそるのだ。
真面目キャラな世間体を通し続けてこのまま律儀に学校に行ってしまえば、この状態で話が完結してしまう。
いや、彼女目線で言えば始まってすらいない。
これから先のあんなことやこんなことがすべておじゃんになってしまうのだ。
そんな展開があるかどうかわからないが、ないとも限らないだろう。
ここはおとなしく学校をさぼるのが吉であると結論づけ、これからのありとあらゆる可能性を展開しながら首を縦に振っていると、先ほどの看護師さんが帰ってきた。
「そういえばあなた、お名前は?」
「あ、一ノ瀬いちのせ 渉わたるです。」
「上里かみさと高校の制服着てるけど、高校生なのかな?」
「あ、そうです。」
「学校は大丈夫なの?」
「いや、もう登校時間とっくに過ぎましたし、俺は非日常のためにここに残ります。この子も心配ですし。」
「それ百パーセントの良心? 下心じゃなくて?」
「そ、そんなことないですよ、ハハハッ。」
乾いた笑い。
「まあ、心配してくれているのはありがたいわ。この子も目を覚ました時、周りに誰もいないのはショックだと思うし。」
「・・・・・・ぅん。」
「「ん?」」
「・・・・・・ぅうん、
ここ・・・・・・どこ・・・?」
寝ぼけたような柔らかい声がした。少女が目を覚ましたのだ。
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