田舎の交差点

@ku-ro-usagi

読み切り

地方の、免許センターがある場所に住んでるんだ。

免許センターで察すると思うけど、そ、不便なド田舎。

家があるのはもう少し民家がちらほらある所なんだけど、車で少し走るともうすぐ工業地帯で、働く人たちのための大きな立体駐車場とコンビニがあってさ。

駅前にはこれでもパチンコ屋はあるよ。

それくらい。

道は広いんだ、トラック多いから。

あとは点々とした民家と畑。

日本の、本当にどこにでもある景色。

その日はさ、私はバイトで。

普段は原付なんだけど、久々に帰ってきてた兄が乗って行っちゃったんだよ。

元々兄の原付だから文句も言えない。

バイト先に向かって自転車漕いでたらさ、だいぶ先からドーンッて音がして。

何事かと自転車で先に進んだら、先の交差点の真ん中に車が不自然に斜めに停まってた。

どうやらね、カップルの女の子が車に跳ねられたらしくて少し先に倒れてた。

車は白くて大きなセダン。

多分凄い高級車だろうなとは思ったけど、車には全然詳しくないし、その程度しか分からなかった。

車はその1台だけ。

田舎っぷりが分かるでしょ。


男の人たちが数人降りてきて、

「警察には連絡しましたので」

「大丈夫です、すぐに救急車も来ますので」

って走ってきた私と、交差点の手前から出てきた民家のおばちゃんに、

「大丈夫です、連絡済みですから」

って、早く行けと言わんばかりに、倒れた子を隠すように大丈夫ですを連呼された。

どんなに鈍い私にでも分かるくらい、暗にでもなく、警察や救急に連絡されたくないと言わんばかりの態度だった。

じーっと見られて、信号変わったしペダルに足を掛けたら、大男と車の影から、頭から血を流してぐったりしている女の子と、女の子に取りすがって、呆然としている若い男がいた。

遠目だったけど兄の同級生だった気がする。

田舎だからね、兄の同級生ってだけで学年もクラスも違ってても顔はぼんやり知ってたりするんだよ。

でも私はそれよりも、道路にドロドロと広がる血に思わずブレーキ踏んでしまった。

それでも。

「君、危ないからね」

とやってきた大柄な男の人に促されてその場を追い払われるように離れて、私は気になりながらもそのままバイト先へ向かった。

そのあと、テレビも地元の新聞にもラジオも、あの事故についての報道は何もなかった。


2週間後くらいしてからかな。

原付は父親がタイヤ交換してくるからと乗って行かれ、自転車は乗った途端にパンク。

修理しなきゃなと思ったんだけど、コンビニ行こうと思ってたんだよ、新作のシュークリーム欲しくて。

我ながらパンク修理してから行けばいいのに、歩けばいいかーなんてね。

田舎なんて足で歩いちゃいけないんだよ。

ろくなことがないから。

それでもお目当てのシュークリーム買って、コンビニ出た時に、あの時のカップルの男を見掛けてさ、私は思わず声を掛けたんだよ。

あの道路に広がる血を思い出してさ。

相手のあの男も私の顔は知ってるみたいだった。

ほんのりうっすら全員が顔見知りはね、田舎あるあるなんだ。

その時は、向こうもニコッと笑ってくれて、私は、

(あぁ、元気そうだな)

と思って、

「彼女、大丈夫だった?」

って聞いたんだ。

そしたら、

「……」

急にね、能面みたいな顔になった。

本当に、削がれたみたいに、真顔でもない、変な、変な顔。

それで、

「……なんのこと?」

ってその変な表情のまま聞き返されてさ。

挙げ句。

「俺、彼女なんていないけど」

って。

それが、なんかね、もう、決められた台詞をそのまま口にしてるみたいだった。

そう問われたらこう答えるみたいな。

決まったマニュアルでもあるみたいな。

私は、彼女じゃなければ、あれは妹さんとかだったのかなと思ったけど。

こうね、なんとなしに聞いては行けない空気を感じたんだ。

少しは空気を読めるつもりだからさ。

だから、

「あぁ、ごめん、勘違いだった」

って手を振って離れようとしたらね。

「な、な、遊び行こうよ」

「どこでも行けるよ」

「うちまでくれば、車あるし」

「車、中古車だけど買ったんだ」

ってぐいぐいこられたんだよ。

いやそんなん知らんし……。

何、距離感が急に気持ち悪い。

「これからバイトだから」

と嘘吐いて断わっても、

「え?どこ?遊び行きたい」

とか言うから、

「倉庫バイト」

って。

倉庫バイトはホントにそうだったからさ。

それで諦めてくれるかと思ったら、それなのにだらだらとついてこられた。

(なんかこの人気味悪いなぁ)

と思ってたら、ちょうど近くの工場の昼勤が終わる時間で、大きな工場から人がわいわいと出てきてくれて、私はそれに紛れて逃げるように帰った。

変な男を撒けた事に安堵しながら家に入ったら、上京してからはとんと帰ってこなかった兄が、またも帰ってきていたんだ。

暇なのか。

ホッとしたせいもあって、そんな兄に、ほんの話題の一つとして、名前すら覚えていないあの男の特徴を伝えて、話をしたんだ。

あの前後の出来事を含めてね、ちょっと気味悪かったって。

そしたらだよ。

兄はニコリともしないで、

・しばらく原付でもバイト先まで行かないこと

・母さんに駅まで車で乗せて貰ってバイト先、もしくは駅から出てるバイト先の倉庫までの送迎バスに乗ること

・帰りは父さんに迎えに来てもらえ

って言い出してさ。

「はー!?大袈裟!」

と言ったのに、兄は笑いもせずに母さんと父さんにも勝手に頼んでいた。

父さんは父さんで優しいから、

「いいよいいよ」

と好々爺の様に笑ってくれたけど仕事終わって一度帰ってきてからの夜なのに申し訳ない。

母さんだって異様に心配するしさ。

ああもう言うんじゃなかったよ。

それから1週間後かな。

全然帰って来なかった兄がまたも帰ってきてね、なんだろう、雪でも降るのかな。

最近の異常気象考えると笑えないんだけど。

その兄が、夕食の後に本屋付き合えと言ってきて、車の中で教えてくれたのは、

「あいつの彼女が轢かれたのは確かで、相手の信号無視。

彼女は多分即死。

相手方は、彼女を病院へ連れて行くと言いながら彼女をすでにビニールが敷かれたトランクに乗せた。

彼氏は後部座席。

男2人に挟まれ、彼女の情報を細かく聞きだされた。

彼女は両親とそりが合わず、ここより更に田舎から出てきた子で、一人で隣の駅近に住んでいること。

キャバクラで働き生計を立てていること。

彼女の友人関係も詳細も聞き出された。

知り合いや友人はキャバクラ関係のみで、あいつの知ってる限りで深い付き合いはなし。

お金を貯めてからもっと都心に出たいから、ここでの周りとの付き合いは最小限でいいとか。

それで、男達にはもう少し色々聞かれた後に、少し分厚い封筒渡されて、だいぶ先の道で降ろされたとさ」

それって。


「要は死んだ彼女をはした金で売ったんだよ」


何それ。

色々と凄く怖い。

え?そんな事できるの?

そんな簡単なこと?

女の子1人、あいつ曰く死んじゃってるんでしょ?

それに。

「何でそんなこと分かったの?」

「普通に聞いただけだ。泡銭はとうに使い切ってたから、小遣い程度の金ですぐ釣られて話してくれた」

勿体ない。

「大事な妹を守るためだならな」

うわ、シスコンがキモすぎる。

でも。

「本当に事故なの?」

「それは完全に車の方の注意不足っぽい」

「車の方はなんで慣れてるの?」

「そんなん俺にも分からんよ」

それで、はいこの話はこれで終わりと勝手に終了されてしまった。

色々他にも聞きたかったけど、兄はそれについてはもう一切口を聞いてくれなかった。


それだけの話なんだけどね。

兄はそれからはなんだかちょくちょく帰ってくるようになって、私は倉庫バイトからそのまま正社員になろうとしたけど、親の反対で渋々断念。

なんでだよ。

それで私は車は詳しくないし、でも、実家にいる間は、何度か、同じ車種の同じ色の車が街で一番大きな◯◯から出てくるのは見た。

別に同じ車種で同じ色だから何ってわけでもない。

日本には何百?何千台?といるだろうし。

あれ?そこまでいない?

何度も言うけど、うちは田舎だからね、割と人は車で認識されてるんだよ。

ちょっと可愛い色や形の車なんかに乗ったらさ、

「◯◯の店にいたでしょ?」

「△△の駐車場で見たよ」

とかね。

だから。

あんな、田舎だとかなり分不相応なね、車。

たまたまなのかもしれないないけどね。

兄に話しても、

「やめとけ」

で終わる。

「お前も世話になる日が来るかもしれないんだから」

って。

そうかもだけれどさ。

あの兄の同級生の男は、ごく稀に見掛けるよ。

ふらふら歩いてる。

田舎道なのに、徒歩で。

中古で買ったとか言ってた車はどうしたのか。

知らないけど。

何も。

何も分からないけれど。


都会は怖いって言うけど、田舎も大概だよね。














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