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 そのとき、飛行機が再び激しく上下に揺れた。さっきまでとは比べ物にならないほどの振動。キイキイと機体の軋む甲高い音が響いた。ハッチの近くで修理の準備を進めていたノゾミは、あまりの揺れに体勢を崩してしまう。

「きゃあっ!」

 悲鳴と共にノゾミの体が宙を舞い、開いたハッチに向かって吸い込まれていく。

「ノゾミ、危ないっ!」

 リアムの叫び声が、激しく揺れる機内に響き渡る。次の瞬間、ジーラが咄嗟に身を投げ出した。

「っ?」

 ジーラがその大きな体でノゾミを庇うように抱きかかえた。だが、そのまま背中を金属製の縁に強く打ち付けてしまう。ジーラはギュウといううめき声を上げ、鈍い音と共に二人は反動で前に倒れ込んだ。

「ジーラ、大丈夫っ!?」

 ノゾミが涙を浮かべ、ジーラを見つめる。ジーラは弱々しく微笑むが、顔は蒼白で、明らかに苦しそうだ。

「ジーラ、しっかりしろ!」

 リアムが駆け寄り、心配そうにジーラの翼を手に取った。その時、ジーラの背中から流れる液体が、青白く光り輝いているのが彼の目に飛び込んできた。

「な、なんだこれは……? 血液……じゃないぞ?」

 リアムの言葉に、ノゾミも思わず口をおさえた。

「ジーラ、どういうこと…?」

 ジーラが何も言わず静かに目を閉じると、ノゾミがぽんと手を打った。

「そういうことか!」

「どういうことだ?」

「ジーラが言ってたんです。彼らの文明でもこういう気象災害があったって。それで、気象制御をするときに、液体炭酸だけでは難しいから、マイクロマシンも一緒に撒くって」

「話が見えないぞ! 結論を言え」

「マイクロマシンの技術、探してたんです。ジーラ、何も答えてくれなくなっちゃって……」

「なんだって?」

 リアムは口をぽかんとあけたまましばらく考え、それで何も進まなくなってしまいそうだったので、ノゾミはとうとうジーラに教えてもらったことを彼にすべて明かした。

「――4千万年前といえば、ペンギンの起源といわれる古代ペンギンが第8大陸ジーランディアに生息していた頃と一致するな」

「そんな大陸、聞いたことないですけど?」

 ノゾミが怪訝そうな顔をすると、リアムは早口に説明した。

「だろうな。オーストラリア大陸から分裂して生まれたジーランディア大陸は、およそ2千3百万年前に地殻変動で海の底に沈んだんだ。ジーランディアの9割はいまも太平洋に沈んだままになっている。おそらく、移住してきたジーラたちの文明と共に……」

「ひょっとして、ニュージーランドはその残りの1割ですか?」

「ああ。なんてこった、ペンギンは移住してきた宇宙人が起源で、その失われた古代ペンギン文明の技術の結晶――マイクロマシン――はジーラ自身だったってことか」

 ノゾミとリアムは言葉を失う。

「まずいな。それじゃ、ジーラは」

 リアムがそう言って振り返ると、もうそこにジーラの姿はなかった。

 開放された後部ハッチから機内に強い風が入り乱れる。その縁に立ち、ジーラは大きな体をふるふると震わせながら、揺るぎない決意に満ちたような瞳で振り返った。

「待って、ジーラ! 一緒に別の方法を探そう!」

 ノゾミが必死に食い下がる。だが、ジーラの心は既に決まっているようだった。まるで、ノゾミに恩返しをしようとするような、優しい表情。

「ジーラ!」

 ジーラに向かって走り出そうとするノゾミを、リアムが後ろからつかまえ、必死に止める。そんな様子を見てジーラはリアムにも微笑みかける。

「ああ……『ノゾミを守って』か。クソっ、今頃になってようやく俺にもペンギン語がわかるようになったってか」

 リアムは涙を堪えながら頷いた。

「――わかった……行けよ、ジーラ」

 ジーラは最後の力を振り絞るようにハッチへと向かう。一歩、また一歩と前へ進む。

「ジーラ、お願い……行かないで! ジーラーーーっ!!」

 ノゾミの絶叫もむなしく、ジーラは振り返らず、暴風雨の中へと飛び込んでいった。

 ほどなくしてパイロットから散布装置の蓋が正常に作動したようだとの連絡が入り、液体炭酸の散布効率を最大限に高めるため、飛行機は大きく旋回を始めた。機内では誰もが緊張した面持ちで、ただ黙って窓の外を見つめている。

 真っ直ぐに台風を目指して突き進んでいくジーラの姿は、もはや雨と風の中では小さな点にしか見えなくなっていた。決して飛ぶのにむいているとはいえない小さな翼を精一杯に広げ、ミサイルのように台風に突き進むジーラを、ノゾミは祈るような気持ちでただ眺めるしかできなかった。 

 すると、徐々にジーラの体が不思議な青白い光に包まれ始め、ノゾミが「さっき見たマイクロマシンの発光と同じ色だな」と感傷にふけっていると、次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。

「なんだこれは……信じられない!」

 リアムの震える声が機内に響き渡る。

「これは……一体……」

 ノゾミも息を呑み、目を見開いて窓の外を見つめた。そこには、まるでおとぎ話の世界のような、奇跡的な出来事が広がっていたのだ。

 ジーラが台風の雲に飛び込んだ瞬間、台風の目から覗き見える海面が青白く煌めき、そこから無数のペンギンたちが次々と飛び出してきた。まるで、ジーラを助けようとするかのように、ペンギンの大群があとからどんどん続き、ジーラの周りを取り囲むように群れをつくった。

「ペンギンたちが、ジーラを守ろうとしてるの!?」

 ノゾミの声が上擦る。驚きと興奮が入り混じった表情を浮かべながら、彼女は息を呑んだ。リアムも絶句し、目を見開いて呟く。

 それからペンギンたちは、まるでミサイルのような勢いで台風に向かって突進していった。

「ペンギンが……空を飛んでる!? どうなってるの?」

「まったくわからん。マイクロマシンが関係しているのかもな」

 リアムは興奮気味に双眼鏡を取り出すと、ペンギンたちの様子をつぶさに観察し始めた。

 ノゾミは驚愕に目を見開いた。ジーラを先頭に、無数のペンギンたちが台風の目へと勇敢に突き進んでいく。彼らの体からは、キラキラと輝く粒子が放出されていた。

「マイクロマシン……? ペンギンたちが、放出しているの!?」

 ノゾミの鋭い観察眼が光る。

「みたいだな。ペンギンパワー、恐るべし!」

 リアムも感嘆のため息をつくのだった。

 放出された大量の液体炭酸によって急激に冷却された台風は、ジーラと仲間のペンギンたちによって放出されたマイクロマシンを核として雨粒を形成し始め、人工的な雨雲を発生させていく。

 やがて降り出した雨が、超巨大台風のエネルギーをどんどん奪っていく。そうしてみるみるうちに勢力を失った台風は、ただの熱帯低気圧へと姿を変えていくのだった。

 ジーラの勇気と犠牲、そしてペンギンたちの驚くべきパワーによって地球の危機を救ったのだと、ノゾミとリアムは心の底から感謝した。


 ジーラがいなくなって以来、ペンギン舎は妙に空っぽに感じられた。ノゾミは一人、静かにペンギン舎の掃除を始める。ほうきを手に、床に散らばった餌の残りかすや羽毛を丁寧に掃き集めていく。

 半年にも満たない短い時間だったけれど、ジーラとの思い出が詰まったこの場所で過ごした日々が、走馬灯のようにノゾミの脳裏をよぎった。一緒に遊んだこと、ジーラに天気予報を教えてもらったこと、時には喧嘩をしたこともあった。

「ノゾミ、どうしてる?」

 ふと、リアムの声が聞こえた。振り返ると、リアムが入り口に立っている。

「ジーラのこと、思い出してたの」

「そうか……」

 リアムは、ゆっくりとノゾミに歩み寄る。

「なあノゾミ、君の言っていたペンギンが宇宙起源っていう話、ようやく俺も信じられるようになったよ」

「え……?」

「だって、あのときペンギンたちが見せてくれた奇跡は、地球の生物じゃ到底できないことだからね」

 リアムの言葉に、ノゾミは小さく微笑む。ジーラたちペンギンの存在が、考えを大きく変えたのだ。

 そのとき、ペンギン舎の入り口に、見知らぬペンギンが現れた。よく見ると、それはジーラによく似た種類の身体の大きなペンギンだった。

「あれ……? ひょっとして、新しい仲間かな?」

 ノゾミの呟きに、ペンギンは小さくうなずく。

「おお!」

 リアムが驚きの声をあげる。

 ノゾミは、そっと新しいペンギンに近づいていく。

「こんにちは。あなたの名前は?」

 ペンギンは、じっとノゾミを見つめるだけで、何も言わない。

「やっぱり、しゃべらないじゃないか。さぁ、仕事に戻るぞ」

 リアムは笑いながらペンギン舎を後にした。

 彼がいなくなってペンギンと二人きりになったのを確認すると、ノゾミは呟くようにペンギンに話しかけた。

「ねえ、ペンギンの故郷の惑星シェランってどこにあるのかな? 知ってる?」

 ペンギンは意味ありげに片目を閉じた。

「えっ……? 今、ウインクした?」

 ノゾミが目を丸くすると、ペンギンがくすくすと笑ったように見えた。

「もしかして、知ってるの?」

 そう言って、ノゾミはペンギンに歩み寄る。するとペンギンは、くるりと背を向けて、ゆっくりとよちよち歩きでペンギン舎の外に歩み出ていった。時折確かめるようにノゾミを振り返り、まるでノゾミを惑星シェランに誘うかのように。

「ちょっと、待ってよ~!」

 ノゾミは慌てて追いかけていく。

「ねえってば、教えてよ~! 気になるじゃない!」

 ペンギンは振り返ることなく、今度は小走りになって逃げ出した。

 遠く、海の向こうの宇宙の向こう。どこにあるかわからない惑星シェランを、今度は私が助けに行く番だ。そう感じながら、ノゾミは全力でペンギンを追いかけるのだった。

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ジーランディアの使者 嶌田あき @haru-natsu-aki-fuyu

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