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 ノゾミが不安でいっぱいの気持ちで恐る恐るペンギン舎の中に入ると、ジーラが静かに佇んでいた。ノゾミはジーラの前まで歩み寄ると、すがるような眼差しでジーラを見つめた。

 「ジーラさん、お願いです。巨大台風が迫っているの。あなたの力を貸してください」

 ノゾミの声は、かすかに震えていた。しかし、ジーラは何も喋ろうとしない。ノゾミが何度もお願いしても、ジーラは首を縦に振らないのだった。

 ノゾミは、悲しみに包まれた。ジーラが自分の願いを聞き入れてくれないことに、絶望感さえ抱いていた。

 「ジーラさん、今日はどうしてしゃべってくれないの?」

 ノゾミの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 その時、ジーラがゆっくりと口を開いた。

 「ノゾミ、この気象災害は、私の祖先が故郷の星を逃れて地球にやってきた時に起きた災害に似ています」

 ジーラの声は、静かで深みがあった。

 ノゾミは、ジーラの言葉に驚きを隠せなかった。ジーラの祖先が、別の星からやってきたというのだ。ジーラはゆっくりと話し始めた。

「私たちは、今からおよそ4千万年前に惑星シェランから地球にやって来ました。シェランというのは地球の言葉で『シーランド』――つまり『海の地』で、大きな海をもつ豊かな星でした。しかし、気候変動の影響を抑えるための気象エンジニアリングが悪用された激しい気象戦争が起こった結果、私たちは移住を決断したのです」

「……どういうこと?」

「信じてくれないかも知れませんが、本当の話です」

「ううん。私はジーラの話が嘘だと思ったことは一度もない。信じてるよ。続きを聞かせて。そもそも、なんで地球なの? 偶然?」

 ノゾミは腕組みをしながら首を傾げた。

「いえ、必然です。地球は第2のシェランになり得る星でしたから」

「第2の……シェラン?」

「そう。私たちは移住可能性を評価するため、何世代にもわたって様々な惑星の気象を観測してきました。地球はその中でもっとも優れた星で、シェランに似ていました。しかし二酸化炭素が急激に増加した場合に、気候がとても不安定になることもまた似ているようでした」

「まさか、地球も同じようになるってこと!?」

 ジーラは深刻な面持ちで頷いた。

「かもしれません。気象エンジニアリング技術も本来はシェランの気候を安定化するための技術でした。なのに……悪用を止められませんでした。シェランでは天気予報は軍事技術、惑星を壊滅に導いた戦争のきっかけも超巨大台風への気象介入でした」

「そ、そんな」

「いずれ地球でも、天気が戦争の道具になるでしょう」

 ノゾミは涙を浮かべながら、ジーラに必死で食い下がった。

「お願いジーラさん、超巨大台風から皆を守る方法を教えて!」

 ジーラは、静かにノゾミを見つめると、やっと口を開いた。

 「大気中に特殊な物質を放出し、雲を作って、人工的に雨を降らせる。それがシェランの気象制御技術です」

 ジーラの瞳が、神秘的に輝く。

 その技術を応用すれば、あの超巨大台風を弱められるかもしれないとジーラが告げた。ジーラの提案する方法は、とても有力な手段に思えた。ノゾミはリアムの言っていたとおり干ばつ対策用に液体炭酸を散布して人工的に降雨させる技術があることをジーラに伝えると、ジーラは深く考えるように目を閉じた。

「ノゾミ、私は地球にはシェランのようにはなってほしくありません。それに、液体炭酸だけでは今回の台風の進路を変えるのは難しいでしょう」

 ジーラの表情は曇ったままだ。ノゾミは驚いた。

「どうして? 何か足りないの?」

「――私たちの祖先は、マイクロマシンを同時に散布していました」

「マイクロマシン?」

 ノゾミは聞き慣れない言葉に首をかしげる。

「はい。有機物でできたとても小さな機械です。様々な機能がありますが、気象制御のときにはそれを雲の中に送り込み、雨粒を作るための凝集核として使うのです」

 ノゾミの瞳が輝いた。

「すごい技術! とにかく、それを使えば解決するのね? いまそのマイクロマシンはどこにあるの?」

 ところが、ジーラは黙ってしまう。ノゾミが食い下がるが、ジーラは口を閉ざしたまま。まるで、ペンギンのように無表情だ。

「もうっ! こんなときばっかりペンギンみたいになっちゃって!」

 焦りの色を隠せないノゾミは、思わずジーラの肩を持ってゆさぶった。けれど、ジーラは何も言わず、フリッパーで優しくノゾミの体を引き剥がした。その瞳には深い悲しみが宿っていた。


 ジーラからマイクロマシンのありかを聞き出せないまま、いよいよ液体炭酸散布作戦決行の日がやってきてしまった。ノゾミとリアムは専用の飛行機に乗り込み、超大型台風に向かって飛んだ。喋らなくなってしまったけれど、同じ気象介入課の一員としてジーラも一緒だ。

 風は激しく、雨は視界を奪うほど強かったけれど、ノゾミたちの決意は揺るがなかった。 

「台風の中に突っ込むぞ。しっかりつかまってろ」

 パイロットがインカムで叫んだ。ノゾミもリアムも手すりを握りしめる。窓の外では次第に暴風雨が激しさを増していく。飛行機も大きく揺れた。

「うぅ……な、なんとか耐えないと……」

 ノゾミの顔が必死に歪む。その時、シートベルトにぐるぐる巻きになって固定されているジーラの横顔が目に入った。

(ジーラは勇敢に立ち向かってる。私だって、負けてられない!)

 ノゾミは奥歯を噛みしめた。

「リアム、散布地点まであとどのくらい?」

「あと15分ってところだな。そろそろ散布準備を始めるぞ。装置の最終チェックを!」

「は、はい!」

 ノゾミはいそいそと散布装置の最終点検を始めた。

(うまく作動するかな……お願い!)

 緊迫した雰囲気の中、彼女の手が装置を丁寧に操作していく。やがて、ジーラが顔を上げた。ノゾミは無言で頷くと、リアムに目で合図した。

 次の瞬間、不穏な音が機内に響き渡った。

「な、なにっ!? おい、動かないぞ!」

 リアムの絶叫にノゾミが駆け寄る。

「手動でもだめですね。ど、どういうこと……!?」

 ノゾミの声が震える。リアムは必死で装置を点検するが、原因は見つからない。

「ちっ、電気系統のトラブルか。ああまずいな。ここじゃ修理できないぞ……くそっ!」

 絶望が二人の心を覆っていく。

 その時、ノゾミが小さく呟いた。

「私が……外に出て、外から蓋を引きます」

「な……!? バカ言うな! 台風の中に出たら死ぬぞ!」

 リアムが激しく制止する。だが、ノゾミの瞳は揺るがない。

「でも、このままじゃ台風を止められない。誰かがやるしかないです」

「アホ言え。なら俺がやる」

「――私、ジーラからペンギンの想いを教わったの。彼らは何万年も地球の気象を見守ってきた。その使命、今度は私の番かなって」

 ノゾミの覚悟に、リアムは言葉を失った。ジーラもまた、複雑な表情を浮かべた。

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