第7話 勇者の俺、仲間たちを説得しました②
「悪いんだけど、ミリア。とりあえず回収、宜しくね?」
「はっ。仰せのままに」
風通しが良くなった謁見の間。
凍えるような冷気が吹き
マンガみたいに吹っ飛んで行ったライルは、魔王様の副官が対処するようだ。
明るめの茶髪で赤縁眼鏡、切れ長な眼差し。理知的な相貌はいかにも出来る女って感じ。
彼女なら、行方不明のライルを任せても大丈夫だろう。
...多分。
ビュー、ヒュルヒュル...
...うっ、寒っ!
王国は夏だってのに、ここは真冬だなこりゃ。
どうでもいいけど、この壁は弁償しなきゃいけないのかな?
元はといえば、ライルが吹っかけた喧嘩だしな。
...結構高そうな壁材。
ライルのヤツが見境なく武器とか買うもんだから、
金持ってないぞ...
それに俺の貯金も先月ほとんどカジノに消えてるから払うアテがねぇ。
...ここは魔王様の婚約者ってことで踏み倒すしかないか!?
「あの...」
「ん?」
「...勘違いじゃなければ良いのだけれど。私のこと、忘れていないかしら?」
セシルが恐る恐る問いかけてきた。
...あー、うん。あまりにライルが面白く飛んでったもんだから、衝撃的すぎてセシルのこと忘れちまってたわ...
「いやいや...。いやいや!そんなわけないじゃん!15年も付き合いある大事な仲間だよ!?忘れてるわけないでござる!」
「...勇者様。語尾、なんか変よ?」
あっ、焦って変なこと言っちゃった...
「...まぁそんなことはどうでもいいけれど。私のことだってね...」
やっべ、なんか凄いナーバスになってる。
セシル、たまにあるんだよなぁ。
いつもはライルがバカやってサリアが制裁してる間に和んで元気取り戻すんだけど...
今ライルは居ないしサリアは機嫌悪そうだからなぁ。
チラっ。
「...!ふんっ」
目、逸らされちまった。
こりゃ期待できそうにないな。
「あーコホン」
場を取り直すように1つ咳払いをした。
「...?」
「俺は、別に、セシルを
さえぎるようにセシルがいう。
「でも勇者様は...、いやエイトは、私との約束破って...魔王に求婚したじゃない...」
...約束?
なんかあったっけ...?
「覚えてない?あなたが物心ついて間もない頃、いつも私の後ろをついて『セシねぇ、セシねぇ』って言ってたの」
「っ、やめてくれよー、そんな昔のこと...」
「あの頃の君、かわいかったなー」
うっ、昔のこと掘り起こされると結構つらいものがあるな...
確かに小さい頃、俺はいつもセシルに遊んでもらってたけど...
「今はセシルだなんて呼び捨てにしちゃってさ。すっかり大人振っちゃって、お姉さん寂しいなぁ」
「...俺はもう子供じゃないし、それに曲がりなりにも勇者だぜ?...昔みたいに、とはいかないよ」
「じゃあ昔の約束、あれも反故にする気...?」
「そう、その約束ってやつ。悪いんだけど、なんかあったんだっけ...?記憶にないんだが...」
言うな否や、セシルの絶望した顔。
「...そう。そういうこと言うんだ。エイトって意外とひどいよね」
「いや、本当に心当たりがないんだ...。
申し訳ない。よければ、教えてくれないか?」
どうやら怒らせてしまったようで、俺は深々と頭を下げた。
「まあ、いいけれど」
「...昔、私が隣国の魔術学校へ留学に行こうか悩んでたとき、『行かないで!セシねぇ』って泣きついたこと、覚えてる?」
それは、俺が7歳、セシルが12歳くらいの頃。
あの頃確かに、セシルが進路を決めかねていた。
紆余曲折あって結局、王国魔術学校の中等部に進むことになったのだが。
「そういえば、そんなこともあったな」
「...それで私、エイトのことが心配になっちゃって、留学やめたんだ」
あれ?
昔のことすぎて全然覚えていないけど、俺結局最後は留学を応援したんじゃなかったっけ...?
「そしたらね?
それを聞いたエイトったら、『セシねぇありがとう!大好き!ぼくセシねぇの為なら何でもするよ!』って。言ってくれたの」
俺そんなこと言ったっけ!?
なんか色々腑に落ちねぇ...!?
もしかしたらなんだけど、都合よく捏造されてないか...?
「そんなこと言われたら、もう...ね。
するしかないじゃない」
「...なにを?」
「結婚」
食い気味にセシルは答えてきた。
揺るぎない瞳、やつは覚悟している!
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
なんとなく話は分かったが、小さい頃の話だし。
それに、セシルこそ良いのかよ、そんな簡単に結婚なんて決めて」
この発言、俺も魔王様に衝動的に求婚しているから、ブーメランなのは承知で聞いた。
「いいのよ、べつに」
「べつにって...」
「だって、貴方のこと、小さい頃からずっと好きだったんだもの」
「っ!」
「好きな人と結ばれるのって、乙女の本望だと、そう思わない?」
「いや、けど」
「けど?」
「けど、じゃないよな、ごめん」
俺はひと呼吸して、セシルの目を合わせた。
「正直に言う。俺は、セシルと結婚できない」
真剣な声音でいう。
「...そう。
...今まで一緒に旅してたけど、なんとなくそうなんじゃないかって、報われないんじゃないかって思ってた」
「ここで取り乱して見せれば、貴方はきっと困るのでしょうね。
...困ったように笑って、どうしようもなく黙って、それでおしまい」
「私は貴方の、エイトのお姉さん、だから。
...だから、こう言うの」
「...『わかった』、って」
俺の固い意思が伝わったのか、セシルは瞑目して自分に言い聞かせるように言った。
「...すまない、いや、ありがとう」
「残念ながら、まだわかりそうもないんだけれどね...?」
セシルは乾いたように笑った。
...少し、心が痛い。
「...かわり、といっては何だけど、セシルのために、できることなら何でもすると約束する」
「...本当?
でも、いきなり言われても、結婚以外思いつかないな...」
セシルは悩んだ素振りを見せたが、ふと思いついたような顔をする。
「...そうだ!...よびかた!
前みたいに、セシねぇって、戻してくれる...?」
セシルのきらめくような涙。潤んだその瞳は、俺をただまっすぐにみつめている。
呼び方...か。
思えば、気弱な自分を変えたくて、それにセシルの隣に並びたくて変えたんだっけか...
今更変えるなんて、少し気恥ずかしい。
...少し気恥ずかしいが、それくらいなんだってんだ。
「...『セシねぇ』、これで、いいか...?」
俺は努めて昔を思い出すように、親しみを込めてそう呼んだ。
「...うん!」
瞬間、はじけるような満開の笑顔が咲いた。
『おーい、こっちこっち!』
近所の公園。かくれんぼ。花見にお弁当。
無邪気に笑ってたあの頃。
まるで昔に戻ったような、そんな錯覚を。
その笑顔から、確かに感じたんだ。
【ご報告】魔王様(清楚系美少女)と結婚しました〜「世界の半分をおまえにやろう」「断るッ」「よろしい、ならば戦そーーー」「代わりに魔王様の全てが欲しい!」「ほへっ!?わたし!?」〜 y=ボーダー @y-ha-border
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