第3話 アオという名の青年
「いただきます」
「いただきます!」
「……ます…」
各手を合わせてから食事をとる。
「ん!今日もナギくんのご飯は美味しいね!」
いつも通り、シャチョーはバクバクと豪快に食べ進める。
「でも、今日は生姜焼きの味がちょっと控えめだね」
「今日は1人多いんで、あとで肉を追加したんすよ」
「なるほどね。これも美味しいよ!」
話しながらも箸の止まらないシャチョー。
青年を見ると、茶碗に盛られたご飯を瞬きもせずに見つめている。
「……」
ぼくは少し考えたあと、小皿を3枚取りに行く。
そして、生姜焼き、にんじんしりしり、きのこのソテーをそれぞれの皿に取り分けると青年の前に置く。
「これ、あんたの分だから」
青年は驚いたように目を見開いてぼくを見ている。
「…食べて…いいんですか?…」
青年はおそるおそる聞いてくる。
何を聞いてるんだ、当たり前だろう。
「当たり前だろ。そのために作ったんだから」
「そうだよ。きみは細いからいっぱい食べないとねぇ」
それを聞いた青年は、目に涙を浮かべ始めた。
「なっ…!」
なんでいきなり泣いてんだよ。わけがわからない。
顔を袖で拭いたかと思うと、箸を持ち、生姜焼きに手をつけた。
かと思うと、すごい勢いで食べ始めた。
「お腹がすいてたんだねぇ。いっぱいお食べ」
その様子を、すでに食べ終わったシャチョーがニコニコしながら見ている。
ぼくは彼の箸の持ち方が気になった。握り箸だ。
だけど、一生懸命食べているのでとりあえず何も言わずにおくことにした。
途中むせながらも、青年は目の前にあった食事をあっという間に完食した。
食事を終えた青年は、チビチビとお茶をすすっている。
「どうだった、味は」
そう聞くと、
「…とても美味しかったです…」
消えそうな声で恥ずかしそうに答えた。
まあ、美味しかったんならいいか。
とりあえずそれでよしとすることにした。
シャチョーは彼を見ながら
「食べ終わったら、ごちそうさまって言うんだよ」
と小さい子に言い聞かせるように手を合わせた。
それを見た青年は
「は、はい…。ごちそう…さまでした…」
これまた消えそうな声でそう言った。
そして、お茶をまたチビチビとすすり出した。
……。
無言になった部屋に、青年のお茶をすする音が響く。
何か喋らなければ、話題…、話題…。
ぼくが気まずさから話題を探していると
ポン!
とシャチョーが手を打って
「じゃあ、君のことを少し教えてもらおうかな」
と切り出した。
「私は佐藤昭弘、今年で51歳だよ。今は小さいけれど、ここにいるナギくんと一緒に会社をやらせてもらっているんだ。好きなものは、そうだねぇ、ナギくんのチャーハンだね。ナギくんからはシャチョーって呼ばれてるけど、好きに呼んでくれていいからね」
シャチョーは彼に不安を与えないようにか、とても優しく話しかける。
そして、ぼくに目で合図を送る。
ぼくが自己紹介する番だ。
「…五島凪。25歳。動画の編集とシャチョーのサポート全般をしてる。好きなものは…果物全般…かな。」
自己紹介なんて、この会社に来た時以来だ。
緊張で少し声が震える。
「…ナギ、でいい」
思いのほか、ぶっきらぼうな声が出る。
青年は、なぜか食い入るようにこちらを見ている。
…落ち着かない。
ギッと椅子が音を立てて、シャチョーが少し前のめりになる。
「さて、次は君の番だよ。まずは、名前を教えてくれるかな?」
シャチョーは小さい子供に話すように、青年に語りかける。
彼はシャチョーとぼくを見回した後、目線をテーブルに移し、消え入りそうな声で答える。
「……アオ…です…」
「そうか、アオくんか」
シャチョーはニコニコとうなづきながら、アオと名乗った青年を見つめる。
アオが下を向いたことで、後頭部に糸くずがついているのが見えた。
ぼくは、糸くずを取ってやろうとアオに手を伸ばした。
その瞬間、アオは弾かれたように椅子ごと倒れ、丸まって両手で頭を覆った。
「ごめんなさい!ごめんなさい!許してください!」
今まで聞いたことがないような大きな、悲痛な声でアオが叫ぶ。
ぼくは何が起きたのか理解できず、固まってしまった。
シャチョーは刺激しないようにゆっくり近づき、アオの頭のあたりにゆっくりとしゃがむ。
「アオくん、大丈夫だよ。ここには君を傷つける人はいないよ。」
アオは聞こえているのかいないのか、頭を守るように両腕で抱えたまま、ぶつぶつと何か呟いている。よく見ると体全体が震えているように見える。
シャチョーが静かに、ゆっくりと語りかける。
「私は君がどんな人生を歩んできたかはわからない。だけど、これだけは言える。」
そこでシャチョーは言葉を切り、さらにゆっくりと話しかける。
「私も、ナギくんも、絶対に君を傷つけたりしないよ。だから安心してほしい」
それを聞いたアオは、ビクッとして動きを止める。
そして、ゆっくりと頭とあげ、シャチョーを見る。
「…本当に…?…本当に、痛いこと、しない…?」
シャチョーは、もちろん、と目尻を下げ、うなづく。
「さあ、立てるかい?ゆっくりでいいよ。」
そんな2人の様子を見て、ぼくは金縛りが急に解けたようにハッとして、慌ててアオが座っていた椅子を起こす。
なんだ、さっきの反応。
ぼくは、見てはいけないものを見たような気がして、アオを見ることができない。
椅子に座りなおしたアオは、両手を膝の間に挟み、テーブルを見ている。
……。
再び、重い沈黙が流れる。
ふぅ、とため息をついたシャチョーがじゃあ、と続ける。
「みんな、今日は疲れただろう。ナギくん、悪いけどアオくんの布団を準備してきてくれるかな。」
「っす、部屋はどこにしますか?」
「じゃあ、手前の部屋にしてくれるかな?」
ぼくは、アオの布団を準備するために席を立ち、2階へ向かう。
後ろから、
「アオくんは、顔を洗って歯を磨こうか」
というシャチョーの声が聞こえた。
ぼくがあの空気に耐えられえそうにないから、シャチョーが逃がしてくれたみたいだ。正直助かった。
この家の間取りは、1階に20帖のLDK、6帖の和室、風呂、洗面所、トイレ、
2階に6帖の洋室が2つ、5帖の洋室が2つ、トイレを潰した物置、少し広めのバルコニーがある。
2階のトイレを潰して物置にしたのは、シャチョーの元奥さんが2つもトイレを掃除したくないとの希望からだそうだ。
バルコニーにはバーベキューコンロ、テーブルと椅子が4つ置いてあり、天気が良い日はバーベキューを楽しんだりしている。
2階に上がってすぐ左手に物置、のまままっすぐ廊下を進むと右側に2つ、左側に2つ部屋がある。右側手前の6帖がシャチョーの部屋、右側奥の6帖がぼくの部屋だ。
ぼくは左側手前のドアを開け、電気をつける。
誰も使ってないとはいえ、2日に一度は掃除をしているので、綺麗に保たれている。
部屋には黒いパイプベッドだけが置かれている。
クローゼットを開け、アオの布団の準備をする。
静かな部屋に、布団とシーツの衣擦れの音だけが響く。
その音を聞きながら、ぼくは先ほどのアオの様子を思い浮かべていた。
…彼は、どんな人生を送ってきたんだろうか。
思いに耽っていると、コンコンとドアをノックする音がした。
「失礼するよ」
そう言って、シャチョーがドアを開ける。
シャチョーに隠れるようにアオが立っていた。
「アオくん、ここが君の部屋だよ。」
そういうと、シャチョーはアオに部屋の中に入るように促す。
シーツをかけ終えたぼくは、黙って部屋の隅に移動する。
「…これが、俺の…」
そう言って、アオは部屋をおずおずと見回す。
こいつ、自分のこと「俺」って言うんだ。
見た目で判断してはいけないんだろうが、「ぼく」って言うタイプだと思ってたから、意外だった。
そんなことを考えながらシャチョーの横をすり抜け、風呂に入りに1階へと向かった。今日は2人もシャワーで済ませた。だから、ぼくもシャワーで済ませる。
手短に寝る準備を済ませ、自分の部屋へ向かう。
その途中、アオの部屋が気になった。
…もう、彼は寝ただろうか。
アオの部屋の前をゆっくり通り過ぎたが、物音一つしなかった。
ぼくももう疲れた。
部屋に入って、布団に入る。
体が鉛のように重い。
何か忘れているような気がしたが、疲れて思考がまとまらない。
あっという間にぼくは眠りの闇の中へと引き込まれていった。
ぼくとアオくんとシャチョーと。 @macaron777
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