付き合いそうで絶対に付き合わない男女の話(?)

水面あお

第1話

 学校の校門前で、友人たちに手を振って別れを告げ、帰路を行く。


 俺は小麻田広。高校生になったばかりのどこにでもいる普通の男子生徒だ。


 隣を歩くのは学年一、二を争う美少女とも言われる密野紗和。成績は優秀でクラスの委員長を務めている。


 俺たちは高校ではいわゆるカーストの最上位にいる。

 五人組のグループで、放課後は一緒に遊ぶことも多々ある。

 だが今日は紗和に用事があるということで、遊ぶ予定はなくなった。


 他三人は校門を出て右方面なのに対して、俺と紗和は左方面。必然、彼女と一緒に帰ることとなる。


 三人は俺と紗和に何か恋愛的なフラグが立っているのではとたまにヒソヒソしているが、そんなものは一切ない。


 なぜなら。


「ねぇ」


 珍しく紗和が話しかけてきた。目の圧が強い。学校では見せない顔だ。

 

「なんだ?」

「みんなの前ではもっと仲良さそうにしてくんない?」


 仲良しに見えすぎても恋愛関連で誤解を招くから今くらいを維持したいのだが、と言いかけたが押し殺す。言い合いになったら面倒だ。

 

「してるつもりなんだが、できてなかったか?」

「だめっだめ。仲良くないってバレたら高校生活終わるかもじゃん。もっとちゃんとしてよ」

「へいへい」


 俺たちは仲があまりよくない。

 理由は同じ中学だったからだ。それならば普通は仲良いと思うだろう。だが、俺たちには特殊な事情があった。


 それは中学時代、共にバリバリの陰キャだったのだ。


 友達など一人もおらず、毎日ぼっちで過ごし、2人組を作るときは余り物同士で組まされていた。

 仲間意識を感じたりはしなかった。自分はこいつよりはマシだと互いにライバル視すらしていた。


 中学のときの紗和は可愛さなどなかった。髪はボサボサで大きめの眼鏡をかけていて、制服は校則通りきっちり着こなしていた。


 それが今や、少し明るめでサラサラの茶髪に、コンタクトにしたのか眼鏡はかけておらず、スカートが短めになっている。薄く化粧もしているようだ。


 初めて見たときは変わりすぎていて一瞬紗和だとわからなかった。だが、目元にあるほくろがきっかけで気づいたのだ。


 向こうも高校で初めて顔を合わせた時に気付いたようだった。表情がはっきりと変化したのを覚えている。


 以降、俺たちは協定のようなものを結んだ。

 相手の過去をバラしたら、お前の過去もバラす。だから絶対に中学の話だけはするなと。


 高校生活こそは青春して楽しみたい。お互い、その一心だった。


 俺にとっての紗和、紗和にとっての俺は、黒い過去を知る邪魔者でしかない。しかしこうなってしまった以上、なるようにしかならないのだ。


「にしてもなんでこの学校選んだわけ? 地元から結構遠いじゃん。」

「お前と同じ理由だよ」


 高校デビューを果たしたい。だが、自分の過去がそれを阻んでくる。だから自分を知る人が誰もいないところへ進学したい。そう考えたはずだ。

 

「でも他にも学校あったじゃん。なんでピンポイントでここなのよ!」

「地元からぎり通えるくらいで、校則が緩くて、偏差値がそこそこで、制服もいい感じで……って選んで行ったらなんとなくここに辿り着いた」

「絶対他にも同じ条件が通る学校あったよね!」

「まああっただろうけど、被っちまったもんは仕方ない」

「はあ……」

 

 運が悪かった。それしか言いようがない。


「ところでお前、この後何する予定なんだ?」

「別になんだっていいでしょ」

「まあ、そうだが……」


 紗和の予定が要因で今日の放課後はフリーとなったのだ。ちょっとくらい教えてくれてもいいと思うのは俺だけだろうか。それとも言いづらい用事でもあるのだろうか。


「ま、いいや」


 そして、無言で歩き続ける俺たち。


 学校では楽しく振舞うが、二人きりになればこんなもんだ。

 正直、仲良くないこいつと仲良いフリをし続けるのは精神的に疲れる。

 きっと向こうもそう思っているだろうけれど。


 駅に着き、同じ方面の電車に乗る。

 同じ駅で降り、同じ方向へ歩き出す。


 紗和の家には行ったことないが、かなり近いだろうと推測している。

 そりゃ同じ中学に通っていたのだから当然か。


 別れの挨拶もなく、道を曲がり、住宅街を進んでいく。立ち並ぶ家をいくつか通り過ぎ、ある家の前で立ち止まった。

 普通にどこでもありそうな一軒家。これが俺の家だ。


「ただいまー」


 ドアを開け、階段を上って二階の自室へ向かった。

 

 ――――――――――

 

 次の日の昼休み、いつもの面子で集まり昼食をとっていた。


 五つの机をくっつけ、和気あいあいと箸を進めていく。


 中学の頃は給食だったが、何も話さずに黙々と食べていたので、こんなに愉快なのは高校生になってから初めて体験した。

 みんなと楽しく食べるお昼は楽しい。

 

「ひろくんとさわっち、昨日は何話して帰ったのー?」

「別に他愛もない話だよ。な?」

「うんうん。美央ちゃんいつも邪推しすぎだよ」

「ほんとかなー。でっへっへっへ」


 この怪しげな笑い方をしているのは八津美央。ブロンドの髪を低い位置で2つ結びにしている。低身長なところが男子受けしているようだ。噂が大好き。特に恋愛系の。


「美央さん。お2人とも、困ってますから」

「ごめーん」


 美央を窘めたのは堅成梨江。艶やかな黒髪ロングの超絶美人。誰にでも分け隔てなく優しい。俺は彼女に少し興味を抱いていたりする。


「ま、2人の関係を勘ぐるのも楽しいが、そんなことより見てくれオレの超絶技巧を」


 こいつは多賀興志。変なところもあるが、イケメンで成績優秀でスポーツ万能という悔しくなるくらい出来すぎた奴だ。


 興志はスマホの画面を見せてくる。どうやら昨日の放課後、庭で1人バスケの練習をしていたらしい。庭にバスケゴールあるとか金持ちかよ。


 かなり遠距離からゴールを決めており、バスケの知識がほぼない俺でもすごいとわかる。


 ちなみに彼はバスケ部ではない。さらにバスケ以外のスポーツもめちゃくちゃできる。そして何の部活にも所属しておらず、色んな部活からの勧誘が日々凄まじい。

 

 なぜどの部活にも所属しないのか聞いたところ、自由に高校生活を楽しみたいと返ってきた。中学時代はサッカー部だったそうだが、拘束されずに気ままにやるのが性に合っていると学んだそうだ。

 

「やるね、興志くん」

「興志は相変わらずだな」

「こーし、まじすごいよねー。あたしもこれくらいとまでは言わないけどもうちょっとスポーツできたらなあって思うよー」


 美央はスポーツが苦手だそうだ。ただ、その分勉強は結構頑張っていて、成績も常に学年トップ10には入っている。


 俺たちの共通点として、かなり勉強ができるというのがある。一度きりの高校生活だからと遊びに全力になりすぎないで、うまく勉強との両立をはかっている。


「興志さんに今度コツを教わってみるというのはどうでしょうか?」

「お、りえっちナイスー」

「んじゃ、今日の放課後とかどうだ?」


 全員特に予定はないようで、満場一致で決まった。


 ―――――――――――

 

 放課後、教室へ駆け足で戻る。


 ポタポのストラップが鞄の中にないのだ。ポタポというのは深夜アニメのマスコットキャラのことである。


 陽キャになるにあたってアニメとかゲームとかの趣味は前ほど時間を取れなくなった。けれど時間を上手く使い今も深夜アニメは1シーズンにつき5本ほど見ているし、オンラインゲームも時々楽しんでいる。


 落としたとすれば恐らく帰りの支度をしている最中に鞄に教材を上手く入れるため出し入れしていた時だと思う。


 教室に着くとそこには紗和がいた。


 夕日に照らされ、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。


「これ、あんたの?」


 よりにもよって、沙和がポタポのストラップを拾ったようだ。委員長の仕事をやっていたためか、まだ教室にいたらしい。こちらに差し出してくる。


 ここで俺のだと言えば笑われるだろうか。いまだに陰キャ趣味を継続していると。


 しかしポタポは俺の宝物なのだ。こいつがいないと俺は生きていけない、はさすがに言いすぎだがかなりへこむのは間違いない。


「あ、ああ」

 

 馬鹿にされるのを覚悟で言った。そのせいで若干どもってしまった。


「ポタポのストラップだよね?」

「なんだ、知ってたのか?」

「そりゃ、あの神アニメ見てないとか人生九割損しちゃうし」


 なんかすごいオタク発言出てきたぞ。九割は言い過ぎな気もするが、気持ちはわかる。


「めっっっちゃ面白いよね、大道伝アクルシュア。主人公ミミラの世界を救う最終回のあの熱い戦い! 夜中なのにテンションあがって暑くなっちゃったよ。ポタポがスイスイ星に帰らなきゃいけないとわかって、ミミラとお別れするシーンはほんともう涙なしでは見られなくって……あ、あと昨日の特番は楽しみすぎて3時間前から画面の前で待機してて、もうほんと授業中からずっとワクワクが止まらなくて楽しみで楽しみでその他のこと考えられなくなるくらいだったんだけど、その期待値を余裕で超えてくるくらい最高で」

 

 目を輝かせ早口で力説し始める沙和。完全にスイッチが入ったようだった。


 まあでも共感できる。神アニメだったあれは。グッズを常時鞄の中に入れて持ち歩くくらい。


 というか昨日の用事って特番かよ。


「お前も見てたんだな、あのアニメ。すげぇ面白いよな」

「…………あ」


 我に返ったようだ。無表情になった。


 紗和にこんな一面があるとは思いもしなかった。


 中学時代はずっと暗かったし、高校入ってからはいかにもJKといった姿しか見たことなかった。


「誰にも……言わないでほしい。わたしが大アク好きなこと」


 紗和が懇願してくるという謎状況。いつも俺の立場が下になりがちなため、変な気分だった。

 

「言うわけないし、どうせ言ったら俺の過去のことを暴露する気なんだろ」

「……うん」

「あんま気にすんな。俺も好きだし」

「えっ!? あ、大アクのことね。そ、そうだよね、ストラップ持ち歩いているくらいだもんね」


 また互いの秘密が増えてしまった。ただ不思議と気分は悪くなかった。


 秘密を共有すればするほど距離が近づくとどこかで聞いたことあるが、俺と紗和だけは絶対に当てはまることはないだろう。どんな恋愛フラグもへし折っていく自信しかない。


「つか、みんな待たせてるし早く行こうぜ」

「そ、そうだね……」


 2人で遅れてみんなの元へ行ったらまた誤解され、揶揄われるのだろう。

 でも今日くらいはいっかと、そう思った。

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付き合いそうで絶対に付き合わない男女の話(?) 水面あお @axtuoi

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