千年寓話と一夜 2

つくも せんぺい

嘘つきテムリン

 光る星のゼラセと、光らない星のパパシェ。


 今日はお話しをすることなく、ゼラセはパパシェを眺めています。ジーっと、真剣に、青い星に生きる小さな小さな住人たちを見つめるパパシェ。ゼラセはそんなパパシェを眺めるこの時間が好きでした。

 もうすぐ何か話してくれるかしら。そんなことを考えていると、パパシェはうーんと困ったようにうなりました。そしてこう言います。


「やっぱり嘘はいけないことだと思うんだ」

「どうして?」


 不満そうなパパシェに、ゼラセは優しく問いかけます。


「お話じゃないけど、聞いてくれる?」

「もちろんよ」


 そしてパパシェはさっきまで見ていたことを話し始めました。





 そこは広くて音楽が好きな子どもがたくさんいた所でね、いつもみんなで歌って、楽器も弾いて、寝泊りもしてた。たくさんのベッドがあるの。けど少しずつ子どもが居なくなっちゃって、もうほとんどいない。


 変なのって気になってね、そうしたら二人で仲良く話している子どもをがいてね。

 一人は赤いリボンで結ったおさげの女の子、ずっとベッドに座ってる。もう一人は男の子、こっちにまで聞こえるくらい声が大きいの。テムリン、名前まで覚えちゃった。大きな声でいつも、


「オイラは元気だから!」


 って、走っているの。でも、テムリンは顔の色が真っ青でさ、元気になんて見えるわけないのに。いっつもそうやって嘘ついて、女の子のところで休憩してたんだ。

 ……ここまではいい?


 女の子は病気らしくてベッドから動かないから、いつもテムリンが走ってくるのを待っていた。テムリンは女の子が一生懸命話を聞くものだから、毎日毎日その子の所にやってきては、色んなことを話したんだよ。

 ぼくとゼラセみたいだって? もう、ちゃんと聞いてよゼラセ。


 テムリンはその子に言うんだ。


 ――オイラは元気で病気なんかしたことない。

 ――オイラはお前より楽器が上手いから、お前に主役のピアノを譲ってやっているんだ。

 ――オイラはお前よりお兄ちゃんだから、毎日起こしに来てやるんだって。

 ――ここの外は怖いものでいっぱいだ! でも面白い。オイラはへっちゃらだけど。元気になったら連れていってやるから元気になれよ!

 ――赤い紐なんかで髪って結べるんだな。オイラは青の方が好きだ! ……赤も似合ってるよ睨むなよ。


 毎日そうやって話した後、女の子が小さなおもちゃのピアノを弾いて、テムリンが笛を吹いていた。たしかにテムリンは笛が上手だったけど、女の子もピアノが上手だった。きっと女の子の方が上手かったから、楽器を交換したりしなかったんじゃないかな。毎日毎日、その演奏が気持ちよくてずっと見ていたんだ。


 ある日、女の子はベッドから起き上がれなくなっていたんだ。

 テムリンの大きな声に目は開くけど、話は笑って聞いているけど、演奏はできなかった。

 青い星の住人の一日は短いからね、僕はもう演奏が聴けなくなるのが寂しかったけど…仕方ないかなって思っていたんだ。

 そしたらテムリンは言ったんだ。


 ――あーあ、情けないなぁ。お前も俺みたいに、病気に負けないようにならないと。もし元気になったら、オイラがずっと一緒にいてやるからさ!


 いくらぼくでも、テムリンが女の子を励ましたってちゃんと分かったよ。テムリンと一緒に祈ったもの。

 ぎゅっと目をつむって、そうしたら次に見た時には、女の子はベッドから降りられるようになっていたんだ! 元気になって。


 でもね、どこ探してもテムリンが居ないんだよ。


 女の子の枕元に、一緒に演奏したピアノと、笛、あと青い紐が置いてあっただけ。

 女の子は泣いていた。ピアノも弾けなくなるくらいに。元気になったのに、テムリンが居ないってね。

 ぼくは気づいちゃったんだ、やっぱりあれだけ顔が青かったのは、女の子よりひどい病気だったんじゃないかなって。死んじゃったのかなって。

 今もまだ、女の子は泣いている。どうせ青いなら、紐なんかじゃなくてテムリンに居てほしいよね。





「だから、嘘はいけないと言ったの?」

「うん。テムリンは顔も青かったし、楽器も女の子の方が上手だった。お兄ちゃんとか言ってたけど、女の子よりずいぶん小さかった。小さい小さい嘘をいっぱいついてた。でも、嘘でも女の子は楽しそうにしていたんだ。だからいいのかなって」

「そうね、テムリンとの時間は、それはそれは楽しかったでしょうね」

「うん。そう。でもね、最後に守れない約束をして、女の子を泣かしたテムリンは、やっぱりひどい嘘つきだと思うんだ」

「そう……」


 パパシェが話し終えると、ゼラセは思案しながら青い星を見つめました。話している間に時間が経っています。まだ女の子は泣いているのでしょうか?

 しばらくして、ゼラセは言いました。


「ねぇ、本当にテムリンは嘘をついていたのかしら?」

「違うっていうの? 女の子は、テムリンのずっと一緒にっていう約束、嬉しかったから、でも嘘だったから、泣いたんだよ?」

「そうねパパシェ、あなたは優しいわね」


 そうゼラセは微笑むと、青い星に目を向けました。

 言われていた建物は、多分建替えられたのか、ずいぶんときれいに見えます。


 協会? ……病院かしら。そう、ゼラセが向けたその視線の先には、パパシェが話してくれた時よりも、たくさんの人々が集まっているようでした。


 そこから演奏が聴こえます。多くの人々がその建物の中で目をつむり、演奏に聴き入っていました。その楽器にはピアノのような鍵盤があり、後ろから大きな笛のようなものが生えています。音色も、ピアノのような、笛のような。

 弾いているのは一人の女性でした。赤と青の紐で結った、おさげの女性。


 演奏が終わり、彼女はみんなに話します。


「わたしは昔、大切な人が居なくなって泣いていました。でも、ある日気づいたのです。日にかざすこの手の中に流れる血潮が赤ではなく紫であると」


 その声はパパシェの話した彼のような大きな声なのか、ゼラセには分かりません。けれど、こちらにも届きそうな大きな声。


「その時わたしは知りました。その人が共にあることを。その人がわたしを立たせてくれたことを! その人が一緒に居てくれるから、わたしはみんなに寄り添い、音を届けて生きていこうと、いま元気に生きています!」


 その楽器には、『親愛なるテムリンに捧ぐ』と刻まれています。


 ゼラセはパパシェを見つめ、考えました。

 これを知ったら、機嫌が良くなるかしら?

 それとも、血が紫なんて、テムリンの嘘つきがあの子にもうつっちゃったんだよっなんて言うかしら?

 ゼラセはパパシェの感想が楽しみでこう語りかけます。


「ねぇ、ゼラセ、一緒に演奏を聴きましょうか」


 こうしてまた、長い長い一夜が過ぎていきます。

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千年寓話と一夜 2 つくも せんぺい @tukumo-senpei

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