第19話 エピローグ(完結)
王位を簒奪しようとしていた企みが全て明らかになったルドルフは長い裁判にかけられたあと、流刑が決まった。やはり陰にはリーゼロッテ妃が関与していたようで、帝国のオブライアン公爵から提出された証拠を元にリーゼロッテ妃は北東にある修道院に送られることとなった。第一王女のイザベラは今回の件は関与していなかったけれど、元々、他国に輿入れする予定だったので結婚の時期が早められることとなった。
てっきりオブライアン公爵もルドルフ側の人間だと思っていたオリヴァーは、公爵が次々と悪事を暴露していく様に驚くしかなく、そもそも自分が密偵に行かなくてもルドルフの計画は事前に阻止できていたのではないか、と自信を喪失させられた。
「……まあ、オリー兄様のおかげで計画が早まったのは事実ですし」
意気消沈しているオリヴァーを慰めるようにそういうアレクシスに、オリヴァーは「呼び方」と厳しめに咎める。
「あ、すみません。癖ってなかなか抜けませんね」
へらへらと笑う顔には反省の色は見えない。いつまでも兄様、と呼ばれるのに違和感があったので、呼び捨てにしろと言っているがなかなか直らない。その割には人をさんざんに抱くときは呼び捨てにするのだから性質が悪い。
「それで、本当に行くんですか。外国」
しょんぼりとした表情を見せるアレクシスにオリヴァーはほのかに笑う。
「ああ」
「俺を置いて?」
「お前なら、俺を待っていてくれるだろ?」
オリヴァーは今回の功労者でもあったが、公にできない事情もあり褒章は貰えなかった。オリヴァー自身も褒章欲しさに密偵を買って出たわけでもなかったので納得していたのだが、オブライアン公爵から外交官の素質があるから世界を回ってみてはどうだ、と言われて、何かしらの褒美を出したかった国王からも旅費等の支援をすると言われたのでありがたく受けることにした。
半年に一度は成果報告をしなければならないし、出たっきりと言うわけでもないのに隣の男は寂しそうな顔でこちらを見ている。
「俺は自分をいう存在を知っていてほしかっただけなんだ。スコット侯爵家の次男ではなく、俺自身を。それには成り上がるのが手っ取り早いと思ったんだ」
色々と言い訳を並べていたけれど、結局のところ、誰かに認めてほしかったのだ、とオリヴァーは悟った。そんなことを考えなくても自分をしっかり見てくれる人はいると言うのに、自分を肩書でしか評価しない人間を見返してやりたかった。大切な人をないがしろにしてまで。
「なあ、アレクシス」
「なんですか」
「ずっと、お前に礼を言わなければならないと思っていた。やり直す機会を与えてくれて、ありがとう。お前のおかげで色々と気づけた。俺を大切に想っている人たちを軽視して、意地を張り続けなくてよかった。……それに家族以外からも大切にされていることを教えてくれて、ありがとう」
ちらりと隣を見ると、アレクシスは嬉しそうに笑うだけで何も言わない。吸い込まれそうになる深緑の瞳を見つめて、オリヴァーはぽそっと呟く。
「好きだ」
「……え?」
「…………え?」
何となく呟いてしまった言葉に自分も驚く。アレクシスに対する感情は随分と前から分かっていたけれど、なかなかいうタイミングがなくずるずると時間だけが経過してしまった。アレクシスは驚いて目を見開いている。
「いや、その、知ってたとは思うけど、言ってなかったから!」
「言ってませんでしたね」
「ちゃんと、伝えないといけないって、思っただけだ」
と言うよりも自然と言葉が出てきてしまっただけだが、言い訳のように呟いてから顔を背けるとぐいと腕を引っ張られて抱き寄せられた。オリヴァーは抵抗することなく、そのままアレクシスに体を預ける。
「俺も好きです」
「……知ってる」
「でもこういうことはちゃんと伝えないと相手に不安を与えるんですよ? 分かってます?」
怒りの混じった声にオリヴァーは「分かってるよ」と気だるげに答える。こんなことになるなら好きだなんて言わなければよかった、とわずかに後悔し始めていた。
「……母親かよ」
思わずぼそりと文句を言ってしまうと、「今、なんて言いました?」と低い声にオリヴァーは居た堪れなくなる。
「オリヴァーが旅に出るまで時間はまだまだたっぷりありますから、俺があなたのことをどれほど好きか、じーっくり教えてあげますね」
アレクシスはにこりと微笑むが目が全く笑っていない。
「ケッコウデス」
もう十分に教えてもらっているので、これ以上は遠慮したいオリヴァーだった。
――七年後。
諸国を回っていたオリヴァーの実力が認められ、正式にヴォルアレス王国の外交官として子爵位が与えられることになった。
「結局、爵位も持っていない次男が外交官として他国と交渉にあたるのに箔がないからだろ?」
「一応は自分で勝ち取った爵位じゃないですか」
「近衛騎士団長様には劣りますけど」
じろりとアレクシスを睨みつけると、彼は困ったように笑って「第三王子だからですよ」と言うけれど、近衛騎士団を任すのに王子は関係ないだろう。ましてや彼を騎士団長に任命したのは、優柔不断に見せかけて実は冷酷冷徹で合理的な判断をする王太子なのだから。
「それにこれからの努力次第では陞爵も可能なわけですし」
「……まあな」
「オリヴァーなら大丈夫ですよ」
ちゅ、と頬に口づけをされて、オリヴァーはフンと鼻を鳴らす。
「式典が終わったら、俺の家に来てくださいよ」
「……一応、俺、主役なんだけど?」
当然だが式典が終わった後はパーティが開かれる。アレクシスはそれを欠席して自分の所に来いと言っているのだ。
「じゃあ、挨拶だけ済ませてさっさと帰りましょう」
「分かった分かった」
「約束ですからね」
はいはい、と適当に返事をして、オリヴァーはアレクシスを引きはがすともう一度、鏡を見て身なりを整える。
オリヴァーが人生をやり直してから約十年。成り上がりの人生はまだまだ続く。
完
やり直しの人生、今度こそ絶対に成り上がってやる カイリ @cairy_tststs
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