第18話 オリヴァー・フォン・スコットという男(2)(R18)

 嬉しそうに笑うアレクシスを見て、「なっ!?」と驚いたが、自分の発言をよく考えてみると男として理由も十分に分かった。無意識に煽った自分に恥ずかしくなる。


「どうしてそう俺の我慢を試すようなことばかり言うんですか」


「言ってない」


 否定すると体をぐっと寄せられ、腹に硬いものが当たる。服越しですら分かるそれを自分の体内に入れるなんて末恐ろしい。


「……俺、この体では初めてなんだけど」


「え?」


「だから、俺、やり直してからはお前が初めてだって言ったんだよ」


 過去のことで色々と誤解をされているが、やり直してからオリヴァーは誰とも体を繋げていない。男はもちろん、女とも遊んだりしなかった。


「そっ……、そうなんですか?」


「お前を喜ばせるためにわざわざ嘘は吐かない」


 基本的にオリヴァーはアレクシスに対して嘘は言わなかった。学園に入るまで王子とは知らなかったから取り入ろうとも思わなかったし、何よりアレクシスがやけに懐いてきていたのでその必要がなかった。結果としてアレクシスの信頼を得ることになったはずだ。未だ、自分のどこがいいのか謎は深まるばかりだが。


「…………まぁ、それでも俺が過去に何人とも寝たのは変わらないが」


 やり直したとは言え、記憶がある以上、他の男や女のことを知っているのは事実だ。


「忘れられるように努力します」


 がっかりするかと思ったが、逆にやる気にさせてしまったようだ。アレクシスは履いていたズボンを下着ごと脱ぎ捨てる。ボロンと音を立てそうなぐらいに飛び出してきたそれは、オリヴァーの記憶の中でも目にしたことのないサイズだ。


「やっぱり、む――……」


 無理だと言おうとしたとき、アレクシスの手がオリヴァーの足首を掴んだ。そのまま持ち上げられてもう早速入れられるのかと思いきや、後孔に生暖かい何かが触れた。


「うあっ!?」


 ぬるぬるとしたものが後孔の周りを撫でている。それが舌だと言うのに気付いたのは少し経ってからだった。


「やめろっ! うぁあ、きたない、だろっ!」


「初めてなら、しっかり解さないと痛いだけですよ」


 こんなところでルドルフと比べるのもアレクシスに失礼な話だが、ルドルフに初めて抱かれた時はこちらのことなど全く配慮がなく、無理やり尻にねじ込まれて痛いしか思わなかった。その後は歩行も困難になり、可能ならば二度と抱かれたくないと思ったほどだった。それからオリヴァーが自己防衛のために知識を手に入れ、出来る限り痛い思いをしないように努力したが、結局、最後まで気持ちよくなる日は来なかった。


 そんな異母兄に比べてアレクシスは自分の欲を我慢してまでこちらのことを考えてくれている。雲泥の差だった。


「は、あぁっ……、もう、いい、だいじょうぶだから」


 オリヴァーがギブアップするまでそれは続き、身も心もぐずぐずになったところでようやくアレクシスが顔を上げた。薄明かりに銀色の髪が光る。ぐいと手の甲で口元を拭うとベッドの横に置いてあった小瓶を手に取った。コルクの封を外すととろっとした中身を掌に垂らして、凶器にしか見えないそれに塗りたくっている。ふわりと甘酸っぱい香りが流れてきてそれが香油だと気付いた。


 ああ、潤滑剤に使うのか、と思ってから、それを尻に塗れば良かったのではないか、と疑問に思い、アレクシスと見るとにこりと微笑まれる。


「どうしました?」


「それ、尻にも使えばよかったんじゃないのか」


「俺がしたかっただけですよ。じゃあ、そろそろ入れますね」


 尻に硬い物が当たる感覚がして一瞬だけ力が入ったが、オリヴァーはゆっくりと力を抜く。こちらが強張れば強張るほど痛い思いをするのは知っている。アレクシスの手がオリヴァーの指に絡められて、ちゅ、と指に口づけをされる。


「痛いときは、無理せず、言ってください、ね」


「んんっ、わか、っ、た」


 アレクシスは手を離すと、オリヴァーの腰を掴んで少し体を持ち上げるとぐっと腰に力を入れた。無理やり押し込んでくるわけでもなく、ゆっくりとこちらの様子を伺いながら進んでくる。苦しさはあるけれど、予想したより痛くない。


「は、あっ、んんっ」


 もうそろそろ全部入ったか、と思えば、「やっと半分入りましたね」と言われて引く。


「まだ……、あるのか、よ」


「あとちょっとですから、ほら」


 腰を揺さぶられるとごりっと先端が前立腺を抉って目の前が白くなる。


「あれ、ちょっと動かしたほうが良かったですか」


 声も出ずに体を仰け反らせてしまうと、その反応を見たアレクシスがくすりと笑って容赦なく動き始めた。


「あっ、ま、まてっ…………、うごく、な」


 まだ全て入っていないはずなのに、ゴンゴンと奥に当たっている。先程までの気遣いなんてどこへ行ったのか、こちらの様子などお構いなしに奥へ奥へと入ってくる。


「あっぁ、あ、や、んんっ、むり、はっ」


「すっげ、きもち……」


 軽々と体を抱きかかえられてアレクシスの上に乗せられると、かぶ、と首筋を噛まれる。一際、奥まで挿入されて、もう自分が何をされているのか分からなくなってきたオリヴァーはただ与えられる快感を享受するだけだ。


「ひ、あぁあ、あ、んんっ……、は、もっ、イきそっ!」


「うん。ここ?」


 ぐり、と先が何かを刺激する。自分の体のことなのに何をされているのかさっぱり分からない。こんなにも気持ちいいことは生まれて初めてだ。


「ッ!! ま、あっ……、出て、イってる、から……、あ、っ、うごくな……」


 オリヴァーが達してもアレクシスは動きを止めない。


「気持ちいい?」


「ん、うんっ……!」


「誰よりも?」


「は? あっ?!」


「まあ、これは後で聞けばいっか」


 アレクシスはそう言ってにこりと笑うと、今度はオリヴァーの体を押し倒して言葉通り好き勝手してくれた。


「これでもう、女の子は抱くことができないね、オリヴァー」


 意識を失う寸前、目の前の男はそう言って笑った。




 目を突き刺す眩しい光にオリヴァーは起床した。戦争という最悪の未来を変えるため、必死になって取った行動は良かったのか悪かったのか。やり直した人生で大切な人が増え、自分もまた色んな人に大切にされているのに気付けたのは良いことだった。


「あ、起きました?」


 遠くから声が聞こえてオリヴァーは体を起こそうとして、全身に激痛が走る。一瞬、何が起こったのか分からなかったが、昨晩と言うか今朝と言うか気を失うまで好き勝手されれば、体も悲鳴を上げる。首だけしか向けれず睨みつけると、なぜかアレクシスは嬉しそうに笑う。


「目覚めのお茶を用意しますね」


 せかせかと働いている姿に、あれは本当に王子なのか、と疑問を持ちながらもオリヴァーはその言葉に甘える。手際よく準備をしているところをぼんやり見つめていると、彼が上半身裸だったことにようやく気付く。まだ十六歳のくせにしっかりと鍛えられた体は予想した以上に筋肉がついていて、自分の体を軽々と抱き上げられたのも納得だった。胸元にある一際大きい傷跡に目が行くと、視線に気づいたアレクシスが「これ、気になります?」とそこを指さした。


「それ、致命傷じゃないのか」


「ええ、これは時間を戻すときに付いた傷ですね」


 さらりとそう言われて、オリヴァーは目を見張った。


「太古の昔、魔法を使える人間が居たと言われています。時間の経過と共にその力はどんどんと失われたのですが、王族だけは心臓にその力を眠らせていました。魔法を発動させるには代償が必要になります。命を削るほどの大きな魔法は奇跡と呼べるほどの力を発揮するんです」


「そうやって時を戻したのか」


 傷跡からどうやって奇跡を起こしたのか察してしまい、オリヴァーはアレクシスから目を逸らした。


「どうしてやり直した記憶を持つ人と持たない人がいるのかは不明ですが、俺が知っている限りではあなたとルドルフ兄様だけですね」


「そう言えば、ルドルフ殿下はどうなったんだ?」


 思い出したように尋ねると、アレクシスは少し微笑み「お茶を飲みながら話しましょうか」と言って、ポッドに入ったお茶をカップに移した。


 ゆっくりと体を起こしてもらい、オリヴァーはカップとソーサーを受け取る。


「ルドルフ兄様は一旦、王国へ送還されました。今は白の塔に幽閉されています」


 白の塔、と言えば、大罪を犯した貴族が入る牢で、そこに入れば死ぬまで出ることは許されないという噂まである。なぜかオリヴァーは前回の人生では平民が入る牢に入れられて悲惨な扱いをされたが、白の塔も窓一つない小部屋になっているので刑が決まる前に発狂して死ぬ人も多い。


「オールディス伯爵は戦争を起こそうとしていただけでなく、国境付近でのテロを画策した罪もあり死罪を言い渡されるでしょう」


「テロ?」


「ええ、あの人たちは戦争を起こすきっかけとして、先にジュノ家が帝国に攻め入ったと偽証しようとしていたんですよ。その計画書がオリー兄様の見つけた証拠品の中から見つかりました」


 そう言えばオールディス伯爵家の執務室で証拠を見つけた時に、王国の地図の他、まだ色々と書類が入っていた。


「おそらく、オールディス家は領地没収の上、爵位を返上させられ一族諸共処刑でしょうね」


 何だか聞き覚えのある言葉にオリヴァーは背筋が凍る。オリヴァーの身勝手な行動で家族にまで迷惑をかけ、何とか処刑までは免れたけれど領地は没収されて、爵位も返上し平民に落とされてしまった。きっとその後に戦争が起きたというなら、一般兵として出兵させられたかもしれない。どうしても他人事のようには思えず、飲んでいる紅茶の味が分からなくなってきた。


「元々、戦争はルドルフ兄様とオールディス伯爵が企んだことです。帝国としては迷惑料として賠償を求めたいでしょうけど、自国の貴族も絡んでいることから何事もなかったように処理されるはずです。王国としても自国の王子が王位を簒奪するために他国を巻き込んで内乱を起こしたことなど隠したいわけですから、帝国への援助を倍に増やすことで今回のことは何事もなかったように片づけられるでしょう」


「どちらにしても、身内の恥、と言うわけか」


「ええ」


 何とか戦争が始まるのを阻止できたようで安堵する。


「ああ、あと、オリー兄様にはエッカルト様から伝言がありまして……」


「お祖父様から?」


「事が片付いたら、すぐに領地へ戻るように、と」


 えへへ、と笑うアレクシスに、オリヴァーは「今からか?」と尋ねる。


「一応、オリー兄様の仕事は終わったことになりますので、そうなりますかね」


「スコット領までどれぐらいあると思っているんだ?!」


 首から下、全てに痛みが入っているこの状態で馬に乗るなんて不可能だ。揺れが多い馬車も同じで、とりあえず今はベッド以外から移動なんて考えられない。


「そこは俺も一緒に謝りに行きますから」


「お前、隙あらば俺について来ようとしていないか? 却下だ」


「えええ、良いんですかぁ?」


 強く言えば退くかと思えば、少々自信を付けさせすぎてしまったようで、アレクシスは試すような目でオリヴァーを見る。


「もっと動けなくさせてもいいんですよ?」


「………………そうなったら二度と口きかない」


「わわ、ごめんなさい! 調子に乗りすぎました!」


 がばっと抱き付いてきたアレクシスにまだまだ主導権を与えるわけにはいかない、と思うオリヴァーだった。


 意地でも付いて来ようとするアレクシスをジュノ家の兄弟に任せてオリヴァーはスコット領に急いだ。この件に関してはオリヴァーが密偵として帝国に入り込んでからしっかりと計画を立ててくれていたようで、事後処理に関しては王国から文官が派遣されて彼らに任すこととなった。


 と言っても、結局、オリヴァーが移動できるようになったのはルドルフが捕まってから三日後で、そこからスコット領に急いで戻ったものの、待ちきれない祖父が王都に移動したと聞いてオリヴァーも王都の屋敷に向かった。


「…………ただいま帰りました」


 険しい顔をした家族がずらりと並んでいてさすがに居た堪れない。よくやった、と褒められるとは思わなかったが、こんなにも怒っているとは思わなかった。それだけ心配をかけてしまったのだろう。気まずそうにしているとまず祖父がオリヴァーの前に立ち、何も言わずに抱きしめられた。


「よく、無事に戻ってくれた」


 戦地に赴いたわけでもないのにこんなにも心配をかけていたとは、オリヴァーは予想以上に小さくなっている祖父の体を抱きしめ返す。


「ご心配をおかけしました」


 オリヴァーがそう言うと父や母も顔を綻ばせてこちらにやってくる。


「本当に心配したんだからな」


「無事に帰って来てくれて良かったわ」


 母の瞳には涙が滲んでいて、父の目元は薄っすらと隈が出来ていた。きっと前回の人生でも家族達はこうしてオリヴァーの心配をしてくれていたことだろう。こんなにも大切にしてくれる家族をないがしろにして、成り上がることだけを考えていた自分がとても恥ずかしくなった。


 やり直す機会を与えてくれたアレクシスに改めて礼を言おうと、オリヴァーは思った。


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