第17話 オリヴァー・フォン・スコットという男(1)(R18)
作戦終了後は速やかにオリヴァーを退避させる予定だったらしく、屋敷の外に停まった馬車に担ぎ込まれるとガッと顔を掴まれてそのまま口を塞がれた。力強さによろめいてそのまま椅子に押し倒される。不思議と怖いという感覚はなく、嫌だとも思わなかったのでそのまま受け入れた。見かけによらない荒々しい口づけはオリヴァーの息すらも奪うように貪っていく。
くちゅり、と唾液の絡む音が響いて、「っ」と小さく声を漏らしてしまうと、アレクシスが急に我に返ってオリヴァーの体を突き飛ばす様に離れた。
「あ……、わわ、あわわわわわわ」
どうやら自分が何をしたのか、ようやく自覚したようだ。オリヴァーは体を起こして唇についた唾液を手の甲で拭う。
「別に、最後までしても構わなかったんだぞ?」
「だめですよ!」
「は!?」
思いっきり否定されてしまい、オリヴァーは反射的に問い返した。
「お前、俺のこと好きなんだろ!?」
「だからですよ! あなたのことが好きだから、気持ちも確認せずに勢いでこんなことしたくないんですっ!」
言葉の意味を理解したと同時に、顔が赤くなるのを感じた。こんな情けない顔を見られたくなくて両手で顔を覆うと、「それは反則でしょ……」とつぶやく声が聞こえたが無視した。
いろんな人に大事にされてきた自覚はあるけれどそれは血のつながりがあるからで、基本的に他人はオリヴァーを求めることしかしなかった。好意を持たれるということはそういうことだと思っていたのに、目の前の男は自分のことが好きだからこそ大事にしたいと言っている。恰好付けて抱かれてやってもいいみたいなことを言った自分が恥ずかしくて穴があったら入りたいぐらいだ。
「オリー兄様が俺のことを好きになってくれるまで我慢します。……先程はすみませんでした」
シュンとなって謝るアレクシスにオリヴァーはがりがりと頭を掻く。求められてそのまま流されるのはさほど気にならないのに、自分の気持ちを重視されるのは気恥ずかしくて慣れない。
「……別に嫌じゃない」
「え? どういうことですか?」
未だオリヴァーがアレクシスに対してどんな感情を抱いているのかは本人もよく分かっていない。嫌いではないけれど、好きかと聞かれれば首をかしげてしまう。そもそもオリヴァーはこれまで人を好きになったことが無かった。好きと言う感情はオリヴァーにとって未知だ。だから人を好きになるのが少し、怖い。
「さっきのキスは嫌じゃなかった。それだけじゃ、ダメなのか?」
立っているアレクシスを見上げながらそう言うと、「えっ」とすぐに言葉が返ってくる。
「オリー兄様は結構いろんな人と口付けしてましたよね……?」
「いつの話してんだよ!」
思わず言い返してしまうと、アレクシスに疑いの目を向けられた。そもそもやり直してから卒業パーティの時にルドルフに無理やり口づけされた以外ではしていない。
「知ってるんですよ、俺」
「何を」
「ルドルフ兄様とだけじゃなくて、色んな人と関係を持っていたの……」
確かにオリヴァーは前回の人生ではかなり遊んでいた。以前のことをうだうだと言われても否定はできないし、今更過去を変えることもできない。
「じゃあ、お前は俺にどうしてほしいんだ? ヤりたくねえって言うなら別に構わねえよ」
イライラしてきてそう吐き捨ててしまうと、「そんなことないですよ!」とアレクシスが叫んだ。
「俺だってそれなりに性欲もありますし、あなたを組み敷いてあれこれしたいってずっと思ってましたよ! …………でも、俺はあなたの気持ちを無視して体を繋げるようなことはしたくないんです。どうして分かってくれないんですか!」
今にも泣きそうな顔をしてそう言うアレクシスを見上げてオリヴァーは立ち上がった。俯いているアレクシスの前に立ってぐいと鎧の襟を掴んで引き寄せた。
触れるだけのキスをしてすぐに離れる。
「やり直した人生で俺が自分からキスをしたのはお前だけだ。もう前回の人生のことはごたごた言うな」
「っ…………、分かりました」
そう言ってアレクシスはもう一度、オリヴァーに口づけをした。
オリヴァーが退避した後は混乱すると予想されていたため、オールディス伯爵領から出た後は帝都近くにある子爵領にある宿に避難していた。
アレクシスはパトリックと打ち合わせがあると言ってオリヴァーは先に部屋を案内された。どうせこのまま戻ってこないのだろうな、と思って、すでに風呂の準備がされていたのでオリヴァーはゆっくりと湯に浸かった。
ここまで来て一先ずは戦争が止められたのではないか、と安堵する。証拠は持ち帰れなかったが軍隊が突入していたのでオールディス伯爵が武器を大量に購入していたことや、ルドルフと共に戦争を企てていたことは白日の下にさらされるだろう。たった三ヶ月だったけれど、毎日、緊張状態が続いていただけに安心した途端に力が抜けた。どっと疲れが襲ってきて、オリヴァーはずるずると沈み込む。不眠気味だったのも相まって、瞼がゆっくりと降りてきた。寝てはいけないと思っていても体は素直だった。
「オリー兄様?!」
ぐらりと体をゆすられてオリヴァーは目を覚ます。湯はとっくに冷めていて、かなりの時間寝てしまっていたのだと悟る。
「風呂で寝るのは危険ですよ。それに体も冷めてるじゃないですか」
ぼんやりと顔を上げるとアレクシスが心配そうにこちらを見ている。別れる前までは鎧姿だったのに、今は寝間着に近いラフな格好だ。どことなく石鹸の香りもする。よく見れば髪の毛も濡れていた。
「風呂……、入ったのか?」
起こされたときは急ぎの用事でもあったのかと思ったが、わざわざ風呂に入る余裕まであったのだから来た理由が読めない。アレクシスはオリヴァーの問いに「え?!」と動揺する。ルドルフ絡みで悪いことでもあったのだろうか。例えば脱走したとか。そう考えたら一気に目が覚め、ガバッと立ち上がるとアレクシスも「うわ!」と驚いて半歩下がる。
「何かあったのか?」
「え! あ、いや、違うんです! 違うんです!!!! とりあえず服着てください!!!!!!」
アレクシスは棚に置いてあったタオルを引っ張るとオリヴァーに背を向けてタオルを突き付けた。なんだか処女みたいな反応だな、と思いながらタオルを受け取り、オリヴァーは風呂から上がる。バシャ、と水の跳ねる音が響くとアレクシスは大げさに体を震わせる。
「――お前」
オリヴァーが肩を掴むと、耳まで真っ赤になっているのが見えた。さすがにそんな反応をされれば、ここへ来た理由もうっすら分かってくる。けれど馬車の中で過去のことをほじくり返され、人でなしのようになじられたのは忘れていない。まあ、実際、人でなしなのだが。
「なあ、アレクシス」
「……はい」
「なんで俺の部屋に来たんだ?」
オリヴァーが性格悪くにやにやと笑いながら尋ねると、顔を真っ赤にしたアレクシスが意を決したように振り返る。
「あなたを抱きに来ました」
慣れていなさそうなアレクシスを揶揄って遊んでやろうと思っていたが、いざベッドの上で二人きりになって向き合うとこれまでにない緊張感がオリヴァーを襲った。逆に腹を括ったアレクシスは口づけをしながらオリヴァーを押し倒す。
「っ……」
舌が絡められて肩に置かれていた手が頬を撫でて、それから耳へと移動していく。ただ耳朶を揉んでいるだけなのに、指が動くと下半身が疼く。口を塞がれているせいでうまく呼吸ができず苦しくてたまらない。なんてことのない愛撫をされているだけなのに、どうしてこんなに翻弄されているのか。オリヴァーは思わず、アレクシスの体を押してしまった。
「……大丈夫ですか?」
心配そうというより怪訝な様子にオリヴァーはアレクシスを睨みつける。
「大丈夫そうに見えているなら、医者を呼ぶことを勧めるぞ」
「いや……、オリー兄様はこういうこと慣れてるでしょ?」
この時折出現するデリカシーが消失した発言は何なのか。
「人をあばずれのように言うな」
アレクシスは難しい顔をするだけで何も言わない。暗にではなく、あからさまに言葉を肯定している。それに対して不機嫌な顔をするとアレクシスはようやく口を開いた。
「俺だって我慢できないんですよ。止めないでください」
かなり必死そうな顔でそう言うと、アレクシスはオリヴァーの首元に噛みついた。べろりと舐められ甘噛みされる。
「ん!? っ、やっ」
正直なところ、男との性行為なんて痛いだけで気持ち良くないとずっと思っていた。だから今回もアレクシスがそれで喜ぶのなら、と自己犠牲の精神のようなものであったのに、気付けば下半身が反応していてアレクシスの腹部に触れている。身じろぎすると擦れて先から汁が溢れ出てきた。
「ちょっと触っただけなのに、気持ちいいんですか?」
「……は、あ?!?」
アレクシスが視線を下に向けると、びく、と自分のモノが震える。
「俺がキスして、触っただけでこんなになるなんて、他の奴にはどんな顔を見せてたんですか」
じろっと睨みつけられ、これまでの失礼すぎる発言は嫉妬から来ていたのだとオリヴァーは知る。そう思うとたった二歳だが年上の余裕を見せたくなるが、本音を言うと自分自身もこんなことは初めてで余裕なんて微塵もない。
「お前だけだ」
「……え?」
「俺がこんなになるのはお前だけだって言ってるんだよ!」
恥ずかしくてそんなことを叫ぶと、アレクシスががばっと覆いかぶさってきた。
「……その俺だけって言うの、どういう意味ですか」
絞りだすような声にオリヴァーは「知らない」と即答する。こんなこと二回分の人生を合わせても初めてなのだから分かるはずがない。
「男同士のセックスなんて、痛いだけで気持ちよくないものだと、思っていたんだ」
実際、ルドルフや言い寄ってきた男に仕方なく抱かせてやったときは、あれこれされても全く気持ちよくなくてただ気持ち悪いだけだった。
「それなのに俺を誘うような発言したんですか?」
少し怒りが混じっている声に、オリヴァーは「……その」と言いよどむ。
「お前が俺を抱きたいって思っているなら、叶えてやろうと思っただけだ」
オリヴァーが言い終わってから少しの時間、沈黙が続く。居た堪れなくなって何か言おうとしたところで、大きなため息が聞こえてきた。覆いかぶさっているせいで表情が読めない。
「そういうところですよ」
「は?」
「なんであなたは自分を大切にしないんですか。おとり作戦の時もそうですけど、自分を犠牲にしすぎですよ」
ぎゅうと抱きしめられて、オリヴァーは言葉に詰まった。そんなつもりは更々なかった。むしろ、これまで自分のことしか考えてなく、誰が犠牲になろうともどうとも思わなかった。物事が円滑に進むのなら、多少は我慢ができたからそうしていたにすぎない。
「もう少し自分を大切にしてください。あなたを大切に想っている人たちを傷つけているんですよ」
そう言われて隣を見るとアレクシスは怒っているような苦しそうな顔をしていた。オリヴァーはこれまで周囲の人間を大切にしてこなかったから、自分も大切にされないのも当たり前だった。特段、それで困ったこともなかったし、我慢する相手は自分よりも上の人間だけだったので、下の人間に対しては辛く当たることも多かった。
だから悪事が明るみに出た際は首謀者にされて全ての罪を擦り付けられ、やり直した人生では少しぐらい周囲を大切にしようと思った。
――だから、周りも自分を大切にしてくれていたのか。
その筆頭は、今、自分を抱きしめているこの男なのだろう。
「慣れていないから、分からなかったんだ。悪かった」
「……やっと分かってくれたんですね」
オリヴァーがこくりと頷くと、ようやくアレクシスは破顔した。
「これから俺が鬱陶しいぐらい大切にしますから、慣れて行ってください」
もう十分だが、と思ったけれど、オリヴァーはそれも悪くないと考えを改め、「分かった」と頷いた。
かぶりと耳を食われて舌が形をなぞる様に動く。じわりと下腹部が重たくなるのを感じて、オリヴァーはつま先に力を入れる。耳から入ってくる音に脳が犯されている。気持ちいいのか苦しいのかよく分からないが、体はしっかりと反応していてアレクシスのごつごつとした手がそれを握りしめる。
「う、ぁあっ……、やだ」
独り言のように呟いた懇願は聞き入れられず、耳たぶを甘噛みされてじわっと先から何かが漏れるのを感じた。
「我慢しないほうがいいですよ。力、抜いて」
アレクシスはぽそっとそう呟いて体を起こした。ようやく解放されてほっとしたのもつかの間、ソレを掴んでいたアレクシスの手が動き始める。先からあふれ出した汁を手のひらに伸ばしてぐちゅぐちゅと音を立てて動く。
「やっ、んんっ!」
これまで自分の欲を発散するために一人ですることはしばしばあったけれど、他人にされて気持ちいいのは初めてだ。剣士らしい皮の硬い手がゆっくりとオリヴァーを絶頂へと導こうとする。
「もう出そうですか?」
「はっ、ぁ、あ、うん、でそっ……」
達しそうになる直前になって、なんかみっともない顔をしていないか、こんな早く出してしまってだらしなくないのか、などと突然、アレクシスにどう思われるか不安になる。ほんのわずかに萎えたけれど、結局は快感を与えられ続ければ達してしまうもので、情けないぐらいあっという間に白濁を吐き出した。
アレクシスは汚れた手をまじまじと見つめてから、それをオリヴァーの尻に塗り付ける。一瞬、何をされたのか分からなかったが、後孔の周りをぐりぐりと指で刺激されて慣らそうとしているのに気づいた。
なんか、慣れていないだろうか。
オリヴァーを傷つけないよう優しくゆっくりと中に指が入ってくる。
「痛かったら教えてくださいね」
「ん、だいじょうぶ、だ」
もう少し雑に扱ってくれても構わないというのに、じれったさを覚えるほどに手つきは優しい。ふと視線をアレクシスに向けるとにこりと微笑まれて、オリヴァーはすぐに顔を背けた。なんか急に心臓が苦しくなってくる。ぐりぐりと内壁を押しながら、アレクシスは小声で「大丈夫かな」と呟く。
「どう、かしたのか……?」
「いや……、思ったより狭いんで、大丈夫かな、と」
「は?」
失礼な物言いだな、と内心で不満に思う。
「大丈夫ってどういうことだ」
「あ、いや、単純に入るのかなって思って」
確かにそれはオリヴァーも不思議に思うところだが、これまでも何とか受け入れてはいたわけだし、何とかなるのではないかと視線を下に向ける。アレクシスのズボンを押し上げている見て、前言撤回する。
「いや、無理だろうな」
「即答!?」
「だって、それ、俺が知ってるサイズじゃない」
わずかに引いているというのに、アレクシスはどこか嬉しそうで、
「それ、男を喜ばせるだけだって気づいてます?」
と言った。
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