第8話

「イメチェンした普川さんの一番のポイントはここなんだよ……!!」


 ビシッとわたしの太股も指差す新改さん。


「私と違って普川さんの太股は肉づきがいいから、スカートを短くしてニーハイを穿くことで絶対領域を作ってもらったけど、やっぱり効果抜群だったね!」


 胸を張って声高に言う新改さんは――


「女の私が正気を失うくらいだから、男からしたらもっと堪らないんじゃないかな」


 と訳知り顔で続ける。


 チラリと見下ろすように新改さんの胸元に視線を向けると、組んだ腕に胸が乗っていた。

 ブラウスの胸元を少しはだけさせているから母性の象徴があらわになっている。多分、そういうところのほうが男の子は好きなんじゃないかな……。


「特に普川さんはニーハイの上に太股の肉が乗っかるから、余計に魅力的なんだよね。所謂、むっちり太股ってやつ」


 む、むっちり……。

 褒め言葉なんだろうけれど、素直に喜べない……。


「わたしは新改さんみたいにスレンダーな脚が羨ましいな……」


 太い太股は少しコンプレックスだから、新改さんみたいな無駄な脂肪が一切ない細い脚に憧れる。


「私は普川さんが羨ましいけど、確かに細い脚のほうが女ウケはいいだろうね」


 そう言って苦笑する新改さんは、「隣の芝生は青く見えるってやつだね」と続けた。


「それに普川さんの太股は太すぎるってわけじゃないよ? 魅力を損なわずに最大限美しく見える絶妙なむっちり具合なんだよ。まさに芸術品とも言える」


 腕を組みながら「うんうん」と頷く新改さん。


「そ、そんなに力説されるとは……」


 若干気圧され気味のわたしは言葉が詰まってしまう。


「だって私が理想とする美脚なんだもん!」

「美脚なのは新改さんのほうだよ」

「いやいやいや」

「いやいやいや」


 お互いに引かないせいで、今日二度目のいやいや合戦を繰り広げてしまう。


「しかもこんなにスカート短くしたことないから恥ずかしさ倍増だよ」


 コンプレックスの太股を晒すだけでも恥ずかしいのに、短いスカートのせいで余計に羞恥心を刺激されてしまう。

 今まで制服のスカートは膝が隠れるくらいの長さにしていたから、いつも以上にスース―するし、なんか落ち着かない。


「それはそのうち慣れるって」

「新改さんに言われるとなにも言い返せないね……」


 軽い調子で言う新改さんのスカートはかなり短い。

 わたしでもだいぶ短いほうなのに、それよりもさらに短いのだ。


 それこそ下手をしたら下着が見えてしまうのではないかと心配になるほどである。

 だからこそ、既に慣れている側の新改さんにはなにも言い返せなかった。


「あと、ブラウスの第一ぼたんを外した状態でリボンを付けるのもポイントだね」


 今まではボタンを留めていたけれど、今日は違う。


「そのほうが普川さんの大きなおっぱいが見えそうで見えなくてそそられるし、きっちりしすぎないほうが接しやすい印象を周囲に与えることができるから」


 前半部分は聞こえなかったことにして、後半部分は一理あると思った。


 見た目が真面目そうだと堅苦しいイメージがあるから、なんとなく緊張してしまう。

 逆に派手すぎると怖かったり、気後れしたりする。


 だからその中間を狙えばちょうどいいバランスを保てるというわけだね。


「ついでにカーディガンを着て、たまに萌袖をすれば小悪魔感もあって完璧ってわけ」


 寒い日はカーディガンを着ることもある。

 でも、ファッションという意味で着たのは今日が初めてだ。


「でも、あまり小悪魔感を出しすぎると女ウケが悪くなってしまうけどね。だから、男女ともにウケが悪くないスタイリングを心掛けたんだ」


 へ、へぇ~。

 新改さん、そこまで考えていたんだ……。

 なんか凄いな……。

 素直に感心する。


「髪は万が一、家でお母さんに見られても大丈夫なようにボブディにしたけど、普川さんに似合ってるからピッタリだったね。今の制服の着方にも合ってるし」

「今までは特に理由もなくナチュラルミディにしていたから、なんか新鮮だよ」

「ナチュラルミディは清潔感があって軽やかだから、年齢関係なく挑戦できるのがいいよね」


 今までは変じゃなければなんでもいいや、の精神だったから特に拘りはなかった。

 だからとりあえず、お母さんの真似をしていた。


「髪が伸びたら、また違うスタイルを試してみるのもいいかもね。ドリーミーウェーブとか似合いそうだし」

「それはまたその時に考えるよ」


 気が早い話にわたしは苦笑してしまう。

 

 正直、新しい髪型に挑戦してみた今となっては、また別のスタイルにも興味が湧いている。

 でも、それはまだ先の話。


「時が来たら新改さんに相談するよ」

「うん、任せて!」


 嬉しそうにニカッと笑ってサムズアップする新改さん。


 もしかしてなんだけれど、新改さん、わたしのことを着せ替え人形かなにかだと思っていない……? ――まあ、実際にそうだったとしても助かるから全然構わないのだけれども。


 胸中で苦笑したわたしは、新改さんと向かい合った状態のまま椅子に腰を下ろした。


「それに合わせてメイクも変えないといけないかもね」

「今回は結局変えなかったもんね」

「清楚な印象を崩さないほうがいいだろうし、普川さんは今のままでも充分かわいいから変える必要がないと思ったんだよね」


 メイクに関しては、最低限勉強している。

 でも自分のことを客観視できていないからなのか、知識が足りていないからなのかわからないけれど、正直、どんなメイクが自分に合うのかわからないんだよね……。


 だから当分は新改さんの言う通りにしようと思っている。

 もちろん、今後も勉強は続けていくから、いつかは自分一人で考えたり決められたりできるようになるつもりです。


 こうやって前向きに物事を考えられるようになったところが、多少なりとも変われた証拠なのかもしれない。


「身形を変えただけだけれど、なんか心が軽くなった気がするよ」

「それは多分、お母さんの言いつけから解放されたってことじゃないかな」


 そうかもしれない……。

 今までお母さんの言いつけに逆らったことは一度もなかった。


 だから今回初めて変わろうとしたことで、もしかしたら自分を縛り付けていた〝普通〟という呪縛にひびを入れることができたのかもしれない。


 心が軽くなったのは、その証拠かな?


「正直、周りの反応を気にしたってなんも意味ないんだよね」


 そうは言っても新改さん、わたしの場合は癖みたいなものだから、なかなか染み付いてしまった習慣は抜けないんですよ……。


 なんたって一番心を許せるはずの、お母さんの顔色を窺いながらいつも生活しているくらいだから……。


「だって、どうでもいい人になにをどう思われようが、心底どうでも良くない?」

「わ、わたしはそこまで割り切れないかな……」

「まあ、どうしても気になっちゃう気持ちはわかるけど、自分の好きな人や、好かれたいと思ってる人のことだけ大切にすればいいと思うんだよね」


 なんと言えばいいのか、達観しているというか、悟っているというか、凄く極端な考え方だね……。

 いや、もしかしたら新改さんの場合は諦めていると言ったほうが正しいのかな……?

 なんとなく彼女の感情が抜け落ちた表情から、諦念のようなものを感じ取ってしまった。


 もしかしたらいじめられていた経験から、人間関係については始めから諦めるようになってしまったのかもしれない。

 思い返せば、新改さんは誰とでも分け隔てなく接しているけれど、どことなく広く浅く交流している節がある。


 もちろん、特に仲の良い人とは親密にしている。

 でも、自分のパーソナルスペースに入れている人以外は、あまり深入りしないようにしている気がする。

 もしもの時は切り捨てても構わないと示しているかのように――。


 そんな彼女が特に親しくもないわたしに深入りしたのは、本当に珍しいことだと思う。

 昨日、似た境遇に自分を重ねて放っておけなかったって言っていたのは、わたしが思っていた以上の重みがあったのかもしれない。


 きっと新改さんは勇気を振り絞ってわたしに手を差し伸べてくれたんだ。


「だから周りを気にして萎縮しないで、自分の個性を貫いて好きなように生きるべきなんだよ。人生は一度きりなんだから、楽しんだ者勝ちだと思うんだ」


 そう言って微笑む新改さんを陽光が包む。


「もちろん、人に迷惑をかけない範囲でだけどね」


 一層笑みを深める彼女は夕陽に照らされているからか、光り輝いて見える。――幻想的とも思えるほどに。

 幻覚かもしれないけれど、それくらい美しい光景だった。


「というわけで、普川さんも私と一緒にいろどりに満ちた高校生活を送ろうよ。一歩ずつでいいからさ」


 新改さんのお陰でわたしも少しはいろづくことができたのかな?

 少なくとも透明人間ではなくなったよね?

 色味が付いて無彩色ではなくなったよね?


 ――ううん、もう後ろ向きな考え方はやめよう。

 こんなわたしでも、少しはいろづくができたんだ。


 新改さんが言っていた通り、身形を変えることで内面に影響を与えることができた。

 だから今度はもっと内面を変えていきたい。


 少しでも自分のことが好きになれるように――。


 そのためには呪縛を完全に解かなくてはいけない。

 これからも新改さんに助けてもらうことがあるかもしれないけれど、今後はできる限り自分の意思で、自分の責任でより鮮やかな色を付けていこう。

 それが自信にも繋がるはずだから――。


 そう決意したわたしは、新改さんの目をしっかりと見つめながら、力強く「うん」と頷いた。

 一度きりの人生をいろどりに満ちたものにするために――。


 ありがとう、新改さん――。


 本当に、ありがとう――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】


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透明なわたしが彩づくまで 雅鳳飛恋 @libero

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