第7話

「私が普川さんの魅力がより引き立つように外見を演出したから、男ウケが良くなったんだよ」


 どういう意図があってそうしたのかはわからない。

 でも、きっと新改さんなりの考えがあってのことだと思う。


「女は裏でなにを考えてるかわからないけど、男は素直で単純だから反応がわかりやすいんだよ。特に女が絡むとね」


 裏があるっていうのはわたしと新改さん自身も含まれているのかな……?

 まあ、でも、いじめられていた過去がある新改さんのことだから実体験の上で、女には裏がある、と身に染みているのかもしれない。


「だから男が反応するように魅力を引き立てたら、普川さん自身が変化を実感できるんじゃないかな、って思ったんだ」


 なるほど……。

 そういう意図があったんだ……。


「もし男子の反応が嫌なら、元に戻すなり、別の工夫をするなりして、また変えればいいだけだからね。大事なのは変化を恐れないことだから」


 変化を恐れない――か。

 確かにわたしは〝普通〟に固執して変化を恐れていた。


 お母さんの顔色を窺っていたのもあるけれど、単純に元の自分とは違う別の自分になるイメージが湧かなかった。だからこそ怖かったのもある。


 でも、いざ一歩踏み出してみたら思っていたよりも怖くなかった。

 新改さんが味方でいてくれたからというのもあるかもしれない。


 わたし一人だったら絶対に今も足踏みしていたはずだから――。


「とは言っても、変わるのってそんな簡単な話じゃないんだけどね」


 そう言って溜息を吐く新改さんの表情には苦労が滲み出ている。


 新改さんは自分の力で変わったんだもんね。わたしとは違って。

 彼女ほど変わることの大変さを理解している人はそうそういないんじゃないかな。


 だからこそ新改さんの言葉には説得力がある。


「一度沼に嵌まると変わろうという発想すら湧かなくなってしまうもんね……」

「そうなったら誰かに引っ張り上げてもらわないと抜けられないね」


 わたしの言葉に深く頷いた新改さんは――


「私も綾ちゃんが受け入れてくれなかったら、今頃どうなっていたかわからないし……」


 と、なんとも形容しがたい複雑な表情で続けた。

 

 過去に思いを馳せているのか、変われたことに安堵しているのか、叔母さんに感謝しているのか、あるいは全部なのか――。

 新改さんの感情を完璧に読み取ることはできないけれど、これだけはわかる。――負の感情ではないと。


 だって、新改さんの顔にも滲み出る雰囲気にも物悲しさがないから。――まあ、わたしの見当違いの可能性もあるけれど……。


「――それはそうと、普川さん、ちょっと立ってくれない?」


 唐突にそう口にする新改さん。

 脈絡のない突然の出来事にわたしは目をしばたいてしまう。


「わ、わかった」


 それでもなんとか平静を保ったわたしは、一拍ほど遅れてから席を立った。


「う~ん」


 新改さんは鼻を鳴らしながら、わたしの頭からつま先まで目を這わせる。


「し、新改さん?」


 隅々まで見られるのが気恥ずかしくて身を縮こまらせてしまう。


「やっぱり……いいね」

「な、なにが?」


 ポツリと呟いた新改さんに、わたしは首を傾げながら言葉の意味を尋ねる。


「いや、私のスタイリングは正しかったなって思ってさ」

「それはどういう……?」


 返って来た言葉の意味がわからなかったわたしは、無意識に反対方向に首を傾げてしまう。


「普川さん――」


 新改さんはそこで言葉を溜めると――


「最っ高にかわいいよ!!」


 満面の笑みで高らかにそう口にした。


「――え」

「特にこの絶対領域がえっちで堪らないんだよね!」


 新改さんは戸惑うわたしを無視して膝立ちになる。

 そして、両手をわたしの太股に伸ばすと愛撫し始めた。


「このすべすべした肌と弾力が癖になる~」


 まさかの行動に呆気に取られていると、今度は太股に頬擦りし始めた。


「――ちょ、ちょっと新改さん」


 そう声をかけてもまったく聞こえていないのか、新改さんはわたしの両脚の間に顔を押し込んだ。

 顔が太腿に挟まれる形になり、グリグリと感触を堪能している。


 頭頂部がスカートに侵入しているけれど、新改さんは夢中になっているのかまったく気づいていない。


「――新改さん!!」


 さすがに度が過ぎていると思ったわたしは、痛くならないように気をつけながら強めに新改さんの肩を揺すった。


 すると――


「――ハッ!」


 すぐに我に返って顔を離してくれた。


「……ごめん。誘惑に抗えなかった……」


 恥ずかしそうに顔を逸らす新改さん。

 夕陽に照らされているせいか、恥ずかしさからなのかわからないけれど、赤面させていた。


 その表情を見たらなぜかおかしくなってしまったわたしは、つい吹き出してしまう。


「――ぷふっ、新改さんの意外な一面を見ちゃったよ」

「わ、忘れて……」


 新改さんは恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く。


「でも、それだけ今の普川さんは魅力的ってことだよ」

「少なくとも新改さんの性癖にどストライクってことはわかったよ」

「ぐふっ……」


 恥ずかしさに悶える新改さんは、弱々しい口調で「か、揶揄からかわないで……」と漏らす。


 普段は見られない彼女の姿がかわいくて頬が緩んでしまう。

 赤く染まった表情がかわいい上に色っぽいって反則では?


「ふ~」


 新改さんは深呼吸して心を落ち着かせる。


「……ごめん。正気を失っちゃったけど、話を戻すね」

「う、うん」


 表情が元に戻った新改さんは椅子に座り直す。

 思いのほか切り替えが早くてちょっとビックリしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る