第6話
◇ ◇ ◇
窓から差し込む夕陽が室内を茜色に染め上げる中、わたしはほかに誰もいない教室で
昨日までの自分と、今日の自分は外見しか違いがない。
突然いつもと異なる見た目になっていたらクラスメイトが驚くのは無理もない。わたしだって同じ立場だったら驚いていたと思う。
最初はクラスメイトの反応に圧倒されて辟易してしまったけれど、いま思うと少し滑稽でもあった。
だって、少し身形を変えただけで今までと全然違う反応をするんだよ?
もちろん、自分の勘違いじゃなければ、わたしは嫌われていたわけでも、煙たがられていたわけでもないから、みんなはいつも一クラスメイトとして接してくれていた。
とはいえ、わたしはクラスの中心にいるような人気者ではないので、今日みたいにみんなに囲まれるのは普段ならありえないことだ。
晴れている日の日中は眩しくて鬱陶しく感じる太陽も、夕方になると街並みを夕焼けに染めて美しく
それと同じように、人もなにかを変えると様々な面を見せることができるのかもしれない。外見であれ、内面であれ、なにかきっかけさえあれば――。
そう思うと、もしかしたらわたしが考えている以上に変化することの力って大きいのかもしれない。
一人で勝手に納得していると、廊下のほうからすたすたと足早に歩く音が聞こえてきた。
耳を傾けると、わたしがいる教室の入口で足音が止まった。
「――ごめん、ごめん。また待たせちゃった」
その言葉と共に教室の扉を開いたのは、待ち人の新改さんだった。
「なんかいつも待たせてる気がするよ……」
申し訳なさそうに空笑いする新改さんは頭を掻く。
「大丈夫だよ」
いつもって言っても、待ったのは昨日と今日の二回だけなんだけどね。
だからそんなに気にしなくてもいいよ。
それに新改さんは少し呼吸が乱れているから、きっと急いで来てくれたんだろうしね。
「なら良かった。ありがとう」
笑みを零しながらそう言った新改さんは深呼吸して乱れた息を整えると、わたしの右隣の席に腰を下ろした。
そして口元をニヤつかせながら口を開く。
「それにしても普川さん、今日は注目の的だったね」
「そうだね……。注目を浴びたかったわけじゃないから、ちょっと困っちゃった」
「はは、そうだろうね。でも、注目を浴びるのは今だけだと思うから安心して」
それはどういうことだろう?
注目を浴びずに済むのはありがたいけれど、なんで今だけなの?
「人って物事の変化には敏感だけど、すぐに慣れる生き物だから、普川さんが今の姿のまま過ごしてたらクラスのみんなもそのうち気にしなくなるよ」
なるほど……。
確かにその通りかもしれない。
わたしも家の近所に新しいお店ができたら目新しくて足を運んでみることがある。
でも、それもすぐに慣れて当たり前の日常となり、特別気にすることはなくなってしまう。
だから新改さんの言葉にはすんなりと納得できた。
「良かった……。安心した」
一時的なものだとわかって安堵したわたしはホッと息を吐く。
「やっぱり、私の見立ては正しかったってことかな」
そう言って胸を張る新改さん。
「そうだね。わたしもここまでみんなの反応が変わると思わなかったから驚いたよ」
「普川さんは素材がいいから、見せ方を少し工夫するだけで化けるんだよね」
「――そ、そんなことないよ」
新改さんは昨日からわたしの容姿を褒めてくれている。
だけれど、わたしはかわいくないし、美人でもない。
素材がいいのは新改さんのような人のことを言うんだよ。
誰もが美少女と認めるような人なんだから。
そう思ったわたしは、反射的に首を左右に振って否定していた。
「謙遜することないよ。実際、私より普川さんのほうが男ウケはいいだろうし」
「それこそありえないよ」
なに言っているの?
わたしが新改さんより人気なわけないのに……。
「いやいや、ありえるんだって」
真面目な顔で見つめてくる新改さんに、わたしは首を左右に振りながら「いやいやいや」と返す。
すると――
「いやいやいや」
新改さんもまったく同じ反応を返してきた。
「普川さんって自己評価低いよね……」
呆れたように肩を竦める新改さんだったけれど、「いや、まあ、そうならざるを得なかったのか……」と呟いて表情を改めた。
「自覚はないかもしれないけど、普川さんって男ウケがいい要素が揃ってるんだよね」
「……そうなの?」
まったく自覚がないわたしは疑問しか湧いて来ず、無意識に首を傾げた。
「うん。私と違って普川さんは清楚で落ち着いているイメージがあるからね。しかも私より肉づきがいいという付加価値があるから、好みっていう男は多いと思うよ」
そういうものなのかな……?
清楚っていうのはピンと来ないけれど、落ち着いているっていうのは目立たないように気をつけていたのが、周りからはそう見えていたのかもしれない。
そもそも男の子は清楚な子が好きなのかな?
わたしだったら新改さんみたいな子に憧れるけれど……。
まあ、それはともかくとして、肉づきがいいっていうのはちょっと複雑なんですけど……。
わたしは新改さんみたいに無駄な脂肪が一切ないスレンダーな肢体に憧れているから――。
「――あ、太ってるって意味じゃないよ? 普川さんはスラっとしてるしね」
わたしの不満が伝わったのか、新改さんは慌ててそう口にする。
「男って細い子より、少し弾力がある子のほうが好きなんだよね。もちろん、好みは人それぞれだから全員に当てはまるわけじゃないけど」
そういうものなんだ……。
女としては細い子に憧れるのだけれど、男性とは真逆の感性なんだね……。
「妖艶、セクシーって言ったほうがわかりやすいかな」
あぁ~、それならちょっとわかるかも。
「細い子より、ちょうど良く肉づきいい子のほうがセクシーに見えるんだよ」
時々、テレビに映るグラビアアイドルを観たら女のわたしでもセクシーだと思うことがある。
その感覚は男性のほうが強いのかも? だから余計に肉づきのいい女性が魅力的に映るのかもしれない。
「でも、そういう目で見られるのはちょっと……」
「まあ、普川さんはそうだろうね」
「……新改さんは違うの?」
「相手によるかな。好きな人にそういう風に思われるのは、女として見られてるんだなって嬉しくなるし、自信にもなるから」
「そういうものなんだ……。わたし、好きな人いたことないからわからないや」
「まあ、私も今は好きな人いないんだけどね」
肩を竦めた新改さんは、一息吐いた後に「話を戻すね」と口にした。
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