第5話

   ◇ ◇ ◇


 翌日――落ち着かない心境のまま登校したわたしはクラスの注目を集めていた。

 正直、ここまで周囲の反応が変わるとは思っていなかったので少々面喰ってしまった。


 なぜなら――


「――普川さん、どうしたの!?」

「いつもと雰囲気が全然違うじゃん!」

「イメチェンしたの!?」

「前から美人さんだなぁ~って思ってたけど、なんかより一層かわいくなったね!」

「なにがあったの!?」

「どんな心境の変化が!?」


 クラスメイトの女子に囲まれて質問攻めに遭っていたからだ。

 そんなに一遍に話しかけられても答えられないよ……! わたし、聖徳太子じゃないんだから……!!


 いつもなら教室に入った時に「おはよう」って挨拶するくらいで、特に交流がある友達意外とはそれ以降あまり話さないのに……。

 だから今みたいな状況は反応に困ってしまう……。


「――おい、なんか普川かわいくね?」

「なんかイメージ変わったな」

「やばい、俺、タイプかも……」

「垢抜けたな」

「今まで影が薄くて気づかなかったけど、普川ってあんなに美人だったんだ」

「俺は新改より普川のほうが好みだな」


 遠巻きに見てくる――教室内にいるから実際はそんなに離れていない――男子たちの声も聞こえてくる。


 女子たちに詰め寄られて質問攻めに遭うのと、男子たちに遠巻きに見られながら話の種にされること、どちらのほうがマシかと問われたら前者と答える。

 でも多少はマシというだけであって、正直どちらも勘弁願いたい。


 だって、変わりたいとは思っていたけれど、別に注目を浴びたかったわけではないから。

 なにより慣れない状況にむず痒くて居た堪れなくなってくる。


 というか、あれこれ考えていないで早くなにか言わないとみんなを困らせてしまう。下手したら無視していると思われてしまうかもしれない。


 それはまずい。

 もしみんなを不快な気分にさせてしまったら、クラス内での立場が悪くなってしまう恐れがある。


 今まで積み上げてきた可もなく不可もなく、利もなければ害もない、そんな〝普通〟のクラスメイトの立場を失ってしまうかもしれない。


 ――変わりたいと言っておきながら、わたしは未だに〝普通〟に囚われているみたい……。

 染み付いた価値観はそう簡単に消えるものじゃないのはわかっているけれど、なかなかの根深さに胸中で思わず苦笑いしてしまう。


 今のわたしは、もしかしたら変化を恐れてマイナス思考になっているのかもしれない。


「――そんなに一遍に話しかけたら普川さん困っちゃうよ」


 対応に困ってあたふたしていると、横合いから声がかかった。


 なかば途方に暮れていたわたしは、救世主の登場に安堵して教室の入口に顔を向ける。

 するとそこには、ちょうど教室に入って来た新改さんの姿があった。


「ほら、もうチャイム鳴るよ」


 そう言いながら新改さんはわたしの席のほうへ歩いてくる。


 みんなと一緒に教室の時計へ視線を向けると、新改さんの言う通り、後一分くらいでチャイムが鳴る頃合いだった。


「――やば」


 誰かが漏らしたその言葉が合図となって、わたしに群がっていた子たちは慌てて自分の席に戻るなり、鞄をロッカーにしまいに行くなり、忙しなく動き出した。


 その様子をみんなから解放されて気が緩んだ状態で眺めていたわたしは、心の底からの感謝を込めて「ありがとう、助かった」と、そばに立つ新改さんに告げた。


 すると新改さんは、「どういたしまして」と言いながらウインクを飛ばしてきた。

 相変わらずの可憐な笑顔とウインクが神々しくて讃美歌を送りたくなってくる。


「普川さん、放課後、教室で待ってて」


 アホなことを考えていたわたしの意識を現実に引き戻すかのように、新改さんが耳元で囁いてきた。


 どことなく色っぽさがある囁きにゾクッとしたわたしは、反射的に無言で頷く。

 わたしが了承したのを確認した新改さんは、「それじゃ、また後でね」と言葉を残すと、自分の席に向かって歩を進めた。


 ――新改さん、遅刻ギリギリの登校だったね……。


 新改さんの背中を眺めながらそんなどうでもいいことを思っていると、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。

 それと同時に――


「――おはようございます」


 担任の先生が教室に姿を現した。

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