本気の嘘

宵宮祀花

繋いだ手を離さない

 わたしの幼馴染は、もの凄いイケメンだ。

 176センチの長身に、引き締まった体。スポーツ万能で勉強も出来る。気遣いも完璧で、立ち振る舞いを含めてまるで物語の世界から抜け出してきた王子様のよう。当然顔面偏差値は幼馴染補正を抜いたって滅茶苦茶高いと思う。

 そんな幼馴染がモテないはずがなく、バレンタインは持ち帰れないほどのチョコをもらうし、男子たちからは年に五百回告白されてると揶揄されるほど。そしてそれが強ち冗談とも言い切れないくらい、呼び出されては告白されている。

 今日もお呼び出しを食らったらしいイケメン幼馴染を、わたしは一人教室で待っている。夕暮れに染まる教室ってどうしてこうノスタルジックなんだろう。


「ただいま、うた

「あ、おかえり、かな


 ヒマが過ぎてセンチメンタルに浸っていたら、イケメン幼馴染こと壬生奏が戻ってきた。どこか疲れた顔をしているのは気のせいじゃないんだろうな。


「帰ろっか」

「うん」


 鞄を肩に引っかけて、並んで教室を出る。

 今日の呼び出しは、一つ下の後輩だったらしい。断ったら泣き出されて、でも奏の経験上、泣いているのを慰めると「悪いと思うなら付き合ってください」とか言ってつけあがられることばかりだったから、泣き止むのを待つことしかできなくて。結局いつまで経っても泣き止まないから、一言断って帰ってきたんだとか。


「てかさー、泣いてる後輩置いて帰るとかあり得なくない?」

「王子様だか何だか知らないけど、モテるからっていい気になってるんでしょ」


 昇降口に差し掛かったとき、わたしたちと別学年の靴箱があるほうから不穏な話し声が聞こえた。

 思わず足を止めて、物陰に隠れてしまった。


「あーあ。付き合えたら自慢になるかと思ったのに、最悪。あたしが告って断った人いままでいなかったのにさあ」

「いいじゃん、あんなの本気じゃなかったんだからノーカンでしょ」

「そっか、だよね。てかいくら顔が良くても女と付き合うとか無理! キモすぎ!」


 ぎゃはは、と酔っ払いのような笑い声をあげて、後輩たちは帰っていった。

 奏の顔を見上げてみれば、傷ついたような安心したような複雑な表情をしていて、わたしは彼女の手をそっと握った。大きくて、でも男の人のそれとは全然違う繊細な手のひらに、わたしの手がきゅっと包まれる。


 実は、この手の負け惜しみは初めてじゃない。

 何なら断ったその場で付き添いの友達が物陰から飛び出してきて「こんなのただの罰ゲームだから!」と言い捨てて行ったこともある。その度に奏はいまみたいな顔で傷を隠そうとして、全ての棘を飲み込んできた。


「詩は、ずっとそのままでいてね。私、幼馴染までなくしたくないから」

「大丈夫だよ。小さい頃から一緒なんだから、今更関係が変わるわけないでしょ」

「うん……ありがとう」


 幼馴染という名の鎖に奏が安心するから、わたしは今日もわたしの恋心を殺す。

 奏の傍にいられなくなるくらいなら、わたしは一生わたしの恋心を殺し続ける。


 それが、わたしの恋。


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