恋慕

琳堂 凛

恋慕

 わたしは、恋をした。

 

 そして、その恋は実った。


 大抵の人間はそう聞くと、甘酸っぱかったり、切ないものだったり。

 はたまた無垢な純愛だったりを想像するのだろうけど。


 どうやらわたしの『恋』は、その括りに入れてはもらえないらしい。


 とは言っても。


 この胸が熱く、顔が火照る感覚は、わたしにとって紛れもない『恋』に違いないのだけれど。


 こんなにもあっさりと実るなら、もっと早くに思いの丈をぶつければよかったんだ。



 いとも簡単に現実になった、愛しい彼と二人きりの暮らし。


 わたしはそんな甘い日々が成就するまでの経緯を、満ち溢れる幸福感に浸りながらLINEで友人に報告しているところだ。


 数分前からしきりに着信音が鳴り続けているけれど、わたしはそれを拒否しては文字を打つの繰り返し。


 きっと、直接祝福の言葉を送ってくれるのだろうけど、今のわたしにはそれを受け止めることはできない。



 なにせ、動かせるのは足だけなのだから。


 足の指で文字を打つのも一苦労だ。


 それに、こんな真っ暗なところでスマホをじっと眺め続けているから、目がチカチカする。


 上に吊られた腕も痺れてきた。


 でも、その腕を縛っているのは彼が愛用しているネクタイなのだから、悪い気はしない。むしろ彼の存在を間近に感じられるようで高揚してしまう。


 少し体を動かせば、ガサガサと音を立て、綺麗に収納された彼の洋服にぶつかる。


 ここは彼の匂いでいっぱいだ。その事実だけで、わたしは幸せな気分になっていた。



 ——今朝のことだ。


 わたしは起床した後、コンタクトを入れる前に彼の部屋に招待された。


 らしくもなく舞い上がってしまい、そのまま出てきてしまったから、とにかく視界も悪い。


 霞むスマホ画面を必死に覗き込もうと前屈みになっているから、そろそろ背中と腰の痛みも限界だ。



 それにしても、なぜわたしの友人は理解してくれないのだろう。

 

 自宅に招待してくれた上、『これからはずっと一緒だね』と優しく笑いかけてくれた。


 それなのに友人ときたら、『どこにいるの?』『心配だよ』『早く逃げて』なんて。


 まるで彼が悪者みたいだ。


 そんな友人とやり取りするのもなんだか疲れてきたので、足の指先でスマホを弾く。


 壁まで大した距離はなかったみたいで、スマホはすぐにコツン、と音を立てて止まった。



 ——不意にガチャリ、と、鍵を開けたような音が遠くから聞こえた。


 彼が帰ってきたんだ。


 わたしが不自由しないよう、いろいろ買い揃えて来ると言った彼が出ていってから、一時間が過ぎていた。


 彼がいない一時間は、今のわたしにとって無限に続く孤独かのように思えた。



 ——嗚呼、今度は一体どんな言葉を囁いてくれるのだろう。どんな快楽を与えてくれるのだろう。


 彼の一言一句、一挙手一投足が、わたしの渇いた心を満たしてくれる。


 目元と口元を覆う布の下で、恍惚とした表情を浮かべるわたしに警鐘を鳴らすかのように、隅のスマホは着信を知らせ続けている。

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恋慕 琳堂 凛 @tyura-tyura

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