「完殺の隠者」

低迷アクション

第1話

「内緒だよ?絶対にね」


緑と赤色の分泌物に塗れた指を、そっと、醜く歪んだ口元で止めた(笑っていると気づくのに数秒かかった)“それ”に対し、少女はただ静かに、片手を動かし、答えを示した…



4月だと言うのに、5月か6月並みの陽気は、嫌な臭いを伴う夜風…それを引き起こす要因を強くしている。


「主任、中、ひどいですよ」


部下の“小沢”の声に“鈴木”は顔をしかめ、重い足をどうにか動かす。


都心から少し離れた住宅地で起きた一家4人惨殺事件…


遺体全ての損壊が激しく、破れた衣服や爪の欠片から、ようやく“人間”と判別できる事象…


それだけで充分異様だが…他所の国では、戦争行為で何万と死んでるし、鈴木の目の前に広がってる世界では、最早驚く事ではないのかもしれない。


今・の・世・界・で・は…


通された家は、玄関までに血が飛んでいた。中に入れば、あちこちに肉片がへばりつき、肉の解体場を思わせる。


殺害のメインはリビングだ。合計4体の骸がそこにある。玄関に散らばった1人、2人目はフローリングの床に全身が陥没。相当な力を上から加えられている。


重機を使ったとしか考えられない程の圧…


3人目はテーブルに上半身を全部ばら撒いていた。まるで、容疑者に片手で薙ぎ払われた。そんな飛び散り方をしている。


(もっとも、今の“あの子達”や“あいつ等”には造作もない事だろうがな)


4人目が天井にブチ上げられた死因を見るにつけ、鈴木の声を待たずに、

小沢が口火を切る。


「犯人は“魔法少女”もしくは“異能系”ですかね?ほら、思春期特有の爆発とかで」


「…確かに、能力者の仕業は否定できない。お前の指摘は正しい…だが」


しかめ面を崩さず、空気の読めない若手にグッと顔を近づけ、囁く。


「唯一生き残った“女の子”の前で、話す内容じゃないだろ?少なくとも今は…」


4人目の後ろ、ソファに座った制服姿の少女は、放心した顔で、ひとさし指を口にあてたまま、常識的に言えば、内緒事や隠し事をする時の“シーッ”と言う仕草で硬直していた…



 魔法少女や異能者、それらが空を飛びかい、常識はずれの力を使うようになったのは、いつからだろう?


気が付けば、彼女、彼等が人類を滅ぼす最悪の敵、外宇宙、他世界からの侵略者を退ける活躍が当たり前になり…


全ての敵を滅ぼし、次の戦いを探した結果、常人のテロや戦争にも介入し、

世間から行為に対する制約と枷をつけられ、沈静化させられたのが、今の世界だ。


しかし、彼女達はいなくなった訳ではない。世間のどこかに埋没し、世界から必要と許可をもらった時、姿を現す。


最も、一般社会にて、力を持て余す異能者達は、ほとんどが何かしらの問題を起こした。大半が一般人を巻き込む事案…


だから、今回も…


嘆息しながら、鈴木はマジックミラー越しに少女を見る。


“完全黙秘”を貫く彼女は、市の記録によれば“糸井 さや(いとい さや)”被害者家族の長女…


家族構成は父親、母親、兄、弟の5人…


事件が起こったのは、恐らく夜半…午後7~8時の時間帯に近隣住民から大きな音が連続して起こったとの通報があり、駆け付けた巡査が“現場”を発見した。


DNA鑑定はまだだが、衣服や僅かに残った持ち物から、糸井家の人間と判断されている。


「主任、駄目ですね。埒があきません」


頭を振るいながら入ってくる、小沢の報告も察しがつく。


「だろうな。あの子の能力判定は?」


「ゼロですね。最も、これは政府が、いい加減な中抜き業者に発注させて作った、それこそ“当てにならない現政権”を体現してるような測定器ですからね。


でも、あの子達は、能力ゼロ…一般人から急に核弾頭級の力を…なんて事がアリなんでしょ?」


「実際に見た訳ではないが、そう言う事らしいな。だから、ガイシャの娘もって言いたいんだろう?」


正直、この手の捜査には飽き飽きしていた。結局最後は、自分達の出番はなくなる。あくまで建前なのだ。警察は…


「ん~、こりゃ、アレだ“対策の奴等”に任せましょう」


やっぱりな…部下ですら、匙を投げている。警察でも解決できない事案、異常事件は“その手の専門家達”に委ねられている。


彼等、彼女等が来た段階で捜査本部は解散、鈴木達は通常の事件に戻される。その後の結果は一切不明…報告がされる訳でもない。


最早、公然の秘密に近い状況…一般と異能が寄り添う事もない。お互いが円滑かつ、効率よく社会を進めるためには触れ合わない。袖擦り合う程度が重視される。


これ以上の厄介ごとを抱えるには、経済、環境など、困窮多々の現代社会には、余裕なしと言う所だろう。


しかし、それでいいのか?


この事件は、何かが引っ掛かる。


まず、能力値が判定されない容疑者の存在…今までの事件は、素人目にも、ハッキリ“異能”とわかる様子だった。人間離れした容姿に姿を変えた犯人達のほとんどは、喪失状態で、動きを止める…あるいは、能力を暴走させ、取り囲んだ警官達を吹き飛ばし、最後は駆け付けた専門家達によって、鎮圧されていた。


だが、さやは一般人だ。能力検査もパスしている。


突然、能力が開花した事例もあるらしいが、素人目には、そんな兆候は見られないし、恐らくないだろう。顕著な異能なら、検査機に、なにかしらの反応が出る。


とすると、彼女が事件を起こしたのではなく、外部から来た者の犯行?不確定要素がありすぎる。こんな、半端な捜査状況のまま、専門家に渡す事など考えられない。スマホを弄る部下に声をかける。


「小沢、専門家連中への連絡は?」


「まだです」


「わかった。すんだら、行くぞ」


「何処に?」


「現場だよ。こいつはまだ、俺達のヤマだ」…



 事件発生から24時間と経過してない事件現場は、殺人の生々しさを色濃く残している。風に揺れる黄色い立ち入り禁止のテープ、消毒液の臭いに混じり、外にいても、鼻孔をくすぐる、かすかな腐敗臭…


勤め人の通勤ラッシュが終わった住宅街は、日差しに照らされ、穏やかな様子を見せている。近くのごみ集積所に車を止め、収集作業をしている、ごみ収集員達の好奇な視線を除けば、普段通りの日常だ。


通報のあった隣家を訪ねる。一通りの調書はとったと聞いていたが、念のためだ。


「またですか?ええっ、まぁ…私も怖くって…ニュースじゃ、通り魔とか言ってたしぃっ」


主婦の困惑顔には、恐怖が滲み出ている。関わりたくないと言う姿勢がアリアリだ。対岸の火事気分を味わえない現状に、気が気ではないのだろう。鈴木もしっかりと気持ちを汲んだ表情を作り、話を促していく。


「糸井家の皆さんは5年くらい前に引っ越してきた人達ですね。ご主人は出版関係のお仕事で、奥さんは専業、子供はお兄ちゃんと弟、後…妹さんがいたかしら?


お兄ちゃんは大学、弟は高校生かな?妹さんは、この辺の中学の制服を着ていたから、それくらいの年齢で…私も、そんなに、ご近所付き合いがあった訳ではないですけど…普通の家庭ですよ。どこにでもいそうな…」


これと言って、新規の情報はなかった。所轄の聞き取りでも、怨恨の類は浮かんできてない。近所の主婦にしても、恐らく知らないのだろう。それだけ、ありふれた家庭だったという事だ。


杓子定規なお礼もそこそこに、現場へ戻った。ある程度の鑑識が済んでいるとは言え、家の中は、基本そのままだ。遺留品も一通り見たが、ここでも、特に進展はない。家具や本、テレビ、部屋の調度、冷蔵庫の中身も普通、普通の一般家庭…


「お手上げですね。主任…」


隣に立つ小沢の言葉に頷く。事件の決め手となるのは、やはり、あの娘だ。


(専門家に先を越されてなきゃいいが…)


鈴木の杞憂を察してか、部下の小沢は黄色いテープを勢いよくあげた…



 「移送された?どこに?」


緊急性を孕んだ声に対し、係官は面倒くさそうに、箸を止める。彼女にとっては、お昼休憩を邪魔される事の方が重要なのだろう。


「既に捜査本部は解散、後は専門家を待つだけと聞いています。糸井さやの身柄は親戚が引き取りに来るまで、市内一時措置施設に預けられます。専門家には、そこに向かうように指示を出していまし、何か問題でも?」


自分は仕事をしたと言う感じでふんぞり返る係官を張り飛ばしたい衝動にかられるが、コンプライアンスが台頭する社会では、自身の行動は逆行、異常と受け止められかねない。


事実として鈴木達には、異常事件に対する捜査経験はない。専門家に委託した後は、ノータッチだからだ。


しかし、だからといって、この体たらくはどうだ?人々を守るのが警察ではないのか?


(俺達にやれることはないか?)


自身のスマホが鳴ったのは、その時だった。


端末に耳を当てれば、若い女性の声が流れるように響く。


「捜査1課の鈴木主任ですね。お願いしたい事があります。私は…その、貴方達の言葉で言えば、専門家です。ある理由で、そちらにお伺いできない理由があり、電話にて、指示を出させて頂く事をお許しください。


まずは、事件の生き残り、目撃者である糸井さやを“演じている者”の保護をお願いします。大至急にです」


「糸井さやを演じている?何の話だ。君は一体何を言っている?」


「訳は追って話します。とにかく急いで」


「しかし…」


「主任!」


翔潤する鈴木に、小沢がスマホを耳に当てながら、駆け寄ってくる。


「どうした?」


「鑑識からの報告です。4人の遺体解剖が終わりました。DNAは一致なし…4人、いえ、4体は人間じゃありません。全て未知の生物の遺骸だと言う事です」


呆然とする鈴木の耳に、自身のスマホから声が響く。


「ご理解頂けましたか?急いで、早く」…



 「死体が全部、化け物…連中、家族全員を殺して、皮被ってた訳か?

どこぞのホラー…いや、今の世じゃ当たり前か…それなら、尚更、あんた等の領分だろうが?」


スピーカーにしたスマホを助手席に置き、小沢の運転する車で糸井さやの保護施設に向かいながら、鈴木は当然の疑問を苛立たし気に投げかけ、自身も聞き取りをした主婦と同じ心境になっていると気づいた。


「いや、すまん、混乱していて…」


「わかります。本来なら、私達の仕事です。ですが、これからは協力が必要です。今回の事例を見るにつけ…」


「…訳を話してくれ」


「はい…そうですね。世間で言えば、魔法少女、能力者達が世界を平定した後、事実上、私達は世間に隠れ、社会は日常を取り戻しました。


ですが、隠れ、埋没したのは、私達だけではありません。怪人、怪獣…私達の敵だった者も例外なく、身を潜める事になったのです」


「ちょっと待ってくれ。それは、おたく等が全部滅ぼしたのでは?」


「端的な例をあげましょう。ヒーロー達と死闘を繰り広げ、世界を掌握しようとした悪の組織ゾット…彼等が作った怪人の数は98体、ですが、それは正式に作戦や戦闘に投入された数だけです。後年、日本各地の、彼等の支部を調査した結果、未投入の怪人を製造した跡が、数十か所で確認されています」


「生き残りがいたと?」


「あくまでも、ゾットの例です。魔物や怪物を使役する勢力を数えたら、その個体数にキリはありません」


「奴等は、何故行動しない?人類は餌か敵の筈…」


「それぞれの行動原理は理解不能です。しかし、彼等も学んでいます。自分達が異能の力を発揮すれば、私達が投入され、始末される事を…だったら姿を隠して、延命を選ぶのが、最善…しかし、どう隠しても、所詮は異形…餌や殺人衝動にかられる時があります。それが、現実の事件として、起こった時、私達が捜査を引き継ぎ、解決する流れをとっています」


「今回、俺達を使うのは何故だ?」


「この事象については特例です。恐らくですが、事件のあった地区を見張っている、管理している者がいます。あの一家は擬態した怪物達の住処でした。それに綻びが生じた」


「綻び?」


「5人目の擬態者、糸井さやですね。彼女になりすました怪物の、殺人、食人衝動が抑えきれなくなった。だから、あの子を連れてきた。彼女は少年課で照合がとれています。2週間前の都内ビル前でたむろしている未成年の一斉検挙…あの中の一人です。名前は赤石 かえで(あかいし かえで)14歳の家出少女…」


「餌と言う事か?」


「最終的には餌になります。彼女は教材…実際の人間、14歳の糸井さやの生活、食事、歩き方、椅子の座り方を、人間のかえでから学び、再び順応するために…人材の調達に関して問題はありません。行き場のない人間は、この国、いえ、世界中にあふれています。教材と食事は何処でも揃えられます」


「……それが本当…いや、本当の話か。恐ろしい事だ」


「ですから、保護をお願いしたいのです。現場の死体から察するに、糸井さやの擬態者は生きています。そいつは生き残ったかえでを襲うでしょう。相手は異能の存在、見つけるのは、訳ありません。彼女は自分達の正体を知っているからです」


「何故、かえでは話さない?そして、見張っている奴とは?」


「我々は“観察者”と呼んでいます。とにかく今は」


「主任、着きました」


小沢の声に、鈴木は会話を中断し、回転式拳銃を懐から取り出した…



 施設の中は不気味に静まり返っている。受付の職員は気絶させられていたし、廊下のあちこちには人が倒れている。


「誰も死んでません、皆、無事です。例の擬態した奴ですかね?」


拳銃を構える小沢が油断なく廊下を先に進む。案内図によれば、収監室は、奥の行き止まりの部屋だ。


「擬態した方が来たなら、全員とっくに殺してる。過去の奴等からすればな。これは、多分…」


鈴木が言い終わる前に、黒い影が曲がり角から飛び出し、小沢に覆い被さる。


「小沢!」


怪物の頭より、少し上を狙って、立て続けに2発撃つ。増加する怪人や怪物被害に対し、外国の特殊部隊教官から戦闘講習を受け、その際に学んだ射撃術だ。


突発的な射撃時には、頭部を直接狙うのでなく、少し上に狙いをつける事により、命中率を上げる。この戦法は、成功したようだ。


獣の呻きを上げた怪物は、小沢の上から仰け反り、床を転げ回る。その姿は、人間の中身を表に出したような赤黒い全身、今まで、人間の皮を被っていたから、この姿なのか?いや、これが本来の姿?合成的に作られた怪人と言うより、天然の怪物、妖怪の類に見えた。


「主任、撃って」


連続する銃声に気が付けば、半身を起こした小沢が5発続けて銃弾を連射し、

頭部に38口径の穴を開けながらも、立ち上がった怪物に銃弾を見舞う。


「頭だ。頭を狙うんだ」


叫び、自身の銃を撃つ。実際に怪獣と交戦し、生き残った“常人”である教官の教えだ。動いている限りは、頭部に神経が集まっている。頭を撃てば、止められると…


鈴木の精巧な射撃は、怪物の頭に、更に3つの穴を穿つ。


だが、そこまでだった。


「クソッ…」


引き金を絞る、空しい金属音…弾切れの合図が廊下に響き渡っていく。


エアウェイトM37(回転式拳銃)の装弾数は5発…


予備の弾を携行しないのは、古き良き、安定の時代の名残、それが仇になるとは…


怪物がえづき、口から地面に5個の塊を吐き出した後、しゃがれた獣の声を震わし、近づいてくる。


両手の爪は鋭く伸び切っていた。あれを振るわれたら、自分達の体など、いとも簡単に寸断されるだろう。


放心した小沢を庇おうと、鈴木が体を動かした刹那、相手がビクンと肩を震わし、周りを見回す。目があるのか、わからない程に落ち窪んだ黒い眼窩が、鈴木達の背後を見据えた時、鈍い衝撃が自身の首筋に走る。


意識が遠のき、床に倒れる体、数秒経たずとして、目の前で、同じように

崩れ落ちる小沢…爪を振り上げ、威嚇の姿勢をとる怪物の前に立つあれは…


そこまでが限界だった。


目が覚めたのは、一昨日に嗅いだ、嫌な臭いが鼻先をかすめたおかげ…首元を押さえ、目をこらせば、緑と赤の絵具を床にぶちまけたような惨状…


怪物の残骸と、どうにか認識できたのは、小沢が撃ち込んだ5発のひしゃげた弾丸が散らばっていたからだ。


「あの子は?」


まだ、起きない小沢を跨ぎ、ふらつく体でドアを開ける。


部屋の中央に据えてあるソファに座った少女、赤石かえでは、24時間前と寸分違わず、放心した顔で、ひとさし指を口にあてたまま、内緒事や隠し事をする時の“シーッ”と言う仕草で固まっていた…



 「えっ?なんですか?おたく等?刑事さん?そりゃ、見た感じは、ゴツイ奴ばっかですが、このご時世ですからね。人手不足の中で、何とかやってます。


だいたい、人のやりたくない仕事です。しかし、俺達が仕事をしなければ、悪い病気に、悪臭が町に溢れ返りますよ?俺達は、生活を…ライフラインを守ってるんだ。


それなのに、市民の皆さんときたら、ヒドイもんだ。分別もしない。個人情報駄々洩れの書類も関係なしに、なんでも燃せるやつに突っ込む。電子レンジに、何かの注射器、使用済みの…あ、これは失礼…


仏壇、そして、最もヒドイのは、賞味期限が過ぎて1日しか経ってない菓子パン、新鮮な野菜、生肉、随分と、日にちに余裕のある缶詰、カップ麺、何も手をつけてないやつ…


皆さん、イイもん食ってますよ。もちろん、俺達は食べませんがね。常識ありますから。とにかく、災害とか物価が上がるたびに、買い込んで…最後は捨てるんです。


彼等の強迫神経症ぶりには、ほんとに勘弁してもらいたいですね。SDGs?言ってる奴等が片っ端から捨ててくんですから。訳ないや。特定?数え切れませんよ。多すぎて…ハイ、これが答えですよ。もういいですか?」


そういって、人相の悪い男達の詰め所に戻っていく職員、名札によれば、

彼は金井 裕也(かない ゆうや)と言う名前だ。


自分と同じく、首にギプスを巻いた小沢が頭を掻きながら“お手上げ”と言った様子で、肩を竦め、こちらを見た。


「主任、満足できる答えですか?」


鈴木は何も答えなかった…



「赤石さんの保護、ありがとうございます。貴方達が戦った怪物を始末したのは、そう、観察者です。間違いありません。


初めに私は、彼が地区を管理していると言いました。そこに綻びが生じたと…何故、察する事が出来たのか?


恐らく、観察者が普段している仕事は、生活のライフラインを支える仕事、多分、公共関係、それも現場職、児童相談所の相談員、生活困窮窓口の訪問担当、後は…消防、一般ごみ収集…


それらに擬態し、他の異形達を見張り、そして、異常を発見したら、始末する。自らの姿を見せる事なく…自分達の生活の安定、あるいは、来たるべき、決起の時までの隠匿か?真意は不明…ですが、同じ怪人や怪物を始末できる、相当“上位の存在”と考えます。


私達が介入できないと言ったのは、それほどの力を持つ者が、魔法少女、異能者達の存在を感知するのは容易…結果、双方が戦えば、甚大な被害が出ると言う事です。


一体どれほどの異形が地域に潜んでいるのかも、わかりません。それらの一斉蜂起を促す事を考えると、我々は傍観する事が最善と考えます。


えっ?聞き取りを…そうですか。全ての把握は…無理ですね。


以前、こんな事を言われた気がします。常人を超えた異能同士の戦いが、一般社会のレベルにまで下がった時、現実的な規範の中で、正義は制約が多く、何も守る必要のない悪に敗北する構図が予想されると…


正に、その通りの現状です。


地域に溶け込んだ悪の異形達…介入を制限された私達…皮肉なモノですね。一体、誰が社会を守るのでしょうか?」


「それは決まっている」


「?」


「はじめに君が言ったじゃないか?これからは協力が必要とね。異能の力を持つ君達と、一般の私達、違いはあるが、目的は同じ、悪い奴を懲らしめる。そうだろ?


観察者が同胞を見張る役割を、いつ放棄するかわからない。所詮は悪の残党…

私も今回の戦いを経験して、やはり、警察だけでは逮捕と言う所までは、いかない事が身に染みた。


そこで君達の手を借りたい。捜査や聞き込みは、こちらの専門分野、確保や戦いは君達の領分、きっと上手くいく。


私達の“合同捜査”は、これからなんだよ。違うかね?」


喋っている鈴木自身を奮い立たせるつもりの言葉だ。懸案事項、制約の多すぎる今社会を縦横無尽にのさばる悪の者達…だが、だからこそ、自分達は戦うのだ。


悪が蔓延るのは、正義が何もしなくなった時と言う。しかし、まだ、その時期ではない。観察者が陰に隠れるのは、正義の番人がしっかり機能している証拠、それこそが役割、自分達の矜持、絶やす気は毛頭ない。


「………そうですね。これからもよろしくお願いします。鈴木主任」


少しの沈黙の後、スマホ越しに、どこか嬉しさを帯びた音声が、鈴木の耳に響いた…



 重いスーツケースは、下り坂においては、勢いがつき、却って不便だ。


4月にしては、暑すぎる陽射しの下で、赤石かえでは、焦っている。とにかく焦っていた。


警察が両親と連絡を取り、迎えが来るとわかった段階で、少ない荷物をまとめ、署をから逃走…今は、虐待癖のある両親と、この町…いや、この地区から出たい。一刻も早く…


警察の一斉検挙から逃げる、かえでを匿ってくれた、目元優しい家族…同い年くらいの娘は、常に自分にべったりとくっつき、妹みたいに可愛かった。


そりゃ、変な所はあった。冷蔵庫に、食べ物はいっぱいあったけど、食事するのは、自分だけ…ごみの袋には未開封の食品の数々、時々、かえでの腕を舐める娘や、息子2人の視線は怖かったけど、それなりに寛げた。


変わったのは、3日前の夜だ。家族とリビングで団欒している所に、嫌な感じの男の声が突然響いた。


「全く、今まで通り、未開封の食品だけを、ごみに出せば、怪しまれなかったのに…どうしてくれる?カナリヤ先輩(←あ、これ、あだ名な?)言ってたぞ?


“あれ?今日はちゃんと食ってるぞ?コイツ等”


こーゆう所から、崩壊は始まんだよ。まぁ、もっとも、そのちっこいやつは、抑えが効かなくなってるっぽいし、時期尚早だな。これは…」


姿の見えない声に怯える、かなでの横で、家族の長である父親の顔が、

呼応したように、二つに割れ、そこからは…全員が化け物になって、何かと戦って死んだ。


気が付けば、生きてるのは、かなでと、目の前の家族より醜い化け物…


そいつはブツブツ(ほんとは人間に姿見せるのはNGなんだけど、4対1はさすがに久しぶり云々)呟きながら、かなでの前に立ち、誰にも喋らない約束を取り付けた。


警察に保護された後、自分の前に現れた“家族の娘だったモノ”を始末したのも

コイツだ。もはや、隠す素振りもなくなった“奴”が何か言う前に、かなでは

“教えられたポーズ”をとり、相手に約束を守っている事を示した。


もう全ては解決した事…今は、どこか、遠くでリセットしたい。こーゆう事は、早く忘れるに限る。自分には関わりない事だ。関係ない、関係ない…


繰り返しの言い含めに、夢中になったのがまずかった。少し、盛り上がった地面に足をつっかけ、盛大に転ぶ。


立ち上がろうとする自身の前に、やかましい市歌放送とエンジンの停止音が響き、生ごみの腐敗臭をかすかに纏った影が立つ。


「君、大丈夫?こんな所で倒れるなんて…まぁ、気候が変だからね。急な暑さのせいかな?」


陽射しのせいで顔全体は見えないが、口元は笑っている…その瞬間、3日前の夜、あいつが言っていた言葉、笑う口元、腐敗臭の全てが繋がった。


震えだす全身に合わせて、相手の口角が更に上がる。かなでの指は、ごく自然に、教えられた動きを実行するため、ゆっくりと、口元に向かっていった…(終)

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