第10話 コーヒー?紅茶?

向日葵と葵が台所に立ってから、橘平は桜から昔の話を聞いていた。

双子の兄のこと、自分たちも脳内の大地震があったこと。

満開の桜のこと、悪神『なゐ』の封印のこと…すべて、先生から教えてもらったということ。

部屋の入口から、向日葵がひょこっと顔を出す。


「きーへー、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「あ、じゃあ紅茶で」

「おけおけ。さっくーは?」

「私も同じもので」

「わかった~もうちょい待っててね!」


ぱたぱた音を立てながら、彼女は台所へ戻っていった。


「一宮さんって、紅茶派?」

「え?そうですね、コーヒーか紅茶なら。八神さんも?」

「うーん、同じくらいだな。俺が聞いといてなんだよって答えだけど」

「ふふ、やっぱり面白い方ですね」

「そ、そう?あ、それでさ話戻るけど、どうやってあんなバケモン倒すの?確かにあの二人強そうだけど、人間が倒せるのかな」


桜は上下の唇軽く噛み、視線を泳がせていた。何か迷っているようだった。


「それはどう説明すれば…」

「ちょーのーりょくだよ、ちょーのーりょく!」


元気な声が勢いよく耳にぶつかる。ティーカップの載ったトレイを持った声の本人と、茶菓子の入った箱をもった葵が部屋に戻って来た。


「は?ちょうのうりょく?何とかキネシス的な?」


また訳の分からないことをいいだしたな、と橘平はあっけにとられた。バケモノや冬の桜を見てしまったから、ないこともないだろうが、この二人が超能力者とでもいうのだろうか。


「ほんと雑だな。まあ簡単にいえばそういうこと。俺ら三人は超能力者。有術っていうんだけどね」

「ゆ、ゆうじゅつ」

「そういう特殊な力を使えば倒せるだろう、ということ」

「三人、ってことは一宮さんも?あの時なんで使わなかったの?」


話を振られて、ぴくっとした桜は、えーとえーと、とまごまごしてから、


「あ、あの時はびっくりして余裕もなかったのもそうなのですが、あの怪物に目がなかったので…」

「め?eyes?」

「はい。私の能力は、その、相手の目を通して攻撃するものといいますか」


たしかに、あの怪物は口と鼻はあったが目はなかった。目を通してどう攻めるのか聞こうとしたが、「あの時私がお役に立ててれば…」「役立たずで申し訳ありません…」と桜がより小さくなってきたのでそれ以上追及しなかった。


「私らだってでっかい鬼は相手にしたことないけど、なんとかなるっしょ!ってこと!」


彼らには、なにやら不思議な力があるらしいことはわかった。映画や漫画の見過ぎじゃん、とでも言いたくなったが、そうだ、鬼を見た、桜をみたんだ。あれは現実だ。

とことん不思議なことを受け入れてみよう、と橘平は腹を決めた。


「そういう超能力?って今まで使ったことあるんですか?平和な村で使う機会なんてなさそう」

「めっちゃあるよ!悪神を封じてるからなのかさ、ちっちゃいバケモンがまあまあね。村の周りに出てくんのよ。そういう時が、私らの出番ね。だいたい熊とか猪なんかの姿してるから、もし村人に見られても畑を荒らす動物退治~にしか見えないってわけよ」


のんびりと過ごしていた毎日の中で、そんな裏の世界があったとは。平和に暮らせているのは、彼らのおかげだったのかもしれない。ということは、桜も「ちっちゃいバケモン」程度なら見慣れているのだろうが、あれほどの巨大な化物は初めてなのだ。それに目がない。


「ま、まじっすか…ん?熊?」

「まじでーす!だから力の使い方はOKだよん」

「八神さんのご先祖も、有術を使えたはずですよ」

「そうなの?」

「ええ。遥か昔、『なゐ』に苦しめられていた人たちが神から賜った力だそうで、当時は村人のほとんどが使えていたらしいです。また、悪神に苦しめられていた他の地域も同様だそうですよ。『なゐ』が封印され平和になっていくと、有術を使う必要がなくなってきたため、次第に力は忘れ去られていったのです」

「とはいっても、いつまた悪神の封印が解かれたり、新しい脅威にさらされるかわからないし、ちょいちょいバケモンはでるから、一宮なんかの一部の家では有術を絶やさないようにしてきた。俺と向日葵も、そういうように育てられたんだよ」


村のみんな、同じように生まれて、同じように育って、同じように死んでいく。 

橘平はそう認識していた。

まさか同じ村のなかで、こんなにも異なった生き方をしている人たちがいるとは思っても見なかった。こうした事実を知ることができたのも、頭が生まれ変わったからかもしれない。


「信じられるわけないよなあ。実際に見てもらった方が、これからの理解も深まるんだろうが…」

「そんな、つごーよくでてこねーからなー、バケモンは」


という向日葵の一言に、葵は薄く笑いながら言った。


「俺らで手合わせでもするか?」

「えーいやだよ!!殺されるじゃん!!やだ!!」


この反応は意外だった。向日葵は恐ろしいほどの力強さを持つ女性だ。並みの男の腕なんぞ、簡単に折って引っこ抜いてしまえそうなほどの腕力だ。


「え?向日葵さん、めちゃくちゃ強そうじゃないっすか」

「ちょー強いよ。さっちゃんに悪い虫がつかないよーに鍛えたからねっ。素手ならアオなんて瞬殺」

「互角だろ互角」


葵は細身で、一見すると向日葵に一ひねりにされそうではあるが、意外と体つきはしっかりしている。無表情で「互角」と表現するところをみても、外見以上に強靭な肉体を持っていると想像された。あの怪力と互角なんだ…この人もやべえのか…と、橘平は心のなかでしんみりと思った。


「私のが強いわ!でも有術は別なのよ~私のはさ、攻撃的じゃないのさ。葵のはぶっ殺す系なんだけど」


一般人の橘平には超能力のことは全く分からないので「そういうものなのかな?」と、とりあえずこの場では飲み込んだ。やはり見てみない事にはなんとも理解しがたい。

ここまで話を聞き、超能力の無い自分は足手まといかもしれない、と弱気な気持ちを抱いていた。

それでも、どうしても彼らに付いていきたい、桜を守りたいと強く強く感じていた。


「あの、いろいろ教えてくれてありがとうございます!で、あれっすよね、まずはあのでっかい2匹を倒さなきゃ、なんですよね?いつ倒しに行くんですか?」

「今夜だよ~!」

「へ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神社の娘 坂東さしま @bando-s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ