第9話 夏の菊

桜と「先生」が出会ったのは彼女が3歳の時だった。


桜は双子の兄・菊とともに、家庭教師の「先生」からいろいろな事を教わっていた。村の中を散歩しながら、まずは村に生えている樹木や植物、虫、畑の前を通れば野菜のこと。大きくなるにつれ、村の特徴、歴史、そして一宮家、お伝え様の役割など、村を統治する側になった際に必要なことなども教養に交えて教えられていった。

菊はいわゆる天才児だった。誰よりも賢く、一を聞いたら十を知るような子で、先生の話はなんでも吸収していった。桜には理解できないような本ばかり読んでいたが村の図書館では彼の知識欲は満足せず、先生はそんな彼に合わせ、大人レベルの授業も行った。

桜も賢いほうではあったが、兄ほどではない。レベルの高い授業など聞かなくていいのだが、なんでも兄と一緒が良かったので、分からないなりにも兄とともに教えを受けた。

先生の授業は、一宮の子供たちだけのものではない。一宮を補佐する家から選ばれた彼らの遊び相手たちも、一緒に先生の講義を聞くことがあった。それが、葵と向日葵である。


双子が10歳の時のことだ。

彼らは村の外の学校に通い、葵と向日葵は他の村人同様、村の学校に通っていた。この頃は週に3回ほど先生の授業があり、放課後や休みの日にみなで受けていた。先生の授業はフィールドワークだったり座学だったり、さまざまだった。

ある蝉がよく鳴いていた日のこと。「今日の午後は先生の家でお話ししましょう」ということで、四人は先生の家に集まった。その家というのが、現在、葵が住む古民家である。

その時の授業が、桜が橘平に話した「この村はおかしい」ということだった。

先生も桜や葵のような真っ黒な強い瞳を持つ人で、四人それぞれの目をしっかりと捉えながら、村の非常識さについて説き、四人を「気づかせた」のであった。


目が覚めるなんてものではなかった。四人は世界観が、宇宙観が、がらりと変わってしまったのだった。頭の中の大地震によって桜と葵は盛大に戻してしまったほど。向日葵も気持ち悪くて仕方なかったが、なんとか耐えた。「鍛えてたから」と、のちに彼女は答えている。

ちなみに、この頃の向日葵はぎゅっと結んだツイン三つ編み、制服スカートはひざ下というような、見た目はとても地味で優等生風の少女だった。

幼少から明るく活発、言葉遣いも雑、桜を守るために体を鍛えていて、そんじょそこらの男子には負けなかった。しかし一宮を補佐するものとして、親たちは「黒子であれ」と口酸っぱく彼女を育ててきた。小さいうちは意味が分からず本能のまま生きていた向日葵少女だったが、成長するにつれ大人たちの洗脳が功を奏し「目立ってはいけないんだ」と思い込みはじめ、見た目も性格もどんどん地味になっていた。

しかしこの後、急速に明るく派手に、本来の彼女に戻っていった。同級生たちはその急変ぶりに、しばらく彼女を腫れもの扱いしたという。

彼女は気づくと同時に、目覚めてしまったのである。


菊の脳は4人の中でも耐震性が高かったとみえ、その被害は少なかったが、瞳孔が異常なほど開いていた。おそらく、3人以上に何かを分かってしまったのかもしれない。



この授業から一週間後。 

先生は「研究することがある」「いつかまた、必ず戻ってきます。その時に研究の成果をあなたたちに聞かせてあげますから、楽しみにしていてくださいね」

という、手紙を残して消えた。大人たちも全く、先生の消息を知らなかった。先生は誰にも告げず、出て行ったらしい。


ところが数日後、警察から一宮家に連絡が入った。

村の真ん中にある森の南口で、先生の遺体が見つかったと。そして、数日前から行方知れずになっていた菊の亡骸も一緒であるという。

二人の死因も、なぜそこに倒れていたのかも、いまだ不明である。


長男の死により、一宮の跡継ぎは長女の桜に変わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る