第8話 即答で鼻歌

 脳内地震が収まるまで1時間ほどかかった。

 それまで立ち上がることもできず、ソファでうつむいていた。桜がそばを離れずにいてくれたし、ほかの二人も橘平が落ち着くまで見守ってくれていた。

 揺れが収まり気持ち悪さもなくなったころ、向日葵が水を差しだしてくれた。それをちびちびと飲む。水が無くなってきたころ、アツアツの緑茶とぬるめのほうじ茶を持ってきてくれた。


「す、すんません、いろいろ…」

「気にすんなって!あたまン中、めっちゃ揺れたっしょ?私たちもさあ、これ系の話初めて聞いたとき、そうなったし」

「懐かしい。私と葵兄さんなんて本当に吐いちゃいましたよ」

「ちょっと、桜さん…」


 分からない事だらけだが、どうやら三人も昔に似た経験があるらしいということは分かった。

 橘平の頭の中はまるで生まれ変わったようで、脳内のプラグが次々と別の場所に差し変えられている感覚が絶えずある。ぷつ、と切れ、かち、っと繋がっていく。


「あ、話の続き!それで、悪神を消滅させたらどうなるんすか?」

「橘平君のようになるよ」

「俺のよう?」


 葵は桜のような真っ黒な瞳を橘平に向ける。桜の視線は心がしびれるようなものだったが、彼のそれは体にくる。頭から氷水をぶっかけられたような、やっぱり刀で切られたような、ひんやりした感覚がある。


「うん。頭の中で大地震が起こって、脳みそが生まれ変わって、これまでの考え方が一変して、『ない』が『ある』ことに気付く。あいまいだった存在がはっきりする」

「あ…俺、いままで何の疑問も持ったことなかったけど…」


 いままでの暮らしを振り返る。

 刺激はないけど楽しい生活、ゆったり流れる時間、穏やかな家庭、フラットな学校生活…。

 隔絶された生活。

 知ってしまったら、元には戻れない。

 覚悟を決めるも何も、橘平の言葉は決まっていた。


「俺も悪神倒しの仲間にいれてください!」


 頭を下げて頼み込む少年を、向日葵はにやにやと、葵は穏やかな無表情で、そして桜はなぜだか「頼もしい」気持ちで見ていた。


「ま、ここまで聞いちゃって?気づいちゃって?いまさら『さよなら~!』はないよね、二人とも?」

「それはそうだが」

「八神さん、頭を上げてください」


 橘平はゆっくりと頭をあげた。隣に座る桜と目が合った。真っ黒な瞳が、優しさを帯びている。


「一緒に行動するということは、またあの怪物と対峙しなければなりませんし、もしかしたらもっと恐ろしいモノ達に出会うかもしれません」

「分かってる」

「私たちが聞いていた以上に、『なゐ』は恐ろしいかもしれない。命の危険もあるでしょう」

「うん」

「それでもいいのですか」


 即答だった。


「ああ」



 向日葵は鼻歌を歌いながら、古民家の台所でヤカンの水がお湯になるのを待っていた。人気アーティストが歌うアップテンポな曲で、アニメの主題歌にもなっている曲だ。

 その隣で、葵がぶすっとした顔で立っている。


「なんで嬉しそうなんだ向日葵は。一般の少年を巻き込んだというのに」

「だってさあ、きーちゃん超良い子だもん!車ん中でしゃべったけど、良い子ダダ洩れなの!私の車カワイイって!」

「お世辞だろ。あんな悪趣味。いや良い子って。理由になってない。なんだそれは」

「アオもさ、さっき何も反論しなかったじゃん?」

「桜さんが決めたんだから何も言えない」


 向日葵は気味が悪いほどにゆっくりと、にやあ、と口角をあげ、目じりを下げた。


「なんだその顔は、バカにしてるのか」

「ほーんと、さっちゅんには逆らえないよねえ、葵ちゃん」

「そっちもだろ」

「まあねん。っていうかさあ、いっぱんぴーに見えるう~?きっぺーちゃん」

「はあ?俺にはその辺の少年にしか見えないよ」

「あんた、にぶにぶ。感性かっちかちだな。」


 ヤカンがぴーっと勢いよく音を出し始めた。向日葵はコンロのつまみを回して火を止め、同時ににやけ顔もひっこめた。


「一般人じゃないよ、八神橘平君。私たちみたいに『使える』。確実にね。きっと桜をしっかり守ってくれるよ、大丈夫」


 緑茶の次は何がいいかな~ココアかな~と、茶箪笥を漁る向日葵を後目に、葵は即座に、橘平の「使える」について考えていた。

 巨大な鬼だか怪物だとかいうものに出会って、無事に帰って来られたということは「使える」ことに関係があるのかもしれない。「使える」可能性はなくない。

 向日葵の直感を誰よりも信じる葵であった。

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