第6話:円筒の街 3
ホログラムウィンドウのマップを開き、コロニーの端へとピンを差す。これがこのコロニーにおける、北の方向。
私はこの地点を基準に、これからただ西を目指す。
感覚的には”まっすぐの道”だが、グルグルと回る螺旋の道筋。
——つまり、考えた作戦はこうである。
コロニーの回転方向。東へ向かって弾を撃てば、相対的には射程が縮む。これは私が撃った方向に、地面も標的も緩やかに上がっていくためである。
しかし、その逆に西に向かって銃弾を撃てば、相手もこちらに向かって回っているため、実質的には射程は伸びる。
そして私が全力で西に向かって移動し続ければ、西方向から会敵する確率は高くなる。必然的に射程が伸びて、有利な状況で戦える。
これが私の考えた、このリーグでの戦い方である。
もちろん、現実的にはただ上手くばかりはいかないだろう。相手はほぼランダムに様々な方向に存在しており、私が頑張って西に向かって移動したところで有利な場面を取れる場面も、確率的には数割程しか上がらない。
しかし、私自身が西という方向を意識すれば、自ずとその補正は簡単である。
もしも違った方向からの相手の銃撃を受けた場合では、すぐその東側へと位置取るか、北側へ一度回ってまた東へ。走り回って東西からの方向が変われば、相手の銃撃もコリオリ力によって大きくそれる。
一見どこも、この円筒の内側に張り付いたフラットなフィールドだが、その位置取りによって優位性が変わるのだ。
もちろん都度遮蔽に隠れて、厳密にいえば西北西へ。ネジのような螺旋の軌道で、時計回りに北へと向かう。なるべく音の方向は気にせずに、感じるものよりただ眼に見えるものを意識する。
***
――タタタタッ!
「よし……と」
何十秒か、数分か。とにかく少し進んだ先で、今回の初の撃破はようやく叶った。相手はアサルトライフルだったが、中距離の射程でこちらのSMGが撃ち勝った。
銃身とはほぼ水平に調整した、レーザー照準が目安となる。地上ならばただ落ちていくはずの銃弾が、吸い付くように相手へと届く。ただしこの宇宙で絶対的な視点を得れば、当りに来たのは相手のほうだ、と気づくだろう。
私たちの見た目には弾が上方へ浮いていったように見えていたが、それは回転する私たちからの視点である。これを真上へと向けるとそのまま後ろ方向へそれいき、東へ向かって射撃を行えば、下側へとそれていく。
相手側からの弾が上手く私まで届かないのは、これが原因。
相手は弾が強い放物線を描くことを想定し、しかも銃口の上下の角度でゼロイン距離が大きく変化することを気を付けて射撃しなければならなかった。
私の方からはただ地面と平行に、上に湾曲した地面に向かって撃つだけで、自然と弾は上へ向かって射程が伸びる。私の肩辺りの高さから、相手の足に向かうようなゼロ距離射撃を行えば、少なくとも相手の肩から足の間のどこかに当たることになる。
今回のような遭遇戦では、こうした直感的な射撃のしやすさが勝敗を分けた。
「さて、ストレージは……」
倒れた相手に近寄って、背のバックパックにアクセスする。それでも全く無傷という訳にはいかなかったので、せめて当てられた分のシールドは回収したい。
しかし、私が相手の背中に触れようとしたときだった。突如その向こうから、はっきりと銃撃の音が聞こえ私はその場に身を伏せる。
ダダダダという連続した発砲音が複数。こちらへ向けたものではなく、複数の人が撃ち合っている乱戦状態のようだった。私は辺りを確認しながらゆっくりと身体をあげると、姿勢を低くしたまま近づいてゆく。
どうやらこうしたコロニーでは弾丸のように、音も東から西へのものの方が届きやすく、その逆では届きにくいものとなる。しかし、直進していく弾丸と空気を伝う音とでは、そのメカニズムが違うらしい。
こうしたコロニーでの戦闘について調べているとき出てきた話だが、実際に体験するまで、どうにもイメージのしにくいものだった。
たとえば私の進行方向である、西からの銃声。
あの銃撃戦がたった今始まったものでないとしても、私は今まで気づかなかったように思う。そしてもしも、さらに西方向のここから1kmほどの距離、あの眼前に迫る廃墟群でも戦闘があったとして、その銃声も今この位置からは聞こえないだろう。
これは今現在、その場所で戦闘が起こっていないからではない。
なぜなら私はその逆に、東側での同じほどに離れた場所からは、現に銃声を聞くことが出来ているからである。どちらの場所も、直線上にはなにも隔てるものはなく、その斜め上からの風景が、どちらもこうして見えているのにもかかわらず。
一息吐いて落ち着いて、再び彼のストレージを開いて整理していると、武者震いのように指先が揺れる。ホログラム・ウィンドウを操作する指先が頼りなく、タッチ動作の反応が鈍い気がする。
震える手。リリースできないマガジン。不確かになったVR操作。そして当たらない拳銃の弾。
一瞬嫌な場面が脳裏をよぎり、心臓が激しく押しつぶされるような感覚が襲う。胸や肺が痛いのではなく、ただ心臓と血管がドクドクと震える感覚。
その場に手をつき息を整えると、やはり東の方からは遠い銃声が聞こえ、西の側からは遠くの音がぼんやりと聞こえていた。
私ののいる地点から床と私たちは東向きに進み、そしてその上空では相対的に西向きの風が吹くことになる。この私達を取り巻く空気と、上空の東風。しかもその風はコロニーの私たちからすると中心に向かっていくほど、見かけ上では強い風となっている。
したがって、そうした空気の層をまたぐ音の伝播は、西へ向かうものは追い風を受け速くなり、東へと向かうものは煽り風をうけ遅くなってしまうのだ。
結果として私の背後のあのせり立つコロニーの床からは、上空の追い風を受けた音が届き、逆に私の向かおうとする方向からは煽り風を受け、そちらからの音が上手く届かない。まるで後ろから追い立てられるかのように。まるで私の行く先を、何か見えない壁が阻むかのように。
立ち上がり、警戒しながらその方向へと進む。
今倒れている相手と私の戦闘音は、もちろん今向かう先の相手は聞いていただろう。あのビルのいくつかがそれを防いでくれたかもしれないが、また幾つかのビルの間には反射して、少なくともあの乱戦の何人かはこちらに気付いているはずだ。
ただ、あれからあの撃ち合いの音が、さほど乱れているという感じはしない。
どこかでタタタと音がすれば、他の方向からカッカッとレーザー独特の音が返される。どこか会話じみたその戦いの中に、私はどうしたら入り込むことが出来るだろう。
それはいまのところ、わからない。
わからないけれど、この勝負に乗るしかない……のだと思う。
先ほどから胸が早鐘のようになって、落ち付かない。銃を握る手が、どこかぼんやりとして、ムズムズする。でも少なくとも先ほどの彼を倒せたほどには、私は上手くやれているのだ。
もしもここで逃げてしまったら、私はこの宇宙で生きていけない。焦りにも似た熱のない不安が、じっと背筋を焦がしていた。
Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー― 黄呼静 @koyobishizuka
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