第6話:円筒の街 2
——カァァァアアアン!
そしてその奇妙な音の光線がもう一度その路地裏を貫くと、しばらくしても三度目の射撃は来なかった。
私は恐る恐る、窓からその方向を覗いてみるが、もはやあの攻撃がどこから来たものかもわからない。おそらくこのコロニーのどこかからの高出力レーザーによる超遠距離からの狙撃だが、この環境が相手には様々に有利なように働いていた。
通常、地球のような惑星からでは、どんなに遠く見渡しても地平線までは3~4km。たとえ直進するレーザー兵器でも、地上からではそれ以上には狙えない。
しかし、この円筒形のコロニーでは、理論上ではある一点からこのコロニー内のどの地点でも見渡せる。そして人口環境であるこの場では高度による気流の層はあるものの空気圧そのもはほぼ一定、雲や霧はなく、その空気中からも埃や塵が取り除かれている。
だからコロニー内では真空よりは減衰率は高いものの、数km~十数kmの超長距離での狙撃も可能なのだろう。しかもそのような距離では他の武器からの反撃は受けず、一方的にに撃つことが出来る……。
「マズいかも。いったい、どうしたら……」
恐ろしい相手だ、そして少々理不尽ではないか、とも感じる。相対的にはレーザー兵器がこうした場に強いことは考えていてが、まさかこんな芸当ができるなんて。
マップのエリアを確認すると、ロボットの進行までは、いましばらくの猶予はあった。
私は窓から離れるともう一度この建物に設置した罠を確認し、一階から他のプレイヤーが来ていないかをのぞいてみる。
こうしてすこし落ち着いて周囲を観察してみると、地形が円筒だという以上に、このコロニー内は様々なことが違っている。あの通り、絶対的な速さ(あるいは、この宇宙ではそこまででもないにしろ)を持つ光はどこまでも直進するが、その他のものではそうではない。なにしろここでこうしているだけで、私はおおよそ時速600kmで、このコロニーの中を回っている。
この床が内側に沿っているために、私たちは急激なカーブを曲がり続けてその外側に押し付けられるが、銃弾や音の様な空中を進む存在はそうではない。
銃弾はあの通り私の見かけでは曲がっていくし、音は気流や相対的な位置関係で届く速度や聞こえ方が変化する。
だからこうして周りの音を聞くだけでは、一見その音がどこから来ているか分からない。先ほどから時折聞こえる他の地点での銃声が、見えているどの範囲から来たものかも定かではない。。
前回の環境では少し遅かったが、この1気圧環境での音速は時速約1200kmほど、そして先ほどから確認している通り、私たちの速さは時速約600km。およそ音速の1/2で常に円運動をしているのだから、その距離も音程も、まったくでたらめに感じて当然である。
先ほどのスナイパーの、長距離レーザー。光線の強力な熱エネルギーによる急激な膨張・収縮によって、空気中におよそ数kmもの直線状の音波源が出来ている。しかし私はその空中の直線に対し弧を描いて運動していて、その音は唸るように歪んでいた。
結果としてそのレーザーが、どこから撃たれたのか判断がつかない。
しかし、だとしたらあの長距離スナイパーは、逆にどうして私たちを見つけられたのだろう。しかも私がちょうどあの相手のシールドを削ったタイミングを見計らい、相手プレイヤーを狙撃していた。
「このままイチかバチか飛び出して、攻撃を誘ったほうが良い……とか?」
誰に問う訳でもないのだが、思わずそんなことを口に出す。ほんとうに何かの悪夢かのように、あの攻撃にどう対処していいのかわからなかった。
しばらくその建物の窓の奥から外を覗き、あの攻撃が他の誰かに向いていないか祈るように観察する。閉鎖されたこの巨大な筒の中、様々な音が木霊して、そのどれが先ほどのレーザーなのかは判別できない。この環境では方向と距離が一致しないと、同じ音源でも同じ音には聞こえない。
結局あの私を挑発してきた人物は、先ほどのレーザーにやられたのだろうか。しかし、その事を考えてしばらくして、私はこの場を片付け始めた。
「……いや、警戒しすぎだったかも」
すくなくとも本気で息をひそめて動揺し、この建物にこもっていたことについては言い訳できない。
先ほどの相手を襲った射撃は二発。それも私がシールドを剥いで、無防備になった標的の、である。
このゲームのレーザーは先ほどの通りシールドには対処されやすいが、代わりに生体へのダメージは大きく設定されている。したがって対人戦や機械相手ではあまり重宝されないが、危険生物のいる惑星では、護身用には人気である。もちろん宇宙空間における対艦用の様な、大規模のものは別ではあるが。
したがってあの相手に二発も要したあのレーザーは、エネルギー自体は非常に強力なものだったが、ダメージ効率は恐ろしく悪い。それこそシールドを回復した今の私が受け続けても、7~8発は必要ではないだろうか。
前回での森を焼いて荒野で狙撃を行ったスナイパーに比べれば、こうして人工的な遮蔽をいつでも利用できるこの環境で、それはほとんど脅威とはならないだろう。ただし彼のやりかたと考え自体、なかなかのものだとは尊敬するが。
おそらく彼は、私たちの銃撃戦のレーザーやマズルフラッシュを、特殊なセンサーを持ち込んで検出している。特定の光の周波数に絞って検知すれば、この明るいコロニーの中でも、どこで銃撃が行われているかはわかるはずだ。
音や弾丸の方向は変わってしまうが、光で観察し、そこへ光線を撃つのなら、まったくこのコロニーでも問題はない。周囲へ溶け込み、干渉せず、コロニーの向こう側を覗いているだけならば、他プレイヤーからは見つかるリスクは低いだろう。
そしてそのなかから狙いやすい相手をマークすると、しっかりと銃座に据えられた超望遠のスコープで覗き、相手のシールドが削られるのを待つだけである。
かなり特殊な機器を持ち込んで、とどめを刺すという一点に絞った戦法。あらかじめ周知されていたように、この大会での成績評価は、バトルロイヤルでの順位そのものより相手プレイヤーにとどめを刺し、キルを取ることが重視されている。
おそらく彼は、長期的に生き残るという選択肢は捨てている。そのかわりたくさんのセンサーや銃座等の装備を持ち込んで、とどめを刺すことだけに賭けている。おそらく主催する鷹の旅団としても、こうした作戦力のある人物はそれなりの評価するのではないだろうか。
私はもう一度、辺りにプレイヤーがいないことを二階の窓から確認すると、通りへ出てあの挑発してきた人物が、ほんとうにやられてしまったかを確認しにいく。
はたしてその路地の奥を見てみると、綺麗に焼けた彼のアバターが倒れていた。肩口からの一発、そして背中への一発でスーツの表面は焼けただれ、おそらくその内部までもがあのレーザーの熱にやられているのだろう。
ストレージへとアクセスすると、少しのシールドセルや応急パック、そしてレーザーライフルの替えの銃身とそのエネルギー弾薬が詰まっていた。もしも扱いやすいものなら、シールドを削った相手が逃げ出した時のとどめ様に、彼のレーザー武器を使おうとも考えたが、今の私には無理だろう。
二つもの装備の運用のためストレージを圧迫するなら、このままこのSMGをどのように使うかを考えたほうが、おそらく効率がいいはずだ。
もはやあのレーザースナイパーには構わない。せいぜいシールド容量と遮蔽の屋根を気にかけ、狙われにくくするだけだ。もしも私の近くで偶然彼を発見したら、罠や他プレイヤーなどを警戒して近づいて、ありがたく倒させてもらうだろうけど。
おそらくかなり大がかりな装置だろう、したがって対応力はあまりないはずで、接近戦を挑めば簡単に倒せてしまうはず。キル数やそのポイントを狙う彼と、普通にバトルロイヤルを戦う私とでは、決定的にゲームのルールが違う。
ミズキにもらったSMGをギュッと握り、じっと進む方向を考える。もう怯えてはいられない、私は既に時間を無駄にしすぎている。私は、私の戦いをしなければ。
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