第6話:円筒の街 1
——二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。——
「マタイによる福音書(口語訳)」第25章 22-23節
おそらく2010年代のものだったと思う。サブスクで見た古い映画のワンシーン。人の夢の中に入り込んで、そのなかの巨大な街がめくれ上がっていくという、とある印象的な一場面。
あまり内容そのものはよくわからなくて、後で調べた評論では、人が現実ではないと考えて見る夢や空想というものが、この世界における”二番目の仮想世界”なのだそうだ。
結局その評論を読んでみても、どういう意味の映画なのかはわからなかった。
この銀河第一帝国時代の破棄された人口重力コロニーは、彼らの母星における1Gそして1気圧に今現在も保たれており、偶然にもそれは私達がいる地球の環境とよく似ている。件の映画の場面のように上方向に沿った地面が、私がただここに居るだけで感じられる、最も大きな環境の違いだった。
縦方向には全長36kmの円筒型。直径はおよそ6kmで、約2分ほどでそのシリンダーが回転する。
したがって、その内側にいる私たちには、円筒の内側におし付けられるような遠心力が働いて、疑似的な重力として感じられる。歩いたり走ったりということではほぼ違和感をかんじないものの、車両の運転や激しい球技のようなものでは、その強いコリオリの力・転向力というものが影響する。
現在、私はそのコロニー内にいくつか設置されていた短距離転送装置に飛ばされて、この新たな戦場へと挑んでいた。
――カチン。
レバーを引くと、やや硬いと感じるような振動が伝わり、そのストロークは以前のアサルトライフルのものより短い。
ミズキや視聴者のみんなからもらったサブマシンガンからは、マスターワーク級レアリティの名に恥じない、どこかしっとりとした手触りを感じた。
10mm標準拳銃弾使用、ローラー遅延式ブローバック。レバーに力を掛けると一瞬クッと引っかかりを覚えるものの、その後は非常に滑らかに動作する。試射の感触では反動は小さいもののやや鈍く、ドドドドドという胸に響く感触が心地よい。
全体に遊びがないような動作感で、重心がグリップのわずか前方によっており、ほんとうに構えていてずっしりと身体に馴染む感覚をおぼえる。マウントされたホロサイト、その横のレーザー照準器は少しゴテッとした野暮ったさを感じるが、的確に使えば強い味方となるはずである。
前回のリーグでは、初速のはやく射程の長いアサルトライフルを使ったが、今回はこの取り回しの良いSMGで積極的な近接戦を仕掛けていく。幸いにもこのコロニーにはいくつかの区間の住宅街があり、そこをめぐっていけば、有利な場で戦えるはずである。
≪——それでは本リーグのルールを説明します。範囲はこの全長三36kmを誇るコロニーの住宅区、円筒区画の約20Km。私たちはこの円筒範囲に”南側”から重武装の無差別攻撃を行うロボットを送り込み、徐々に北側へとすすませます。したがって以前の様なラウンドによる段階的なバトルフィールドの縮小などは行わず、このコロニーがすべてを彼らに占領されるまでに他のプレイヤーをすべて倒し、生き残った者が勝者となります。ロボットの進行範囲は、マップに反映されますので都度ご確認ください≫
どうやらこのゲームのこうした円筒型コロニーにおいては、疑似重力を得るための回転の進む方が東となるらしい。そこから円筒の縦方向が東から逆算して南北にふられ、回転に対し逆進する方向が西である。
どうやら自分は地図上では相対的には南側だが、ロボットたちの進行範囲からはまだ一応の余裕はあるらしかった。
≪では皆さま、ゲーム開始のお時間です。どうかご武運を≫
告げられると、私はまずここから見えている住宅街へと走って向かう。その中でいったん籠城しながら、周囲の戦いの様子を窺おうと考えていた。
しかし、そのとのとき。
――カチッ!
鋭い雷光の様な光がどこからか飛んできて、ジジッとシールドの一部が消えた。私はすこし姿勢を低くしてむしろ行動を速め、目の前の建物へと全力で走る、その間もそのレーザーは撃たれていたが、アレについてはまずは遮蔽に入らなければ防げない。
目の前の廃屋に窓から入り、いったん他のことに目を向ける。シールドの減り具合。ほかのプレイヤー存在する可能性。そして、この建物の構造や窓、ドアの数等。
幸いにも、というか事前の準備が功を奏し、シールドの減り具合は比較的小さいものだった。万が一敵が侵入した場合に備え、いくつかの罠を張っておく。
「レーザー銃……相手は、私を追っているけど、位置はまだ不明」
とはいえ、相手はこちらには入ってこないはずである。彼にとってはその長距離からコリオリ力を無視して当てられるレーザー銃が頼りであり、そして私にとっても今はその相手の戦略がありがたかった。
このコロニーのコリオリ力によって射撃が不安定になることは、多くの人がまず一番に考える懸念だろう。しかし、そうした物理的な影響を受けにくい、見えれば当たる光線銃にも、別の難点が存在する。
それは、相手がエネルギー防御の高いシールドを使ってる場合、ダメージが出にくい事である。物理的に何かを飛ばすわけではないので、装填する弾を変えて、相手の防御に対応するという手段もない。ただそのためのシールド種を選択するというだけで、簡単に対処できてしまうのだ。
私はある程度のシールド容量を気にしながら、この家の窓から顔を出し、相手の位置を探っていく。すると相手は、意外にも素直にそのレーザーを撃ってきた。
カチッ! カチッ!
発射機構そのものは無音だが、大気中ではその軌道に沿って空気がプラズマ化され、放電現象のような光と強い音を出す。狙って引き金を引けば必ず当たるというその性質は強力で、顔を出せばどうしても攻撃を受けることは避けられなかった。
相手はいまだこの廃屋の向かいの建物の影に距離を取って潜んでおり、こちらはどのように当てたらいいのかわからない。あるいは他参加者が来て状況が複雑になれば向こうもだいぶ不利になるが、私もリスクは高くなるだろう。
どうしたものかと思案したのち、私はレーザーサイトのスイッチを押すと、射撃モードをフルオートに変え、わざと相手にわかるようにそのレーザーを向けて射撃を行う。
ダダダッ!
案の定、こりらのレーザーの先の相手とは、全くズレた方向へその弾は飛ぶ。相手が撃ち返すとまた窓の奥へと身をひそめ、しばらくは出方を待つことにした。
「なんだ、出で来いよノーコン野郎!」
しばらくその場にじっとしていると、痺れを切らしたのか、相手がその建物の影から現れ、距離/全体でのボイスチャットを開き挑発してきた。長期戦になった場合の第三者の干渉を防ぎたいのだろう。向こうも焦っているようだった。
私はしゃがんで壁に身を隠すと、窓の反対側に移動してゆっくりとカーテンの陰から相手の位置を確認。息をしっかり吐いたあと身を乗り出すと、先ほどの射撃のズレから逆算し、相手にマガジンの半分ほどを撃ちまくった。
「なっ……くそっ!」
肩へと伝わる、タタタタタタタタッという射撃音。ビビビビビッっという独特のヒット音が連続し、相手のシールドを削りきった。しかし、その後も逃げる相手を何とか狙ってみるものの、位置関係が変わるとどうにも射撃が安定しない。
このままでは相手を逃がしてしまう――と私が思ったときであった。
――カァァァアアアン!
突如この空間を囲む円筒の街のどこかから、強力な赤い光線が、彼が身をひそめた路地裏を貫いた。
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