第5話:ミズキの部屋 4

「ねえ。ほら見てみてよ、カエデのスマホ」


 私はミズキの部屋のすみの方へ置かれていた手荷物を取り、その中からスマホを取りだす。するとピコンと電子音が鳴り、ウォレット・アプリからショートメッセージのお知らせが届く。


≪ミズキさまより、NFTの譲渡が申請されました≫


「えっ……これ?」


 メッセージを読むとダイアログが浮かび、私はそのNFTについての詳細を確認する。するとまずこのNFTがT.S.O.のアイテムである事をしめす、銀河連邦共和国のエンブレムが浮かび、スマホの画面の半分ほどのカードの様なデザインで、そのアイテムのアイコンや説明が浮かび上がる。


≪SMG [FH-1132] Quality - MASTER WORK≫


 FH-1132、マスターワーク級サブマシンガン。


 NFT化されゲームの外でも取引可能にパッケージされた、T.S.O.のレアアイテム。詳細を見ると基本ダメージ量、装弾数、射撃レートなどのスペックが表示され、いくつかのアクセサリーも付属している。


「えっ。ミズキ、どうしたのコレ……?」


「えへへ、じつは……」


 :サプライズ成功


 :カエデさんもびっくり


 ミズキの視線の先。配信画面のチャットには、ミズキのファンの人たちや、私の動画をよく見てくださっている視聴者から、いくつものコメントが書かれていた。


「じつは、ちょっと前からいろいろ相談してたんだよね。私のところのリスナーでT.S.O.に詳しい人とか、カエデのファンの人とかに……」


「えっ? えっ……いつから? どうして……??」


「それはだって、教えちゃったら面白くなくなっちゃうじゃん?」


 :ミズキさん真剣に選んでましたよ


 :私たちが監修しましたキリッ


 :二回戦はコロニー内のステージらしい、取り回しのいいSMGは使いやすいと思われ


「で、私が呼びかけて、カエデのために何かゲームで使えるプレゼントをしたかったんだけど……みんな、カエデのために自分たちもいくらか出しますって」


 :カエデさんの頑張ってるの見てたから


 :私たちがスポンサーですキリッ


 たしかにそれを問いただしたのは私だけと、しばしの間、ミズキや皆のコメントする言葉がわからなかった。


 彼女たちはたぶんもう何日か前からこれを計画していて、そして次の大会のステージが発表されてすぐ、このアイテムを買ったのだろう。第二大会は、人工物に囲まれた宇宙コロニーの内部で、このサブマシンガンが役に立つと考えて。


「でも、そんな……いえ、とてもこんな……使えません」


 私の言葉になぜかミズキがぎょっとして、チャット欄もすこし速度が遅くなる。


「あの……わたし、実は今回のリーグ……ごめんなさい、配信はとらないようにしようと思ってて」


「えっと……それは、どうして?」


「やっぱり……前回思ったんですけど。やっぱり私どうにもシングルタスクっていうか、あんまりいろんなことできなくて……それで、配信の形で皆さんを楽しませるように……は出来ないですし、たぶん配信のことを気にしちゃうと、他の事がダメになっちゃうような……」


 前回の配信を見直してわかったが、私はとてもゲーム実況をリアルタイムで配信できるほど、器用な人間ではない。


 配信の最中、何も言わず黙ってしまう場面が何度もあったし、ゲームのことに集中するとカメラのことを忘れてしまう。しかも90分ほどもある配信の前半、ほとんど積極的にゲームに参加せずあのスナイパーのあとを追跡していただけだった。


 それに……それに、もしかすると。しっかりとした配信環境を整えずに、あの日急遽配信を始めてしまったことによって、あのVRの応答異常が起こってしまったのではないだろうか。


 あのアンドロイドのアバターの人に撃ち抜かれた時のような、VRのあの世界でほんとうに鉛球に撃たれたかのような、重苦しい感覚。


 私はあの感覚がどうしても耐えられなくて、もしかするとすでに、こうして私を応援してくれる人たちのことを。こんなふうに私におめでとうと言ってくれている人たちのことを、しんどいと感じているのではないだろうか。


「うん……うん。そうなんだね」


「だから私、こんなに皆さんにもらっても……その姿を皆さんに見せることが出来ないですし。それに知っている人もいるかもしれませんが、T.S.O.のこの大会では、参加者同士の装備の奪い合いが許可されているんです……私、こんな高価な装備貰っても……きっとすぐに、負けて……」


 またミズキに、失望されてしまうだろうな。


 ミズキの配信を自分の言い訳ばかりで、こんな空気にしてしまって。


 でもだからって、無責任にこれを頂いてしまう訳にはいかないし、こんな自分のままで、それを奪われるかもしれないリーグにもっていくことなんてできない。以前に調べただけでもT.S.O.のレアアイテムは本当に高いものもいくらかあって、とてもこんなものを持って、あの何があるのか分からない大会には参加できない。


 彼女にもう失望されてしまうのは仕方がないのかもしれないけど、それでもだれかに迷惑にだけはなりたくない。こんな高価なプレゼントを頂いて、無駄にしてしまう訳にはいかないのだ。


「ねえカエデ、こっち来て?」


「えっ?」


「ほら、こっち。こっちだって」


 ミズキは私の肩を抱いて、二人きりの時のようにそっと頭を抱きしめる。


「違うよカエデ。違うんだよ?」


「なに……違うって?」


「ほら、ちゃんと見てあげて。皆のこと」


 少し見られるのは恥ずかしい体制のまま、その机の上の画面に目を通す。


 :大丈夫ですよ、カエデさんの思う通りに使ってください


 :自分たちの事は気にしないで、今はリーグに集中して


 :見られなくても、応援してます。頑張って


 そこには温かいみんなのチャットが寄せられていて、みんな私の言ったことは認めてくれているようだった。私の自分勝手なだけの主張に、その場で怒っている人などいなかった。


「ね? カエデは頑張り屋さん。とってもいい子だよ? でも今はそんなカエデを応援したいって人がいてくれて、カエデが向き合わなきゃいけないのは、もっと別のことだよ」


「べつの……こと?」


「そう。それはカエデのやりたいように、やってみること。その結果がどうだって、失敗しない事なんて求めてないよ? カエデが何かしちゃいけないだなんて、この場の誰もそんなこと思ってないよ?」


「うん……」


「だから、今はカエデのやりたいようにやってみて。大切なのは、結果じゃない。それはカエデが、ちゃんとカエデらしいってこと」


 ミズキは私の顔を覗いて、優しく笑う。


「私のカエデが、皆の応援する女の子が、こんなにも素敵な人だって皆に見せつけてやってきてよ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る