第5話:ミズキの部屋 3
「それじゃあ、最後の質問いいかな? ズバリ聞くけど。カエデさんはいままで、そのオーディションのためにどんなことをしてきましたか?」
「えっ……?」
少しブラウンで、大きな瞳。クルンと上向きにとカールした、ながい睫毛。薄く眼元にチークがのって、どことなく憂いのような色味があるのに、全体としては子供の様な無邪気な表情。
ミズキはすぐ隣にいる私の顔を少しだけ首をかしげて覗き込むと、打ち合わせにはなかった質問を尋ねてきた。
「えっと……それは」
「それは?」
「それは。えっと、まず……ゲーム動画による、PR活動ですね。ゲーム内で使用できるVRカメラによって、プレイ動画を撮影し……SNS上でのT.S.O.の紹介等をしています。それらは先ほど言った、T.S.O.そのもののPR活動でもあるのですが、今回の公開オーディションのための、私自身のポートレートにもなっています……えっと。もしも私が鷹の旅団さんへ入れたら、こうしたイメージの活動が行えます……というような……」
一瞬、頭の中が真っ白になってしまったが、なんとか言葉を整理して質問の答えを紡ぎ出していく。
私が今活動してるのは、鷹の旅団のギルドオーディションで、そのためにはなにかアピールするための実績がいる。そして鷹の旅団自体もこのオーディションをゲームのPRのために行っているのだから、私もそれに倣ったものがいいだろう、と考えたのだ。
「あー、そうだよね……うん。それから?」
「それから……?」
:頑張ってるなぁ
:しっかりしてる
:そうそう、ほかには?
あまりにもあっさりとした受け答えに、またしても思考がフリーズする。
こういうものって、ひとつひとつ何かしらのコメントがあって進行していくものではないのだろうか。私はまだ、次の答えなど用意できていない。
「ほらほら。このまえ、一番新しい活躍とかは?」
「ええっと……なんだっけ。このまえ、私……」
何だっただろうか。一番最後に私が行っていた、何かの活動。
最近の動画をアップロードしたのは何日か前で、このコラボだってそれ以前から話し合っていた。その付近で、ミズキが私に聞きたい何らかのこと。
私はほんとうにふいのことに戸惑っていて、何も考えることが出来ないでいる。
「ねえ、ほら。ついこの間……カエデやってたじゃん?」
「なん……だっけ?」
:すごい活躍でしたよ
:いやーなんだろうな(すっとぼけ)
「もー、どうしたの? 凄い頑張ってたじゃん。ほら、T.S.O.の大会!」
彼女の聞いている、T.S.O.の大会。
黄色の大地と、紫の森。そしてあの飛び交う銃弾と……動かない身体。
何故あのとき、あんなにもVR機器での操作が、上手くいかなかったのだろう。あとで時間をおいて確かめてみたが、べつにVR機器はおかしくなどなっていなかった。
最後の戦いで相手を頻繁に見失っていたことを考えると、もしかしたらレンダリングなどの処理を行うPCの側の問題なのかもしれない。処理落ちのようなものが発生していて、私が見えているVR上の空間と、コリジョン判定やそうした物理計算を行う3D空間上での、同期がとれていなかったのではないか。
ただその場合、処理に一番負荷がかかっていたであろうあの森がや焼き払われている場面や、その後の灰や崩れた炭のようなパーティクルが大量に描画されていた場面でもそうしたことはなかったはずだ。
もしもこの原因不明の事態が、次の大会でも現れたら私はどうしたらいいのだろう。またあんな風に敵の目の前、そして配信の向こうの人々が見ている前で、あんな失態を演じなければならないのか……。
「——ねえ、カエデ……? カエデって!」
「えっ、あの……?」
「ねえカエデ。改めてリーグ五位おめでとう。本当によく頑張ったね!」
:おめでとう
:すごい、おめでとう
:カエデさん、おめでとうございます
:いや、五位はすごい
:配信見てました。非常に良く立ち回っていて凄かった。GG
「ね、みんな言ったでしょ? カエデはすごいんだって。頑張り屋だし、真面目だし、対人は初めてだっていうのにリーグ五位だし」
チャットにいくつものコメントがよせられ、視聴者のおめでとうの言葉で埋め尽くされる。
配信アプリの機能で視聴者が送ってくださった画面を飾る様々なエフェクト、ハートが浮かんだり、パーティのリボンや紙吹雪のようなものが、いつの間にか画面を賑やかに彩っていた。
「いや……私そんな」
しかし、私が思うように反応できないでいると、しばらくしてそのチャットも止み、配信へも気まずい沈黙が流れる。
あの大会で、自分の配信がきちんと出来ているのかわからないまま何分もポッドに閉じ込められていたときの思いが急に思い出され、心臓がキュッと締め付けられた。せめてなにか話をしなければ、私にお祝いを言ってきてくれているこの人たちに、なにか弁明をしなくてはいけないのだという思いがこみ上げてくる。
「私……だって、私全然ダメだったし。それにそこまで生き残ったのだって、私ずっと隠れてたからで……それに、そう。五位って言っても、ほんとうにその100人のリーグの中の順位で。それに最後だって、全然操作が滅茶苦茶で、弾が当たらなくて……」
「もう、そんなの気にしすぎだって。VRが調子悪かったんでしょ? そんなの、しょうがないよ」
:配信見てました。対人初めてであれは凄いです
:粘ってスナイパー倒したとこマジ神だった
皆の応援に、喜んで見せるべきなのだろう。でもどこか心の中は空虚なかんじがして、この称賛は私が受けるべきものではないような、そんな思いが拭えない。
:みんなあんなもんですよ。その前のライフルの射撃はお見事でした
:VRの不調は原因はわかりませんが、最後のハンドガンの射撃は事前の調整不足だったかもしれません。弾速が遅く比較的山なりに弾が進むハンドガンは、低G環境では上に飛んで行きすぎてしまいます。銃そのもののアイアンサイトより、リフレックスサイトなどをつかって、しっかり調整したほうがよかったかもしれません
「あっ……えっと『ハンドガン……調整不足…………上に飛びすぎて……』ああ、そういうことだったんですね。ありがとうございます」
様々なコメントが流れる中に、長文のチャットが流れ目にとまった。
私の調整不足か……と思うと、それでも答えが得られた気がして、少し気が楽になる。少なくとも今回以降、ああした場でも最低限の応戦は出来るのかも知らない。
:射撃の構え方はよかったですよ。まあ、なんにせよ咄嗟の事でしたし、ハンドガンでは結局あの相手には難しかったでしょう
「もっ、もーっ! 今日はそいう反省は無し! カエデ、ね?」
「うん。あ……ありがとうございます。その、ほんとに皆さんチャットで「おめでとう」って言ってくださって……ほんとうに、驚いてしまって……」
「ね、みんなすごいって言ってるでしょ。カエデはもっと自信持っていいんだよ。」
:もっと自信もっていいよ
:実際かなり凄いです。リアル系のシューターでは、相手に弾を当てるだけでも苦労する人はいますから
:カエデちゃん天才! 神!
「それでね……そんなカエデに、なんと今回プレゼントがあります! ねえ、スマホ見てみて?」
「えっ……プレゼント?」
そう言いながらミズキも彼女のスマートフォンを手に取って、なにかの操作をしはじめる。
思わず彼女の操作するその画面をのぞこうとすると、サッとその画面を隠しイタズラっぽく笑った。
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