エピローグ



 バカ王子はキンサイが連れて帰った。

 で、その日の夜。

 

 私はアンチと一緒に寝ていた。


「かぁたま……」


 ゆさゆさ、とアンチが私を起こす。

 ……銀髪の、ほんとうにかわいい子。


「おう、どうした?」

「おちっこ!」

「ん、OK。いこうか」

「はいっ」


 私はアンチの手を引いて、夜の城を歩く。


「偉いぞアンチ」

「?」


「おねしょする前に、報告できた。偉い」

「! えりゃい!」


 ここへ来た当初、アンチはおしっこがしたくても、誰にも声をかけられなかった。

 でも今は……違う。変わったんだ、この子は。


「…………うー。おねむ……」

「そうか。うん、偉いぞ。よく言った」


 私はアンチを抱っこして歩く。

 きゅっ、とアンチが甘えるように抱きしめてきた。


「かぁたま……あったかい……やさしい……好き……です……」

「…………」


 寝息を立てだした息子を、起こさぬように、私は心の中言う。

 アンチ……さっきのあれは、私の台詞だよ。


 おまえはあったかいし、優しくて……私はそんなおまえが好きだ。

 ここへ来た当初、私はこの子を同情から、どうにかしてやらなきゃって思った。


 でも……今は違うぞ。

 私はおまえが、愛おしいくてたまらない。だから……夜起こされても、私はおまえのために一緒にトイレへ行く。


 同情ではなく、はは……これって……愛情ってやつなんだろうか。


 そのときだった。

 ブンッ! ブンッ……!


「ん? なんだ……庭の方で……誰か……?」


 風を切る音がしたので、気になって、庭へと向かう。

 よく晴れた夜空の下で、アスベルが剣を振るっていた。


 流麗な剣舞に、私は思わず見とれてしまう。

 芸術点が高いだけじゃない、その一振りには確かに力が込められていた。


 しばらく見とれてると……。


「セイコ?」


 アスベルが私に気づいたようだ。

 さぁ……と青い顔をしながら、こちらに駆けてくる。


「ご、ごめんなさいセイコ! おこして……ふぎゃっ!」


 私はアスベルの頭を強めにチョップする。

 アスベルはすぐに、アンチが隣で寝ていることに気づいたようだ。


 こくこく、とうなずく。

 ややあって。


 私たちは庭の橋にある、ベンチに腰を下ろしてた。

 アンチは私の膝の上で眠っている。


「おまえ、何してたんだ?」


 気になったことを聞いてみる。さっきこいつは、剣を振るっていた。

 アスベルが気まずそうに目をそらし、頭をかく。


「なんだ? 言えよ」

「……自主練です」


「自主練?」

「はい……その……セイコのために」


 私のため……?

 彼の答えが聞きたくて、私は彼の目をじっと見つめる。


 アスベルは何度か口ごもった後、まっすぐに私の目を見てきた。


「セイコ、改めて……この国に来てくれて、ありがとうございます」


 突然のお礼。

 だが私は茶化さない。最後まで、彼の言葉を聞こうと思った。


「あなたが来てくださったおかげで、我が国は、いい方向へと向かっています。すべてが、うまくいっている。これはすべて、あなたが来てくれて、おかげです。本当にありがとうございます」


 ……全部。

 そんな大げさな。と私は思った。


「でも……俺は今のままじゃ、だめだって思いました。今はセイコにおんぶに抱っこ。あなたに……すごい負担をかけてしまっています」


 ……負担では、ない。

 全然ないよ、アスベル。


「だから! 俺は、もっともっと強くなりたい。あなたのために。……俺はバカだから、政治はできない。事務処理もぜんぜんだ。何かすごい発明もできないし、伝説の神獣でもない。俺にできるのは……この剣を、貴方からもらった加護とともに、振るうこと」


 アスベルがまっすぐに私を見る。


「俺はこの剣をあなたと、あなたが変えてくれたこの国の未来のために、振るいたい」


 ……だから、訓練をしてたのか。

 私と、この国のために。


 ……胸の奥に、暖かな感情が流れてくる。

 二度目だ。


 一度目は、クロヨンの村で。

 二度目は……今、ここで。


 私は確かに、この男に、確かな愛を感じてる。


「アスベル」


 私は彼に顔を近づける。

 彼は、私を拒むことは決してない。


 私はたちは目をつむり、キスをする。

 目を開けると、アスベルは顔を真っ赤にしていた。


「うぶだねえ」

「うう……」

「ま、嫌いじゃないよ。おまえのそういうとこ」

「セイコっ!」


 アスベルが私の肩を抱いて、寄せてきた。

 私たちはぴったりと寄り添う。


「セイコ、す……」

「アスベル」


 私はアスベルの唇に、指を乗せる。

 目を丸くする彼に、私は笑って言う。


「こないだは、おまえに言わせちまったからな。今度は私が言うよ」


 私は指を離して、言う。


「アスベル。好きだ。愛してる」


 ……この世界に来る前、私は、孤独だった。

 仕事から家に帰って、ひとりぼっち。周りはどんどん幸せになっている中、一人取り残されている自分に、強い孤独を感じていた。


 でも……異世界に来て、追放された先の隣国で、私は出会った。

 私のことを、無条件で愛してくれる、愛おしい存在と。


 膝の上で眠る、息子。

 隣で寄り添う、旦那。


 ……誰が、私を、どんな意図があってここへ送り込んだのかはわからない。

 そんなやつがいるのか、わからない。でも……。


 でも、もしもここへ送ってくれたやつが、いるんだったら、そいつに感謝してやってもいい。

 そいつの名前が神なのだとしたら、ま、神に感謝の言葉を言ってやってもいい。

 もちろん、向こうからこちらに会いに来たら、の話だけどな。


「セイコ! 俺も……好きだぁあ! 愛してる!!」


 月下で、アスベルが吠える。

 バカな男だよ、まったく。


「かぁたま……!」

「アンチ!」


 やべ、起こしちまったか……。


「ぼくも! すきだぁ……! 愛してりゅう……!」


 父をまねて、息子が叫ぶ。

 そんな姿が愛おしくて、私は旦那と息子を、抱き寄せる。


「おう! 私も……おまえら大好き!」

「「えへー!」」


 満月が私たち家族を照らしてる。

 家族……そう、家族だ。


 両隣にいるのは、世界一大事な、私の家族。

 これからも私は、家族のために……頑張ろう。


 ……その日私たち家族は川の字になって寝た。

 今まで生きてきて、一番……幸せを感じていた。


 そんな、温かい夜だった。

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おばさん聖女、隣国で継母となる〜偽の聖女と追放された、私の方が本物だと今更気づいて土下座されても遅い。可愛い義理の息子と、イケメン皇帝から溺愛されてるので〜 茨木野 @ibarakinokino

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