第29話 バカ王子が土下座してくるけどもう遅い

29.


 奈落の森アビス・ウッドでの遠征を終えて、数日後。

 すべての準備を終えた私は、帝城にて、悠々と【やつ】が来るのを待つ。


「きゃはは! アトーフェ、たかいたか~い!」


 部屋の隅には、フェンリルのアトーフェがいる。

 そしてアトーフェの頭の上には、我らが皇子、アンチが乗っていた。


「アトーフェおっきくって、もっふもふで、かっけー!」

『ふっ……そうだろう? なんだ皇子よ、よくわかってるではないか! 面白い子どもだ……気に入った……!』


 奈落の森アビス・ウッドから帰ろうとすると、このフェンリルもついてくると主張したのだ。

 アンチがびびってしまうかと思ったんだが、この通りである。


『伝説の神獣の背に乗れるのだ、皇子よ。感謝するのだな』

「うん! ありあとぉー! アトーフェ!」

『ふっ……恐れ知らずな皇子だ。将来は大物になるだろうな』


 それに関しては、私も同意見だ。

 ……親馬鹿かな、ちょっとな。


「セイコ。どうして、アトーフェも同席させるのです?」


 アスベルが私に尋ねてきた。


「ま、こいつがいた話が早いだろうと思ってな」


 コンコン……。

 さて、客人だ。


「アンチ」

「あいっ! お客さんでしょ? おとなしくしてまぁす!」

「グッド。あとでよしよししてやるぞ」

「きゃー♡」


 さて……。

 ま、気楽にいこうか。王手はかけてるわけだし。


 ちら、とアスベルが私を見て、部屋の椅子を引いた。


「なんだ?」

「ここに座るのは、貴女がふさわしい」

「いや……おまえの……はぁ……。わかったよ」


 私はアスベルにうながされて、椅子に腰を下ろす。

 アスベルは私の隣にたち、ご満悦だ。

 ぴったりくっついてやがる。ったく。まだ仕事中だろうが。まあいいか。


「聖母様。ゲータ・ニィガより、バカデンス王子がお見えです」

「通せ」


 ユーノがバカデンスを入れる。

 やつれきった表情のバカ王子は私を……。


 そして……。


「ふぇ、フェンリル!?」


 部屋の片隅でおとなしくしてる、フェンリルのアトーフェを見て、驚愕の表情。

 思った通りのリアクションすぎて、拍子抜けしてしまう。

 あーあ。


「どうした、バカ王子。何を驚く?」

「そ、そこに……いるのは……ふぇ、フェンリル……?」


「ああ。奈落の森アビス・ウッドの長、フェンリルのアトーフェそのものだ。なぁ?」


 私はアトーフェに目を配らせる。

 にや、とアトーフェは笑う。


『その通り。我は【聖女神キリエ】より力と名をもらいし、神獣、アトーフェである。頭が高いぞ人間』


 アトーフェがバカ王子をにらみつける。

 その迫力に気圧されて、バカ王子は尻餅をついた。無様だな。


 アンチはアトーフェを見ても全然怖がってなかったぞ。

 うちの王子の方が、上だな。ふっ……。


「よぉ、バカデンス。で? なにかようか? 私に何か言いたいことが、アポとってきたんだろう?」

「あ、え……あ、……あ、は、はいっ」


 ふるふると震えながら、バカ王子は立ち上がろうとする。

 だが腰が抜けてるらしい。


 バカはそのまま、手をついて、土下座してきた。


「セイコ・サイカワ様! 申し訳ございませんでした! あなた様が、ほんとうの聖女でした……!!!!!!!!」


 私は足を組んで、バカが土下座する様を見下ろす。

 私を追い出した相手が謝ってきてる、ちょっと……胸がすっきりすると思ったんだが。


 まあ、さほどだな。

 何でだろうな。


「ブリコが、偽物でした。あなた様がほんとうの聖女でした!」

「そうだな」


「真贋を見抜けなかったのは、僕が間抜けだったからです!」

「まったくもってそのとおりだな」


「憶測であなた様を、偽物と断定し、国外追放してしまい、ほんとうにすみませんでした……!!!!!!!!」


 ……ふむ。

 素直に自分の非を認めたか。そこは意外……でもなかったな。


 森の主たるアトーフェがここにいて、私に仕えているのだ。

 こいつも、私が森を浄化したことを、認めざるを得ないのだろう。


「私に会いに来たのは、謝罪のためだけなのか?」


 まあ、とりあえず話だけは聞いてやるか。


「いえ! セイコ様……どうか……どぉおおおおおおおおか! ぼくの国に、戻ってきてはくれないでしょうか……!」


 ふむ……。

 なるほど。戻ってこいと。


「で……?」

「で……とは?」

「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 まさかと思うが……こいつ。


「謝れば、私が戻ってくると?」

「え、っと……」


「私を説得する材料は? まさか無策で来たわけじゃないだろう?」

「あ、いや……」


 はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。


「見たかよ、ダーリン。このバカの、間抜けっぷりを」


 アスベルが目を丸くする。

 話を振られると思っていかなかったのだろう。


 余計なことを言わず、待機。これ結構バカにはできない、賢い選択でもあるんだぜ。

 アスベルは少し成長してるみたいだな。


 で、アスベルは驚いたあと、すぐに私の意図に気づいたのか、にっ……と笑う。


「そうですね、セイコ。隣国の王子は実に間抜けだ」

「なにぃ!? どういうことだっ!」


 彼は私に、目で訴えてくる。

 私はいいぞ、と許す。


 アスベルはすごくうれしそうにすると、顔を近づけ……。

 ちゅっ……と私たちは唇を重ねた。


「な、な、なぁぁああああああ……!?」


 なーに驚いてるんだろうか、このバカ王子はよ。

 ちゃんと、請求書には、ヒントを書いてあっただろうが。


「この通り、セイコは俺の妻……つまり、皇后となった。悪いが、他国に我が国の国保を、渡すわけにはいかないな」

「妻ぁ!? そんな……じゃあ、ほんとうに……?」


 ダメ押しかな。


「アンチ! おいで」

「かぁたま!」


 アンチがアトーフェから降りると(手こずっていたので、アトーフェがくわえて、下ろしてくれた)、私に近づいてくる。

 膝の上にぴょんと乗っかると、私のほっぺたにキスをしてきた。


「かぁたまは……ぼくの、かぁたまです!」

「!?」


 絶望の表情の、バカデンス。

 皇帝、そして、皇子から、こんなにも好かれてるのを見て……理解したはずだ。


「悪いな、私は今、召喚聖女じゃないんだ」


 異世界から召喚された聖女は、元いた国を追放され、そして……。


「私は今、この国で継母やってるんだ」

「そ、んな……」


「バカデンス。私はあのノーミソつるつるのブリコと違うんだよ。ツラのいい男から、謝罪されても、戻ってきてくれと懇願されても、なんとも思わん」


 私が若い女だったら、このツラだけはいいバカデンス王子に、ころっとなびいたかもしれない。


「そ、そこの……そこのマデューカスの皇帝だって! そうだろう! 顔の見た目だけがいい、頭からっぽのバカだと聞いたことあるぞぉお!」


 焦ったバカが口を滑らせる。

 バカ奴め。不敬罪でひっとらえられても、文句は言わんぞ。


「ふっ……ああ、そうさ。俺はツラがいいだけの、バカだ!」


 アスベルが包み隠さず、そう主張する。

 そこに照れもない、卑屈さもない、ただ……事実を事実のまま、受け入れてる。


「だが! そんな俺でも! 自分を支えてくれてる女性セイコに、感謝を忘れて、あまつさえ追い出す……そんなバカなことは断じてしない! 断じてだ!」

「くっ……!」


 ……アスベルもバカデンスも、同じバカなやつだ。

 でも、な。


「私は、バカはバカでも、素直なバカが好きなんだよ」

「セイコ……! 俺も貴女が……あいたっ!」


 またキスしようとしてきたアスベルの頭をはたく。


「つーわけだ。私はすでに隣国で籍を入れた。王国にゃ戻らん」

「そんな……」


 絶望するバカデンス。

 さて……じゃあ、あとは淡々と処理するだけだな。


「次はこちらの番だ。バカデンス=フォン=ゲータ・ニィガ。あんたには請求書が届いているだろう?」


 私が送ったのは、奈落の森アビス・ウッド浄化代。

 相当な金額だ。

 

 少なくとも、今すぐ払えと言われても、絶対無理な金額。


「きっちりと、払ってもらおう」

「ま、ま、待ってくれ! 無理だ!」


 知ってるよ。

 泣きわめきながら、何度もバカデンスが頭を下げる。


「こんな大金返せない! なかったことにできないだろうか!」

「そいつは無理だな。すでに浄化は終えてしまった」


「そ、そっちが勝手にやったことではないかっ! こちらが頼んだわけではない!」


 ほぅ……いい手だ。

 確かに頼まれてやってないんだから、依頼料をせしめるのは、おかしいと。


「でもバカ王子よ。おまえ……ここへ来るとき、どうやってきた?」

「どうやって……それは……………………あぁああ!!!!!!!」


 ふっ……バーカ。

 やっと気づいたか。


「セイコ、どうして彼は驚いてるのですか?」

「ふっ……アスベルよ。やつはな、奈落の森アビス・ウッドを通って、ここに来たんだよ」


 バカ王子は、私に謝って、許してもらうことしか考えてなかったのだ。

 何よりも早くたどり着きたかったやつは、王国と帝国を結ぶ最短ルートを通った……。


 すなわち、私が浄化して、魔物がわいて出なくなった、安全なルートを……。


「バカ王子よ。その主張をやりたいなら、遠回りするべきだったな。無賃乗車は、犯罪だぜ」

「ぐ、ぐ、く、くそおぉお……」


 さて……と。

 王手を打つか。


「ユーノ」

「すでに呼んであります」


 がちゃ……。


「や、どーもどーも」

「来たか、キンサイ」


 翼人商人、キンサイがニヤニヤしながら入ってきた。


「な、なんだおまえは……!」

「うちは銀鳳ぎんおう商会のギルマス、キンサイ言います。あんたの身柄を引き取りにきました」


「身柄を引き取り……!? ど、ど、どういうことだっ!」


 ニヤニヤ笑いを崩さないまま、キンサイが言う。


奴隷しょうひんとなったあんたを、引き取りにね」

「は、はぁあああ!? ど、奴隷いいいいいいいいいいいいい!?」


 バカは驚いてやがる。

 なんだ、その可能性を考えていなかったのか。ほんとバカだな。


「ど、どういうことですかセイコ様!?」

「おまえがさっき言ったんだろうが。そんな大金、払えないって。だから体で払ってもらうことにしたんだよ」

「体で……って! だから、奴隷!?」


 そういうことだ。

 キンサイがニヤニヤ笑いながら、バカデンスを見て言う。


「元王族で、ツラもいい。そして若い……うんうん、偽の聖女とセットで、結構高く売れそうでんなぁ」

「偽の聖女……ブリコも!?」


「せやで。あんたとブリコを、売るっておっしゃってましたよ。国王陛下がね」

「なぁあああああああああ!? ち、父上がぁあああああああああああ!?」


 そ。

 私はすでに、請求書を国王にも送っておいたのだ。


 んで、今日ここに至るまでのことを書いた、報告書も併せてな。


「あんたんところの王様は、喜んで、息子あんた聖女ぶりこを売るってよ」


 ま、それでもまだ足りないけど、その分は借金ってことで、返済を待ってやることにした。

「そんな……嫌だ! 嫌だぁああああああああああああ!」


 逃げようとするバカデンス。

 キンサイが連れてきた、屈強な男たちが、王子を捕まえて地面に押しつける。


「お願いしますセイコ様あ……! 助けてください! おねがいしますぅうううううううううううううううううううう!」


 泣きわめく姿はとてもなさけなく、私を堂々と追い出した王子と、同一人物とは思えなかった。


「僕を助けてください! お願いします! 慈悲深い聖女様ぁ……!」


 私はアンチと、アスベルを両脇にかかえて言う。


「悪いな。私は聖女じゃなくて……継母だからさ」


 慈悲はかけない。そう遠回しに言った。

 絶望したバカデンスは、がくん……と諦めたように頭を垂れる。


 こうして、私を追い出したバカと、追い出す原因となったバカは、奴隷として売られることになったのだった。

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