第28話 馬鹿王子の後悔

エピローグ


《バカデンス視点》


 一方、ゲータ・ニィガ王国にて。

 聖子を追い出した愚かなる王子、バカデンスはというと……。


「ふぅう……きもちよかったね……ブリコ」

「はいぃ♡ 王子さまぁん♡」


 バカデンスは自分の寝所で、聖女……聖高原ブリコと、閨をともにしていた。

 バカデンスの顔には疲労が色濃く見える。


(はぁ……毎日仕事が山積みだ……)


「どうしたんですかぁ? ため息なんてついてぇん?」


 ブリコが、何もわかってないような感じで尋ねてきた。


「いや……なんでもない……」


 といいつつも、バカデンスは心の中でため息をついていた。

 聖子がいなくなった後……彼の仕事量が激増したのだ。


(おかしいぞ……前まではこんなに仕事がこなかったのに……)


 宰相から回ってくる仕事量の、なんと多いことか。

 宰相にその旨についてクレームを入れたのだが……。


『申し訳ありません、うまく仕事が回せなくて……』


 どうやら現宰相はかなりの無能のようだった。

 自分でどう処理していいのかわからなず、仕事を未処理のまま、持ってくる。


 さらにいちいち、どうすればいいのかと、こちらに丸投げしてくるのだ。


(こんなことはなかった。今までは、もう僕がはんこを押すだけでよかったのに……)


 仕事がうまく回らないことに加えて、もう一つ、頭痛の種があった。


「な、なあ……ブリコ。そろそろ……聖女としてのおつとめ、やってくれないかい?」

「え!? え、ええっとぉ~……まだちょっと無理かなぁ~……最近少し疲れちゃってぇん」


 ……これである。

 召喚聖女である(とバカデンスが思ってる)ブリコは、あるときから、おつとめをしなくなったのだ。


 聖女としてのおつとめは主に、街の結界の構築、瘴気の浄化、けが人の治療、である。

 しかしある一時を境に、彼女はその3つのおつとめ、すべてを拒否するようになったのだ。


(なぜブリコはおつとめを拒む? 彼女が召喚されてからついこないだまでは、ちゃんとおつとめをこなしていたじゃないか……?)


 彼の心の中に、一つの疑念が、すでに芽生えていた。

 ……ひょっとして……。


(ひょっとして、ブリコではなく、セイコが本物の……)


「どうしたんですかぁ?」


 不安そうに、ブリコが尋ねてくる。

 いや、聖女があんなおばさんなわけがないのだ。


「なんでもないよ、僕の大事な聖女」

「あはっ! よかったぁ~。ねえ王子様~。ブリコ今度は、海いきたいなぁ。で、いっぱい買い物したいの!」


(またか……!)


 このブリコという女はかなりわがままかつ、浪費家だった。

 次から次へ高いものを買えといってくる。ドレス、宝石、エトセトラ……。


「な、なあブリコ……さすがにおつとめもせず、そんな風に金を使ってばかりだと、風当たりが悪い。だから……少しおつとめをしてくれないかな?」

「えー……無理ぃ~……」


「無理って……頼むよ」

「やーだぁ~……」


 ……これである。

 もう、正直別の聖女を呼んでしまおうかと思うときもあった。


(しかし、聖女召喚は、呼び出した聖女が死なないと、次の聖女が呼び出せない【はず】)


 あくまでも、【伝承には】そうかいていあった。

 真実はどうかは不明だ。


 ……ブリコ以外の聖女を呼び出すためには、この女を殺す必要がある。

 だが彼女との婚約を、すでに王国内外に発表してしまっている。


(これでブリコを殺し、次の……とはいかなくなった。……しかたない、この聖女とうまくつきあっていくしかないか)


 単に顔のいい女は世の中にごまんといる。

 性格ゴミのこの女を手元においておくのは……。


(我慢だ。この女は聖女なのだ。逃がすわけにはいかない……)


 昔は、ブリコに惚れていた。

 でも、ブリコのあまりのわがままっぷりに、その愛も冷めてしまった。


 ブリコは自分の見てないところで、ほかの家臣たちを、馬鹿にして、パワハラもしてると報告を受けている。

 自分は聖女で、聖女だから偉いんだ。そう……主張していたとのこと。


(はあ……これなら、まだセイコのほうが……まだましだった)


 犀川聖子。彼女には聖女の力がなかった。

 だが、彼女は仕事ができたし、城の人間たちからの評価も高かった。


 いろんなトラブルを解決してくれたし、落ち込んでいたところを励ましてもらった家臣もいたという。


(……あの女が、聖女なら……)


 はっ、とバカデンスは我に返って首を振る。


(何を考えてるんだ。あのおばさんが、聖女? あんな年上の……)


 ……だがセイコは年齢の割に美しかったな、と彼は気づく。

 黒くつやのある髪に、神がかったボディ。


 性格もよくて、見た目もいい。少し気が強いのが難点だが、仕事もできるし、男を励ますすべも心得てる……。


(セイコに聖女の力があれば……)


 と、そのときだった。


「で、殿下! 大変です……!!!!!!」


 バカデンスの部下が、ドアの向こうから声を張り上げる。

 彼は服に着替えて、ドアを開ける。


「どうした?」

奈落の森アビス・ウッドが、浄化されました!」


 ……。

 …………。

 ……………………は?


 部下が一瞬、何を言ってるのかわからなかった。

 奈落の森アビス・ウッドが……浄化された……?


「う、うそ……だろ?」

「ほんとうです。長年、ゲータ・ニィガ王国を悩ませていた頭痛の種、歴代の召喚聖女が何度挑んでも浄化できなかった……奈落の森アビス・ウッドの浄化が、行われ……ました……」


 部下が、気まずそうにしてる。

 ……そう、ここは本来喜ぶべきところ。


 だが部下も、そしてバカデンスも喜べないでいる。

 

「……浄化は、いつ行われたのだ?」

「おそらく……昨日の夜、かと」


 ……昨日の夜は、ブリコと一緒にいた。

 ……この女が、奈落の森アビス・ウッドへいって、浄化をしたということは……ありえない。


 ほかでもない、バカデンスが証人となってしまっている。

 ……では。


 誰が、奈落の森アビス・ウッドを浄化したのか……?


「あの……で、殿下……もしかして、セイコ様が……」

「…………」


 部下も、そしてバカデンス王子もブリコの方を見やる。

 ほえ? と彼女が首をかしげる。


「なんですかぁ~? それより喉渇いた! おいそこのおまえ! 飲み物もってきなさいよ! 聖女命令よ!」


 ……なにが、聖女命令だ。

 バカデンスがガリガリ! と頭をかく。


「すぐに、すぐにセイコの居場所を調べろ! 大至急だ!」

「は、はい!」


 部下が部屋を出て行く。

 バカデンスは大きくため息をつく。


「チクショウ……! そういうことだったのか……!」

「どうしたんですかぁ~? ブリコのどかわいた……」

「だまれ……!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 バカデンスが声を荒らげる。

 ……無理もない。


 ずっと聖女だと思っていた女のほうが、偽の聖女だった。

 そして、自分が追放したほうが……本物だったのだ。


 それは、まあいい。まだいい。

 バカデンスの目が曇っていた、ということで、すまされる。


 だが、それで済まされない問題が一つあった。


「おいおまえ! ブリコ! 聖女でないことを、隠していたな!?」

「!?」


 この女は、【体調が悪いから】おつとめやりたくない、といった。

 もしも、自分が聖女でないと自覚してないなら、こんな言葉は出てこない。


 ……嘘を、ついたのだ。

 自分が聖女でないことを自覚しておきながら、セイコの手柄を……横取りしていたのだ!


「ちくしょう! おまえのせいだ! ちくしょう! ちくしょう!」

「きゃっ! ちょ、暴力反対ぃ!」


「うるさい! おいだれか! この偽物をひっとらえて、牢屋にぶち込んでおけ!」

「えええー!? なんでよぉおおお!」

「黙れ偽物! ああくそ……!」


 バカデンスは自分の頭をガリガリかきながら、焦る。


(まだだ、まだ……取り返しがつく! 追い出した聖子を呼び戻し、謝罪し……そして、我が国で働いてもらえば……! ほかの国で、結婚なんてしてなければ……!)


 ……だが。


「た、大変ですぅう!」


 部下が入ってきて、報告をする。


「ま、マデューカス帝国から……手紙が……」

「手紙……? マデューカスだと?」


 隣の小国から。

 あんなとこから、手紙……? 


「あ、宛名を……」

「!?」


 バカデンスは手紙の宛名を見て、血の気がひいてくのがわかった。


【セイコ=S=フォン=マデューカス】


 ……=フォン=マデューカス。

 王族の、名字である。


「うそだ……うそだと……言ってくれ……」


 恐る恐る、バカデンスが手紙を開ける。

 請求書が入っていた。


「請求書……?」


奈落の森アビス・ウッド浄化代』


 ……ずしゃ、とバカデンスが崩れ落ちる。

 確定だ。


 聖女はセイコで、そして……奈落の森アビス・ウッドを浄化したのは、セイコ。

 セイコは奈落の森アビス・ウッドの浄化代を、請求してきた。


 当然だ。

 奈落の森アビス・ウッドは、王国の領土にもかかってるのだ。

 

「あ、ああ、ああああああああああああ!」


 バカデンスは領収書を放り投げて、頭を抱えて叫ぶ。


「なんということだ……! なんて……僕は……馬鹿だったんだぁ!」


 セイコを、聖女じゃないと、勝手に思い込んでしまった。

 すべては、あのとき。あの過ちさえ、犯さなかったら……


 セイコを追い出すことはなかった。

 それに……浄化にこんな、法外な金額を、とられることもなかった。


 そもそも、浄化に金なんてとられなかった……!


「で、殿下……どうしましょう……? こんな大金、すぐには用意……できませんが……」


 そうだ。けれど、奈落の森アビス・ウッド浄化はすでに、行われてしまった。

 金を払わないと……。


「馬車を、用意しろ。今すぐに、マデューカスへ向かう……」


 もうこうなれば、直接出向いて、なんとしても、セイコに戻ってきてもらうしかない。

 ……望みは、かなり薄い。


 宛名にもうマデューカス帝国の、王族の名字がついてるのだから。

 それでも、一縷の望みをかけて……。


「馬車を用意! そして……そこのくず女を牢屋にぶち込んでおけ!」

「そんなぁあああああああああああああああ!」


 ……こうして、バカデンスは、マデューカス帝国へと向かうのだった。

 だが、まあ……結果どうなるかは……火を見るよりも明らかである。

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