第27話 フェンリルを治療し、主人となる



 森の主であるフェンリルのもとへやってきた、私。

 瘴気沼にて。


『この森から出ていけ……! 女ぁ……!』

 

 フェンリルは立ち上がると、私に向かって吠える。

 バキバキバキバキ……!


「フェンリルの周りが凍っていく!?」

「フェンリルは別名、氷魔狼。やつの得意魔法は氷。吠えるという動作が必殺の魔法となっているのです」


「そんな!? セイコぉ!」


 凍りついていく周り。

 でも……私は逃げない。


「おまえを治療する」

『うるさい! 殺すぞ!』

「やってみろ」


 私は1歩、前に出る。

 氷をふみつけながら、真っ直ぐに。


『死ねぇええええええええ!』


 フェンリルが吠える。

 すると氷の槍が無数に飛んできた。


 だが……私は避けない。

 頬を1本の槍がかすめ、血が垂れる……が。


 逃げない。


「セイコ……すごい……あんな魔法をまえに、まったく臆することなく進んでいる!」

「聖母様は、あの程度で臆してしまうかたではありません。それに……やれやれ……」


 後ろでユーノがため息をつく。


「あのお方は本当に、慈悲深い」

「どういうことだユーノ!?」


 どうやらユーノも気づいたようだ(アスベルは気づいてないようだが)。

 私はフェリルに近づく。


『く、来るな……! 来るんじゃない! 本気で殺すぞ!』

「だから、やれるもんならやってみろ」


『く、く、喰らえ! 【氷魔炎】!』


 大きく口を開いて、フェンリルがブレスを放ってきた。

 ビョォオオオオオオオオオオオオオ!


 さっきとは比べものにならないくらいの、強い氷雪の風が私に襲いかかる。

 が……。


 ジュゥウウウウウウ……!


「ブレスを受けても、セイコの体が凍りつかない……! どうなってるんだ!?」

「おそらくは、何らかの薬を飲んでいるのでしょう」


 さすが、ユーノ。よくわかってるな。

 その通り、私は体温を上昇させる漢方薬を飲んだ。


 効能を無理矢理上昇させた結果、この凍傷を起こすほどの氷の風の中でも平気ということだ。


『く、くそ! なんだ貴様! 我の氷魔炎を受けて、なぜ生きてる!?』

「はっ! そりゃ簡単よ。おまえが今、衰弱してるからさ」


 神獣は神のごとき力を持つ魔獣だという。

 そんなやつの必殺技が、この程度の威力な訳がない。


「認めろ。おまえは病気なんだ」

『違う! 我は病気ではない! でたらめを言うな!』


 私はフェンリルの目の前までやってきた。


「じゃあ、殺してみろよ。私を」


 私は真っ直ぐにフェンリルを見やる。

 フェンリルは1歩、後ろに下がった。


「す、すごい……あの恐ろしいフェンリルが、セイコにビビってる……!」

「伝説の神獣すら、聖母様の放つ覇気に萎縮してしまうのでしょう。さすがです」


 フェンリルがうろたえている。


「診せろ」

『う、ぐ、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 フェンリルが大きく口を開いて、私の身体に……かみついた。


「セイコぉ!?」「聖母様っ!」


 これにはさすがにユーノも動揺してるようだ。

 私の肩にかみつくフェンリル。


 だが……私は逃げない。泣かない。

 血が、垂れる。けれど私は生きてる。


 私は……スッ……とフェンリルの顔に触れる。


「そう、突っ張らなくていいんだ。おまえは森の長かもしれないが……今は、病人なんだ」


 フェンリルの興奮が収まっていく。

 私を敵じゃない、と思ったんだろうな。

 ぱっ……と向こうから口を離す。


『……何なのだ、貴様? 我が恐くないのか……?』

「はっ! なめんじゃねえよ。犬が吠えようが、まったく恐くないっつーの」


 フェンリルは目を丸くする。

 だが……くっくっ、と笑った。


『面白い女だ』

「そりゃどーも……」


 じっ、とフェンリルが私の傷を見る。


『すまん』

「こんなの直ぐ治る」


 私はSSポーションをアイテムボックスから取り出して、一気飲み。

 一瞬で傷口が塞がった。


「あんたを治療させろ。いいな?」

『……好きにしろ。我は疲れた……』


「おう。寝ときな。次起きたら、元気になってるよ」

『……ほんと、変わった女だな』


 私は治療用の麻酔薬を、アイテムボックスから取り出し、フェンリルの口にそそぐ。

 彼は白目を剥いて、その場に横たわった。


「す、すごい……フェンリルを、討伐なさった! 神獣を……あいたっ!」


 ユーノがアスベルにツッコミを入れる。

「聖母様は麻酔でフェンリルを眠らせただけです。治療の邪魔だったので」

「治療?」


 ふぅうう。アスベルはわかってなかったようだな。


「ええ。どうやらフェンリルは病気のようです。聖母様はそれを治すおつもりかと」


 ユーノはほんと有能なやつだよ。

 説明の手間が省ける。


 私はその場であぐらをかいて、薬を調合し出す。


「セイコぉ! フェンリルは、どんな病気なんですか!?」

「一言で言うと、【瘴気中毒】だな」


「瘴気中毒……? え? なんですって?」


 ……聞いたことないか。

 まあ私が勝手にそう呼び名を着けただけだが。


「こいつは瘴気を吸い過ぎて、体調を崩しちまってるのさ」

「!? お、おかしくないですかそれ……? だって、魔物は瘴気から生まれるんですよね?」


 言いたいことは理解できる。

 瘴気から生まれ出る魔物が、瘴気の吸い過ぎで体調を崩すのはオカシイ……と。


「人間だってそうだ。食べ過ぎると体調を崩すだろう? それと同じさ」

「う、ううん……わかるような、わからないような……」


 まあわからなくてもいい。

 重要なのは、体内の瘴気を、こいつから抜かないといけないってことだ。


「ようは、栄養素の過剰摂取が原因で体調崩してるんだ。それを体外に排出すればいい」


 自然に体外に排出されるのを、待ってる時間が無い。

 無理矢理にでも、外に出させる。


 私は創薬スキルで薬を作る。

 魔獣には治癒やポーションが聞かないからな。


 だから、私は薬を作る。

 体内の栄養成分を、薬剤に吸着させ、体外に放出させる……薬。


 瘴気の構造は鑑定を使って分析を終えている。

 魔物体内の、瘴気に対する受容体を、無理矢理開かせる……薬を作る。


 試行錯誤だ。

 魔力を薬に変換し、鑑定。


 効果があるかどうかを、1つ調べて、だめなら次の薬。


『……なぜ』


 眠ってるはずのフェンリルが、私に問うてきた。


『……なぜ、そう必死に治そうとする? 我は……人類の敵だ』


 私はちらっとフェンリルを一瞥して答える。


「たしかに、あんたはこの世界の人間にとっては、敵かもしれないね。でも……残念。私は、この世界の人間じゃないんだよ」

『…………』


聖女わたしの前では、病人は等しく、私が治すべき患者さ」


 フェンリルの目が丸くなる。

 そして……くっく、と笑った。


『ほんと……面白い女だ』


 やがて。

 私は瘴気を体外に放出させる薬を作り出した。


 それをフェンリルに飲ませる。


「おら、飲め。さっさと飲みな!」


 フェンリルのデカい口に、今し方完成した薬を流し込む。

 すると……。


 ぱぁああああああああああああああああああああああああ!


「フェンリルの体が光り出した!」

「成功のようですね」


 光が収まることなかった。

 フェンリルの毛皮が、青紫色に常に発光してる。


 すくっ……とフェンリルが立ち上がる。

『信じられん……体が軽い。何世紀ぶりだろうか! こんなにも体調が良いのは! って、あいたっ!』


 フェンリルの顔をぶんなぐってやった。

「「!?」」


 後ろでアスベルとユーノが驚きの声を上げる。


「何世紀ぶり、だぁ……? どんだけ医者にかかってないだよおまえはぁ! もっと早く病院に行け! やばいとこだったんだぞ!」


 ぽかーんとするフェンリル。

 だが……大口を開けて笑い出した。


『はっはっは! これは愉快! 言うにことかいて、魔物に病院に行けとはな! 本当に面白い女だ!』


 ゲラゲラと笑うフェンリル。

 だが不快感はなかった。別に馬鹿にしてるようには思えなかったしな。


「じゃ、私はこの瘴気沼を浄化するから、あんたは大人しくそこで寝てな」


 フェンリルを治療して一つ理解した。

 瘴気は、魔物にとっても毒だってことをね。


 魔物が瘴気から生み出されるから、この事実には、誰も気づいてないんだろう。

 私は座り込み、そして浄化のための薬を作り出す。

 すると……とんっ、とフェンリルが鼻先を私に押しつけてきた。


「なんだ?」

『女。名を教えろ』


「はぁ? 犀川さいかわ 聖子せいこだよ。邪魔だから下がってろ」

『セイコ・サイカワ。我、神獣【アトーフェ】、そなたと契りを交わす』


 パァアアアアアアアアア!

 ……ん? なんか、私の身体が光った……?


「おい、何したんだよ?」

『くっく……さてな……ふっ……やはり面白い女……』


 面白い女連呼しすぎだろこの犬……。


「まあいい。よし、浄化薬完成!」


 私は瘴気沼に向かって、浄化の薬を投げ入れる。

 この規模の瘴気沼だ、浄化には時間が掛かる……。


 ピカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


「「おおおお!」」


 アスベルとユーノが歓声を上げる。

 ……私も、驚いた。


 こんなデカい規模の瘴気沼を、一瞬で浄化しちまったんだから!


「ど、どうなってんだい……?」

『おまえは我と契約し、神獣の加護を得た。その影響だろう』


「は!? いつだよ……」

『ついさっきだ』


 いつの間に……。

 くっくっく、とフェンリルが笑う。


『今日よりおまえは、フェンリルの主だ』

「は……嫌なんだが……」


『くっく! 神獣の加護を拒むとは! 本当に面白く、退屈しない女だ! 面白い!』

「あーあー、うざいなおまえ。もう私は帰るから……きゃっ!」


 フェンリルが私の首根っこをくわえると、ぽいっと放り投げる。

 おおぃい! 何すんだこいつぅ!?


 ぽすっ、と私はフェンリルの背中に乗る。

 そして、フェンリルが空を駆け、アスベルたちのもとへ行く。


「ああ、向こう岸まで乗っけてたのか。ありがとう。じゃ」

『まあまあ、待て待て。我もついてくぞ』


「は……? なんでだよ」

『おまえが我の主だからな。従僕とは、主のそばについていくものだろう?』


 はぁああああああ!?


「す、すごいですセイコ! まさか、伝説の神獣を従魔にしてしまうなんて!」

「聖母様なら、これくらいできて、当然ですね……さすがです」


 はぁあああああああああああ…………。

 ああ、もう。別にフェンリルなんて欲しくなかったし……。


「こんなデカいペット、食費だけでも大変そうだし……」

『あっはっは! この我をペット扱いするやつは、世界広しといえど、おまえだけだぞ! 本当に面白い女だなぁ!』


 ……まあ、何はともあれ、奈落の森アビス・ウッドの浄化を、し終えたのだった。

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