第26話 森の長フェンリルとの出会い



 ジンを家臣に加えた。

 私はアスベル、そして兵士達とともに、奈落の森アビス・ウッドの中を歩いていた。


 目的は、森の中にあるという瘴気だまり。

 本来なら兵士と手分けして、森のなかで、瘴気だまりを探す作業があった。


 が、森に詳しいジンが仲間となったことで、森の探索をしなくて済んだ。

 そうだ、ジンに適性診断を行ったところ、こんな感じだった。


~~~~~~

ジン・ローウェル


~~~~~~


 ジンは研究の適性があるようだ。

 研究、つまりマギと同じ……かと思ったのだが、ちょっと違うと私は思った。

 

 詳しくは後日。

 さて。


 私たちは最初の瘴気だまりを浄化。

 森の中の探索がない分、兵士達の体力も温存できた。


 結果、特に問題なく浄化をし終えた。


「ジン。良かったのか?」


 アスベルがジンに尋ねる。


「なんですかい、皇帝陛下」

「いや……その、森の浄化を手伝ってさ。だってここ、おまえと子供らの生まれ故郷みたいなものなのだろう? そんなとこで……瘴気を浄化して良かったのかなって」


 アスベルのやつの言いたいことも、まあわからんでもない。

 今回浄化を行うことで、魔物はこの森を去ってしまう。それは自分、そして周りの魔物から故郷を奪うことになる。


 それは可哀想だ……と思ってるのだろう。

 ったく、ついさっきまで魔物に対して抵抗感を覚えていたやつが。もう、魔物に同情……いや。


 ジンが特別か。全ての魔物に同情してるわけではないか。

 で、なければさっきの戦闘で魔物を斬ってなかっただろう。


「ご心配ありがとうございやす。でも、大丈夫です」


 ジンの目には決意の色がうかんでいた。

「アスベル。そいつはもう、覚悟を決めてきたんだよ。故郷をすて、裏切り者になる覚悟をな」


「さすがです、ボス。その通り」


 他の魔物にとって、故郷を破壊する手伝いをするジンは、裏切り者以外の何物でも無い。

 そう思われる覚悟なんて、こいつにはとっくにできていたのさ。


「そうか……よし! 今日から帝国うちを、第二の故郷、帝国の民が家族ってことにしていいぞ!」


 にかっ、とアスベルが笑う。


「俺たちは同じ聖女様をトップとした、ファミリーだ!」

「ファミリー……いいんですかい?」


「もちろんだ! ジン! 改めてこれからよろしくなっ!」


 ったく、アスベルは本当にいいやつだぜ。

 上に立つ資質を持っている。


 家臣となったやつと、直ぐに打ち解けて、そして……こいつのためにがんばりたい。

 そう思わせる力が、こいつにはある。やはりリーダーの器だったか。


「ありがとうございやす……あにさん!」


    ★


 ほどなくして、ジンのおかげで、奈落の森アビス・ウッドの瘴気だまりを、効率よく浄化していった。



「姐さん、あにさん」


 ジンが私に言う。

 ……姐さん?

 私のことか。まあ、アスベルが兄さんならそうなるか。


「これから行く瘴気だまりは、この森最大のスポットとなっておりやす」


「ほう……なら、それを浄化すれば……」


「はい、奈落の森アビス・ウッドの瘴気だまりは、無くなったことになりやす」


 ふむ……それを片付ければ、帝国に帰れるか。

 アンチ、随分とひとりにさせてしまった。帰ったら遊んでやらないとな。


 しかし……ジンの表情が晴れない。


「その瘴気だまりは、この【森の賢狼】のナワバリなんでさぁ」

「森の……賢狼?」


「はい。この森に住む魔物達の、いわばボスのような存在です」

「フェンリルが居るだなんて、そんなの聞いたことないぞ!」


 アスベルが驚きながら言う。

 一方、ユーノが冷静に眼鏡を治しながら言う。


「古い文献ですが、フェンリルの目撃情報があります。が、近年ではそれがなかった。つまり、ナワバリからは滅多に出ないのでしょう」


 さすがユーノ、なんでも知ってるな。

 しかし、ふむ……最近の目撃情報がない……か。それは気になるな。


「聖母様。進言いたします。今回の遠征はここで打ち切り、戻って、後日態勢を整えてから瘴気だまりを浄化したほうがよいかと」


 ユーノの意見はもっともだ。

 フェンリルは伝説の神獣。


 神獣とは、その強さは、神に匹敵する力を持った獣のことだ。

 そいつとバチバチにやり合えば、こっちの被害は甚大となってしまうだろう。


 が。


「私もさっきまでは同じ意見だった。が、今は早く行ったほうがい良い気がするんだ」

「……勘、ですか?」


「ああ、女の勘……だね」


 ちゃき、とユーノが眼鏡をなおす。


「わかりました」

「あやふやなもんに頼るな、とか言わないのかい?」


「ええ。私は聖母様を信頼しておりますゆえ」


 私はアスベル、そして兵士達を見渡す。

「これからフェンリルのナワバリに行く。が……! おまえらはここに残るんだよ」

「「「え!? ど、どうしてですか……!?」」」


 どうやらわかってない様子の兵士連中。

「フェンリルはヤバい敵だ。行けば死ぬかも知れない」

「「「…………!」」」


「私は、おまえらをそんなヤバいとこに連れてって、命を落とさせるようなマネはできん」

「「「皇后様……!」」」


 兵士達の目に涙が浮かぶ。


「なんてお優しい……」

「おれたちをコマじゃなくて一個人として見てくれてるんだ」

「おれ、ここにいてよかった!」


 感動する兵士達を他所に、アスベルが前に出る。


「俺は行きますよ!」


 って言うと思ったよ。ったく。


「わかってる。アスベル、そして……ユーノ。ついてこい。あとは待機だ」

「あっしも行きます。道案内は必要でしょう?」


 ジンが前に出る。

 が、私は止める。


「バカ。子供が居るだろうが。それにおまえはフェンリルから見れば裏切りもんだ。真っ先に殺されるかもしれないだろうが」

「……だとしても、子供を救ってくださった、あなた様のために尽くしたい」


 ジンの額をゴツく。


「バカ言うんじゃあないよ。おまえはあの子らの唯一の親なんだよ。死なせられるかってんだ」

「しかし……」


「くどい! お座り!」

「きゃいん!」


 ったく、強情なやつだよ。

 ホサに目を配らせる。


 ホサは承知してるようにうなずいた。

 こいつが動かないよう見張っとかせる。

「いくよ、アスベル、ユーノ」

「「御意!」」


 私は二人を連れて、フェンリルのもとへと向かう。

 アスベルが私の手をぎゅっと握った。


 危ない場所へ行く私を、勇気づけようとしてるんだろう。

 ……ったく、ほんと優しい旦那だよ。


 その温かい手に、愛おしさを感じながら、きゅっと握り返す。


 ほどなくして、私たちは大きな湖に出た。

 毒々しい沼が広がっている。


「これは酷い……」


 前に見た瘴気だまりの、何倍も規模がデカい。

 思わず魔界、という単語が頭をよぎった。それくらい、ヤバい場所だ。


 湖の真ん中には小島があった。

 そこに……丸まって眠るものがいた。


「あれが……フェンリルか……」


 小島の上で丸くなってる、白い獣。あれがフェンリルだろう。

 知識としては知っていたが、実物を見るのは初めてだ。


 ……そしてフェンリルは、私らが近くに来ても起きようとしない。


 私は……全てを理解した。


「アスベル、ユーノ。ここで待機。私は……一人であそこへ行ってくる」

「なっ!? せ、セイコ!? 嘘ですよね!? 一人でなんて!?」


「嘘じゃないさ。私ひとりで行く」

「危険です! 俺も……」


 ついてこようとするアスベルを、ユーノが羽交い締めにする。

 まったくこいつは、本当に有能なやつだよ。


「お気をつけて」

「はーなーせーぇえええええええええ!」


 私は二人を残して、一人、湖に近づく。

 靴を脱いで、瘴気沼に足を突っ込む。


「セイコぉおおおおおおおおおお! 死ぬなぁあああああああああ!」

「死なねえよ、バカ」


「えええええ!? な、なんで!? 高濃度の瘴気を浴びたら、死ぬってたしか……」

「常人はね。でも、私は……平気なのさ」


 困惑するアスベルをよそに、ユーノが説明をする。


「瘴気を浄化できる聖女様は、高い瘴気への耐性があるのです」


 でなければ、瘴気沼に近づいて、浄化が行えないだろうが。


「あ、なるほど……よかったあ~……」


 ったく、こんなの前回や、その前の瘴気の浄化のさいに、言わずとも気づくだろうに……。

 いや……言わなかった私も悪かったな。心配させちまった。


「すまん。大丈夫だから、そこで見てな」

「いやでも! フェンリルが危ない! 危ないフェンリルのもといかせたくない! ユーノ、はーなーせー!」


 ジタバタと暴れるアスベルを、ユーノがしっかり捕まえてる。

 それを視界の端でとらえ、私はフェンリルの元へ向かう。


 ずぶ……ずぶ……とだんだんと瘴気沼は深くなっている。

 腰のあたりまでべったりと、汚れてしまった。


 けれど、私は前を向いて真っ直ぐ進む。

 服が汚れるくらいなんだ。


 汚れは洗い流せる。

 それより今は、目の前の命だ。


 ほどなくして、私は小島に上陸した。

 目の前までやってきた……というのに、フェンリルは丸まったままだ。


「おい、起きてるかい?」

『……ぁあ? なんだ……貴様……?』


 ぎょろり、と大きな目玉が私をロックオンする。

 ぐぉん! とフェンリルが立ち上がる。


 ……おお。デカいな。

 4,5メートルはあるデカい体だ。


 ピンと立った犬耳。

 鋭い牙が何本も生えている。こんなのに噛まれたらひとたまりもないだろう。


 ……だが。

 不思議と恐怖心は覚えなかった。


『おい女。なんだ貴様は……?』

「私は犀川さいかわ 聖子せいこ。帝国の皇后だ。この森を浄化しにきた……最初はな」


『最初は……?』

「ああ、だが気が変わった」


 びっ、と私はフェンリルに指を向ける。

「あんたを、治療する」

「ち、治療!?」


 背後でアスベルが驚いてる。

 気づいてないようだ。そりゃそうだ、鑑定スキルを持つのは召喚聖女だけだからな。


『どういう……ことだ?』

「簡単な話さ。あんたは病気なんだよ」


 だから、この森で私らが好き勝手浄化してるのに、ボスであるこいつが、顔を出さなかった。


 ……いや、出せなかったのだ。

 この場から動けなかったのだから。


『何を……根拠に……! 我は……病気などでは!』

「動くな。治療の邪魔だ」


『黙れ……! でたらめを言うな!』


 牙を剥き、吠えるフェンリル。

 後ろでユーノ、そしてアスベルが息をのむのがわかった。


 びびってしまうのも無理はない。

 けどよ……私は全然恐くない。


「手負いの獣をほっとけるかっての。無理矢理にでも治療させてもらうぞ」

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