第25話 魔物を治療する



 私が兵士たちを連れて、奈落の森アビス・ウッドに入ろうとした、そのときだ。


「お待ちください、皇后様!」


 森の入口付近の木から、一人の男が、私の前に現れた。

 ひょろりと痩せた、30くらいの素朴な村人【のような】見た目をしてる男だ。

 男は私の前で平伏す。

 ユーノが前に立ち、ナイフを取り出すと、切っ先を男に向けながら尋ねる。


「貴様……聖母様の御前であるぞ? 名を名乗れ」

「はい! あっしは【ジン】と申します!」


 男はジンと名乗った。

 ユーノが眼鏡をかけ直しながら尋ねる。

「怪しいやつです。排除を……」

「待て待て! ユーノ! 何をしてるんだ! 相手は人間だぞ!?」


 アスベルがユーノの腕を掴んで止める。

 ふぅ……とユーノがあきれたようにため息をつく。


「やはり愚か……」

「なんだとっ?」

「わめくな二人とも。どけ」


 私はユーノ達が脇にどく。

 ジンの前までやってきて尋ねる。


「【人狼ウェアウルフ】がなんのようだ?」

「「!? 人狼ウェアウルフ!?」」


 アスベル、そして背後のホサが驚く。

 そして何より、ジン自身が驚いていた。

「ど、どうして……あっしが人狼ウェアウルフだって……?」

「悪いな。私は特別な目を持ってるんだ」


 私の持つ、鑑定スキル。

 これは相手の名前だけでなく、相手の種族までわかってしまうのだ。


~~~~~~

ジン・ローウェル

種族:魔獣(人狼ウェアウルフ族)

性別:男

~~~~~~


・魔獣

→知性を持つ魔物の総称。


人狼ウェアウルフ……」「魔獣ってやつだろ?」「魔獣がおれたち人間になんのようなんだ……?」


 兵士達がジンに不信感を抱く。

 仕方ない、魔物(魔獣も)は人類の敵と、この世界の人間達は思ってるからな。


 ジンを見る兵士達の目には、不信感だけでなく、怒りや憎悪の色が見えてるやつもいる。


「さすが……召喚聖女様……おみそれいたしやした……」


 ……ふむ。ジンはどうやら、私が召喚聖女であることも知ってるようだ。

 ジンは全てを諦めた様子で、うなだれている。


 周りには武装した兵士達がいるのだ。

 死を覚悟するのは仕方ない。


「排除します」


 ユーノはナイフを手に持って、斬りかかろうとする。

 アスベルも、相手が魔獣だとわかったからか、ユーノを止めなかった。


 彼はいいやつだが、しかし異世界人なのだ。

 魔獣は敵。


 この場の人間全てが、そう思っているなかで……。


「待て。話を聞いてやる」

「「……!?」」


 アスベル、そしてユーノも、驚いていた。


「せ、セイコ……? 相手は魔物……」

「魔獣だ。理性無き獣ではなく、言葉が通じる相手。しかも……こいつは人間に化ける力を持っていながら、私の前に姿をさらした」


 もしも私を殺すつもりなら、村人にばけて、暗殺するのがベストだろう。

 だが、そうはしなかった。つまり……敵意はない。


「なにか、事情があるのだろう? 効いてやる。話せ」

「あ、あ、ありがとうございます! なんと……お優しい……」


「まだ話を聞いてやるだけだ。いいからさっさとしろ。私は忙しい」


 そう言って、人狼ウェアウルフは話し出す。


「実は……あっしの娘が、大病を患ってしまったのです」

「娘が、病気……。どんな病気なのだ?」


「わかりやせん……。急に高熱を出し、倒れてしまいました。もう何日も寝込んでて、ドンドン衰弱していっております……」


 そう言って、ジンは自分が抱えていた【おくるみ】をスッ……と差し出す。

 小さな、子犬が、布に包まれていた。


 これは犬では無く、人狼ウェアウルフ

 幼い人狼ウェアウルフは、人間に変身する術を持っていないのだ。


 子供は、はあはあ……と浅い呼吸を繰り返している。

 私は子供の額に手を当て、白目を確認し、さらに歯茎の具合を見る。


「かなり衰弱してるな。このままだと命を落とすぞ」

「聖女様! どうか、お願いします! 娘を……どうか、娘をたすけてください!」


 ジンは、人間である私に治して欲しいと頼んできた。

 それを聞いていた周りの連中は……。


「だめに決まってるだろ!」

「そうだ! おまえらは危険な魔物なんだ!」

「なぜ人類の敵を、聖女様がなおさねばならぬ!」


 兵士達の怒りは、もっともだ。

 彼らは魔物に大切な仲間を、殺された経験があるのだ。


 人に優しいアスベル、基本常識人なサホも、兵士達をとめようとはしない。 

 ユーノなんてもう、私がとめなかったらこの人狼ウェアウルフを切ってすてていたところだろう。


 それくらい、この世界の人間は魔物に敵意を抱いてるのだ。


『『『おとっちゃぁん……』』』


 木の陰から、子犬が3匹、近づいてきた。

 ジンの側にぴったりと寄り添う。


「そいつらも、おまえの子か?」

「はい……四つ子なんです」

「ふむ……母親はどうした?」

「……この子と同じ病気で、もう随分と前に、死にました……」


 ……なるほど。

 ジンは、妻の死を知ってるからこそ、娘を救おうと必死なんだ。


 魔物が人間から忌み嫌われてるとわかっていて、自分が殺されるかもしれないというリスクを承知の上で……。


 死者すらよみがえらせる、治癒の力を持つ、聖女わたしにすがってきたの……と。


「お願いします! あっしは死んでもいい! 奴隷にして死ぬまでこき使っても良いです! だから……どうか、この子は! この子だけは、どうか!」


 ユーノ、そしてアスベルが私を見やる。

 私の判断を待っているようだ。


 ……ふぅ。


 目の前には、人狼ウェアウルフ。魔獣……人類の敵がいる。

 この世界の連中はこいつを助けないだろう。


 仕方ない。人類の敵として生まれてきたのが運の尽き。死ぬ運命を、受け入れるしかない。

 ……とでも、私が言うと思ったか?


「わかった。治してやろう」

「「「なっ……!? ホントですか!?」」」


 ユーノ、アスベル、そして……ジンが驚く。


「ああ」

「あ、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!!!!!」


 泣きながら、何度も頭を下げるジン。

 一方……ユーノは言う。


「私は反対です。治したあと、用済みになった聖母様を殺すやもしれません……」

「それはないな」


「どうして、そうきっぱりおっしゃることができるんですか?」

「目を見ればわかる」


「鑑定スキルですか?」

「違うよ。こいつの目は……アスベルと同じ目ぇしてるんだ」


 アスベル。つまり、親の目……。

 ジンに邪念はなく、ただ、子供を助けたい。その思いだけが、あった。


「恐れながら、皇后様。こいつは人類の敵……ですよ? 治す義理なんて、ないですよね?」


 ホサが、兵士達を代表して、彼らの意見を口にする。

 そこへ……。


「……セイコ様のすることを、黙って、みていよう」


 アスベルが、誰よりも先に、私の味方をしてくれた。

 それが嬉しくって……私は笑ってしまう。


「しかし陛下……相手は魔物で……」

「俺だって魔物は信じられない。サホの……兵士達の気持ちはよくわかる。が、俺はセイコを、信じてる!」


 ふっ……。

 アスベルめ。いい男じゃないか。


「ユーノも良いな?」

「…………聖母様の御身に、なにかあったときは、容赦なく切り捨てます」


 ナイフを持った手を、ぶらりと下げる。どうやらユーノもアスベルの言った、私を信じるって言葉を、受け入れたようだ。

 ……アスベル。おまえほんといいパートナーだよ。


「よし、ジン。娘を床にそっと寝かせてやれ」

「はい!」


 人狼ウェアウルフの少女をそのまま置く。

 何度も咳き込み、苦しそうにしてる人狼ウェアウルフの少女を見てると……。


 幼い皇子と、姿が重なる。……年齢はアンチと同じくらいか。

 もしもアンチが同じ風に、病で苦しんでいたとしたら……。


「大丈夫だ、絶対助けてやる」



 私は鑑定スキルで、少女の状態を見やる。


~~~~~~

名無し

【状態】

肺炎

~~~~~~


 ふぅうう……。

 良かった。


「大丈夫だ、治る」

「ほ、本当ですかい!?」


 ジンが歓喜の笑みを浮かべる。

 が、ユーノが冷たく言い放つ。


「恐れながら、治療は不可能だと思います」

「どういうことだ、ユーノ……?」


 アスベル【も】わかってないらしいのか、首をかしげる。


「魔獣には、治癒魔法も、ポーションも、効かないのです」

「なんだとっ? どういうことだ!?」


 アスベルにユーノが説明してやる。


「治癒の、聖なる力と、魔物の魔の力は、相反する存在。それゆえ、治癒魔法が効かないのです。ポーションにも聖なる力が入ってますので、同様に効きません」

「そ、そんな……! どうして!?」


「どうしてもなにも、それが……世界の理だからです」

「そんな……」


 アスベルの瞳には、この魔物の少女にたいする、同情の色が見て取れた。

 魔物だからと、最初は抵抗を見せていた。


 しかし……やはり人の子の親だからだろう。

 この子とアンチを重ねてみてしまって、同情してるのだ。


「ユーノ。おまえの言いたいことはわかる。が……そんなルール、私が否定してやる」


 私はアイテムボックスから、小さな錠剤を取り出す。


「錠剤……ですか?」

「ああ。これは、私が手自ら調合した、【薬】だ」


 ハッ……! とユーノが気づかされる。

 さすが有能執事。気づいたようだな。


 この世界のルールの、間隙に。

 私は人狼ウェアウルフの少女に、錠剤を飲ませる。


 すると……。

 カッ……!


人狼ウェアウルフの体が、光り出したぞ!」


 ざわ……と兵士達が驚く。

 光が収まると……。


「あ、あれぇ……? おとっちゃん?」

「娘よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ジンが、娘を抱き上げる。


「大丈夫なのか!?」

「うんっ」

「う、う、よ、よかった……よかったぁああああああああうぉおおおおおおおおおおおおおおん!」


 ジンが感動してるそばで、アスベルもまた、涙を流している。


「よかったな、おまえ……」

「はいっ! 聖女さま、ありがとうございます! 娘を助けてくれて!」


 アスベルは涙を流しながら、ジンの肩をポンポン叩く。

 一方、ユーノが頭を下げてきた。


「なんだ?」

「お見それいたしました。まさか……このような方法で、魔物を治療してしまうとは。すごいです」


 一部始終を見ていたホサが、私に問うてきた。


「皇后様。魔物をどうやって治療したのです? 治癒魔法も、ポーションも効かないのに」

「ああ、だから……私が自ら調合した薬を、飲ませたんだ」


「?????」


 ふむ……まだわからんか。


「魔物に効かないのは、ようは、魔力を使った治療法だけだ」


 治癒魔法もポーションも、聖なる魔力の含まれた治療手段だ。


「魔力を使わず、私は抗生物質を事前に作ってあったのだ」

「その……こーせーぶっしつ……とは?」


 この世界じゃ、なじみがないか。


「ばい菌を殺してくれる薬だよ。これに、私の能力、【効能上昇】を組み合わせたんだ」

「効能上昇……」


 薬の聖女がもつ、固有能力の一つだ。

 私が飲ませる薬は、通常の何倍もの、効能となると。


 機械文明じゃないこの世界で、手作りした抗生物質だ。地球のそれより、効能は落ちる。

 が、私が飲ませることで、地球の抗生物質よりも、遥かに高い効能を、薬に発揮させられる。


「なるほど!」


 アスベルが笑顔で言う。

 なんだわかったのか。


「さっぱりわからなかったですが、セイコが凄いから、魔物を助けられたってことですね!」


 ……ふぅうううううううう。

 ま、いいか。難しい話はこいつにも、周りにも理解できないだろうし。


「それで……その……聖女様。このあとですが……」


 ジンが、私に近づいてくる。

 ああ、そういえば好きにしていいって、言っていたな。


 ふむ……。


「よしおまえ。帝国で働け。おまえの娘、4つ子も全員だ」

「……!?」


 ぽかーん……とするジン。

 

「どうした? 好きにしていいって言ったのはおまえだぞ?」

「い、いや……で、でも……」


「なんだ、おまえの言ったことは嘘だったのか? ん?」


 ぽろぽろ泣きながら、ジンが頭を下げる。


「奴隷では無く、部下として、働かせていただけた……。その慈悲に、心から感謝をいたします! このジン・ローウェル、そして娘達が! あなた様と、帝国の未来のため! 精一杯働かせていただきます!」


 こうして、魔獣の家臣が手に入ったのだった。

 適性は……次調べれば良いか。

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