15話 素材が足りない
ミューネ・ウィル・バレンシアという人物を知る者に、彼女がどういった人物であるかと俺が問いを投げ掛けた時、誰もがその口を揃えてこう答える。
「怪物王女」
「怪物王女だろ?」
「おっと? もしかして、聞き込みってやつ? 怪物王女がまた何かやらかしたか?」
それが、バレンシア王国民に浸透した彼女を一言で表す事の出来る汚名であり、彼女の在り方そのものだ。
だが、そんな怪物王女について他に何かあるかと問いを投げ掛けた時、誰もが口篭り、その意見を違える。
彼女がどういった人物であるか、答える回答の幅の多さに誰もが逡巡してしまうのだ。
「破壊神?」
「同性愛者、かな」
「なら、変態ですね」
「一言で言うなら、変人ですかね」
この様になる。
その中でも、最も国民から声が上がったのがこれだ。
——魔法愛者。
魔法に対し絶対的な適正を持ち、魔力に対し絶大な親和性を持つミューネ嬢。
彼女は魔法に、魔力に愛されている。同様に、彼女も魔力を、魔法を愛している。
殆どの国民が二言目に紡ぐ、魔法愛者。その名に相応しいまでに、自作で魔道具を作ってしまう程に、彼女は魔法そのものを愛している。
愛しすぎて、人様の宝刀を無断で持ちだしてしまう程に。
「ウルカ嬢ちゃん」
「は、はひ! ……ど、どうされましたか? リューガ様」
厨房の掃除をしてくれていたウルカ嬢ちゃん。鼻歌混じりにせっせこ働いていたその背中に手を伸ばして、俺は彼女の名前を呼んだ。
その理由は——。
「そこに置いてた俺の刀、どこ行ったか知らねぇか……」
厨房に壁に備え付けられた棚、お花摘みに行く数分前にはそこにあった、今は無き相棒の所在を聞く為にだ。
俺が厨房から出る際、予め、ウルカ嬢ちゃんには刀に触れるなと念を押してある。だから、ウルカ嬢ちゃんはありえねぇ。
犯人は、俺の刀に興味があり、俺の顔を恐れない肝っ玉の座ったイカレ野郎だけ。
つまり——。
「そ、それでしたらミューネ様が……。え? リューガ様がご主人様に頼んだんじゃないんですか?」
予想的中。やっぱり、あいつだ。
「あぁ……。ミューネ嬢が何処に行ったか知ってるか……」
「ご、ご主人様でしたら、自分の部屋に……。て、ええええええええええええ!?」
居場所を聞いて、俺はすぐ様厨房から飛び出す。廊下へ繋がる扉の方からじゃなく、最短距離で目的地に迎える窓の外へと。
庭に出て、両足で大地を踏み締める。屈伸から己を上方へと射出する様に、一気に目的地である三階まで跳躍。
真下から、ウルカ嬢ちゃんの叫び声が聞こえた。
ビックリさせちまったのは申し訳ないが、生憎と、俺は今誰であろうと配慮なんて出来る優しさを持ち合わせちゃいない。
三階の窓を蹴破り、廊下を蹴って加速。そのまま、ミューネ嬢のいる最奥の部屋へと突っ込み——。
………………………。
………………………………………。
…………………………………………………。
……………………………………………………………。
「ん? そんな所で何してるの? リューガ」
三階最奥、第三王女自室。急いで一階の厨房からこの部屋へと駆け付けた俺は、約一分間、机上と向き合うミューネ嬢の姿を眺めていた。
その手の中、紅蓮の刀身を煌めかせる宝刀、俺の赤龍刀が粉々に砕かれるのをただ見ていた。
駆け付けた時には既に砕かれていたから、その光景があまりにも衝撃だったから、時が止まったと錯覚させられる世界で、ただ見ていた。
先祖代々受け継いで来た、俺の、宝刀が、赤龍刀が、砕かれるのを、ただ黙って眺めていた。
その蓄積された怒りが、いよいよ俺の中で爆発する。
「みゅゅゅねねねねえええええ!!!!!」
自分でも気づかない内に、俺はミューネ嬢に殴りかかっていた。
彼女の顔面に一撃。この身を焼き焦がす怒りを瞬足の踏み込みに乗せて、怒りのままに拳を振り抜く。
振り抜いて、カキンッ、と甲高い音が響き渡った。
「リューガ殿。今、貴方が拳を向けているお相手が誰であるかお分かりになっていますか」
「俺が、誰か分かってねぇでやってる様に見えんのかよ……ッ。サリーネ嬢ちゃんッ」
ミューネ嬢に俺の拳が届く寸前の所、サリーネ嬢ちゃんのナイフに俺の拳が防がれていた。
抜き身の剣と剥き出しのステゴロ。
だが、俺の拳は抜き身の剣でさえ斬れやしない。斬れやしないから、俺は力任せにサリーネ嬢ちゃんを押し切る事にする。
「どぅらぁあああッ!!」
「!?」
防がれた拳、それを全力で振り切る。サリーネ嬢ちゃんを部屋の隅まで吹き飛ばし、直ぐに俺はミューネ嬢の首にこの手を伸ばす。
「——五月蝿いよ、リューガ、サリーネ」
■■■■■■■■■■■
「……あ?」
気づいた時には、世界がひっくり返っていた。
否、世界がじゃなく、俺自身がひっくり返っていた。
眼前、逆さまに映る銀髪の少女の姿。目の前の怪物王女に、俺はひっくり返されたのだ。
「ちっ」
頭と地面が接触する直前、俺は地に手をつき、逆さまになった体を飛び起こす。
結果、扉前まで後退り、今もなお加速し続ける怒りを滾らせて、俺は再び目の前の真剣な横っ面を睨んだ。
「五月蝿いじゃねぇんだよクソがッ! テメェが今してんのはなぁ、俺の尊厳を踏み躙る行為そのものなんだよッ! 殺されたくねぇなら、とっとと元に戻して返せやッ!」
「……それは、少し気になる提案だね。時間があれば乗りたい所だけど……これ、少し調整が細かくてね。またの機会にお願いするよ」
「あぁ? 調整だぁ?」
聞き捨てならない言葉が聞こえて来て、俺は怒り混じりにミューネ嬢を問い質す。
「うん。そう、調整……。さっきお腹空いて厨房に行ったんだけど、つい目に付いちゃってね。リューガ、この刀に触らせてくれないじゃん? ずっと気になってたし、この際にって思ってね」
「当たり前だろうがッ。テメェに触らせるぐれぇなら、サリーネ嬢ちゃんに触らせるッ」
長年警戒し続けていた事実。今日、その選択が正解だったと気付かされた。
俺がミューネ嬢に赤龍刀を触らせなかったのは、今みたいな事態を招きたくなかったからだ。
「それは光栄な話ですね。でしたら、ミューネ様が今触っている事実を私が今触れている、という事実に……」
「サリーネ嬢ちゃん、ちょっと黙っといてくれ……」
「二人共、仲いいね。最初はあんなに仲が悪かったって言うのに……。私は嬉しいよ」
「けっ。昔は昔、今は今だ。で? 調整っていうのは一体何の話だ」
サリーネ嬢ちゃんのお陰で、少しは頭の熱が冷えて来た。
一応、こんなでもミューネ嬢は考えなしに行動する質じゃない。口振り的にもその様子が伺える。黙って俺の宝刀を持ち出した点に関しちゃ処刑に値する所業だが、後は、調整について聞いてから決める。
「これ……えっと、なんだっけ。赤龍刀だっけ? リューガは魔力に対して適正ほぼ〇に近いから分かんないかもだけど……」
喧嘩売ってのかな?ぶっ殺していいかな?こいつ……。
再点火する怒り。拳を握り締めて、なんとか堪える。
「これ、魔道具の類なんだよね。正確には、魔道武具とでも言えばいいかな」
「……は? 赤龍刀が、魔道具?」
父から、そんな話は一度も聞いた事がない。先祖代々受け継いで来たとされる赤龍刀。父から俺に受け継がれる際に語られたのは、〝万の龍を斬り、その血が染み付いた刀〟だという話だけだ。
いや、ちょっと待て……。一つだけ、推測にしか過ぎないが、可能性としてありえるかもしれない。
もし、家の家系が代々、魔法への適正が〇に近い血筋であるのならば、それが魔道具の類である事に気づけない、そういったケースも十分にありえる。
「そう。魔法的な術が組み込まれた道具、つまり魔道具。赤龍刀にもその魔法的な術が組み込まれているんだ。今、分解しているのがそれだよ」
「……分解? 粉砕の間違いじゃねぇのか……」
目の前にあるのは、粉々に砕けた赤龍刀の破片だけだ。どれが分解した魔法の術?。
「——三十六万二千四百二十五個。この破片全部だよ」
「……は? 三十六……え? 何?」
「三十六万二千四百二十五個。それが赤龍刀に組み込まれてる魔法的な術の数だよ」
「…………」
真剣に、淡々と、作業を続けながら答えてくれるミューネ嬢。
いつもなら、魔法に関して全く知識のない俺からして見れば全く訳の分からない、ちんぷんかんぷんな話だと切り捨てる所だ。
だが、しかし、そんな魔法知識皆無な俺でも、これだけは分かる。
——普通の魔道具に、そんな途方もない数の魔法的な術は組み込まれていない。
良くて五つ。それが、この世界に出回っている魔道具に備わっている魔法的術で、常識だ。
そんな理解の及ばないまでに凄まじい刀が、ずっと俺の手の中にあった。
その事実に、今まで赤龍刀と過ごして来た思い出が次々と俺の頭の中に浮かび上がって来た。
ある時は糸を付けて釣竿の代わりに——。ある時は物干し竿代わりに——。ある時は鍋蓋を取る便利アイテムに——。ある時は痒い背中に手が届かない時に使い——。
「…………」
ぶわっと、一気に全身から嫌な汗が吹き出た。
「よし、リューガ! 素材採取に行こうか!」
心身共に異常を来たし出す俺。そんな、気が気でない俺の心中を他所に、いきなりミューネ嬢が声を上げる。
素材採取に行こうか。俺は、ミューネ嬢が言ったその言葉の意味が理解出来ず、間の抜けた声で聞き返した。
「ふぇ? 何でいきなり素材採取?」
「素材が足りない!」
との事です、はい。
王族でもド稀な怪物王女 ただのしかばね @yagiriyu
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