14話 恋敵はゲテモノスープで


「……もう、無理……。レノン……私、もうあそこに行きたくない……」

「だから、言っただろう……。この仕事は、そんなに甘くはないと……」


全ての階の清掃が終わり、従者の溜まり場になっているらしい厨房へとやって来た私とレノンは、満身創痍の姿で机に突っ伏していた。

何があったのかは、言葉で形容するには理解出来無さ過ぎて難しいです。ただ、これだけは言えます。


——地下一階は、地獄そのものでした。


二人揃って、机に伏せた顔を上げられません。


「ご苦労さん。ほれ、これでも食べて気力つけな」

「いつもすまないな、リューガ・オルクレン。助かる……」

「リューガ様。ありがとうございます……」


カチャんと、二つのお皿が目の前に置かれます。

厨房の主であるリューガ様。何やら、私とレノンの為に作ってくれたみたいです。

怖い顔とは裏腹に、優しい……。


「……げっ……」

「な、何ですか、これ……」


何とか体を起こした私とレノンの前、そこにはおぞましい光景が広がっていました。

緑、紫、茶、黒。食べ物にあるまじき色の組み合わせの、グツグツとお皿の上で煮え滾るドロドロの液体。

固形物はありません。スープ、なのでしょうか……。


「俺様特製、人体回復スペシャルスープだ! やっぱり、疲れた体にはこれが一番だろ?」

「何故、今日に限ってこれを出す……」

「何言ってんだ。今日だからこそだろ? 初日は辛いからな。ウルカ穣ちゃんには体にいいもん食って元気だして貰わねぇと」

「そうは言うが、こいつのは味はかなり……。て、おい!」

「おいおい、嘘だろ……」

「ぷは……っ」


お皿を両手に、私はスープを一気に飲み干しました。

リューガ様とレノンはびっくりした顔をしていましたが、せっかく私の為に作ってくれた料理です。無碍には出来ません。

とはいえ、少しズルは使ってしまいました。


「……適応魔力か」


流石に、レノンには気づかれちゃいました。

魔力を別の物に変換する私の魔力、唯一化魔力。五つある変換の中で唯一の例外で、これは自分自身に施します。


——適応魔力。


これは、自身の体の中にある魔力を適応魔力に変換し、あらゆる状態異常、怪我、環境に適応する体に作り替える事ができます。

今回の場合は、味への適応ですね。


「ウルカ穣、俺はお前を気に入った! レノンとは大違いだ。初日、此奴はこれ食って吐きやがったからな」

「……そんなにあれなの、これ……」


薬草を使った薬にも精通しているレノン。

そんな、レノンでさえ吐き出してしまう味って一体……。


「しょうがないだろ……。栄養ばかりを重要視しているせいで、材料は薬草や根っこ、苦味の塊だ。こんな物は、ただの雑草の詰め合わせでしかない。我なら、もっとマシな物を作る」

「ほぉ? 屋敷の調理人に対して喧嘩は売るとはいい度胸だな? レノン。飯抜きにすんぞっ」

「それは困る。謝罪するから許せ」

「上っからだなぁ~、おいッ。俺の作るもんを愚弄したんだ。調理人に対して謝罪すんなら、それ全部飲むってのが筋ってもんじゃねぇか? なぁ、レノン?」


口は災いの元なり。高圧的なレノンの性格が災いし、リューガ様を怒らせてしまいます。

机を背に身を引くレノンと、お皿を手に追い縋るリューガ様。何か、私の中で別の扉が開いてしまいそうです。

私は、目を覆った手、指の隙間からその光景を覗き見ます。


「……っ」

「ほれほれ、どうしたよ? レノン。俺が飲ませてやるって言ってんだ。とっととその口開けろや」

「……退け。一人で、飲める……っ」

「遠慮すんなって。てか、このまま口開けねぇと飯抜きだぜぇ?」

「ぐぅ……っ」


そう言われて、レノンは渋々その口を開けました。

にやりと笑うリューガ様。レノンの顎先に手が添えられ、その小さなお口にスープの入ったお皿が触れました。

お皿が傾けられ、レノンの口にスープが流し込まれ——。


「おえええええええ……」


全部飲み干した後、レノンは口からスープをぶちまけてしまいました。


「上出来だ。飲み干しただけでも大したもんだ。こんな不味いもん、俺は死んでも飲まねぇがな」

「ふ、ふざけ……うっ。おろろろろろろろ……」


がははと、レノンが地に突っ伏す姿を眺めながら高笑いを上げるリューガ様。

本当に、どれほどの味なんでしょうか……。


「普通はこうなるんだぜ? これ飲んで平気な顔してるやつなんざ、ミューネ穣、そしてウルカ穣ちゃんくれぇのもんよ」

「ご主人様も?」

「あぁ。……まぁ、あいつの場合、絶対ズルしてるがな。口の中に亜空間でも開いてんじゃねぇか?」

「流石にそんな器用な事……。ありえますぇ……」


王城……というよりご主人様が開いた亜空間、そこで受けた拷問の数々を思い出して、私はそう結論を出す他にありません。

ご主人様には、不可能なんてない気がします。


「だろ? まぁ、別に良いんだけどよぉ……。体に良い事は保証するが、こいつは面白半分で作った失敗作だからな」

「そうなんですか?」

「と言うより、レノン専用の料理だな。此奴が来た初日、あまりにも上からな態度に腹が立ってよ。懲らしめる意味で、昼飯に出す料理を厨房にあったありとあらゆる薬草をぶっ込んだ薬草スープにしてやったんだ」

「それで、戻してしまったんですね。さっきの話と繋がりました……」

「そういうこった」

「……おい、ふざけるな……っ。初耳だぞ……っ」


青ざめた顔を上げるレノン。どうやら、初めて聞いた話だったみたいです。


「そりゃ、言ってねえもん。言ったら、お前に食わす口実が無くなっちまうじゃねぇか」

「性格が悪いぞ、リューガ・オルクレン……っ」

「知ってる。そして、俺はそんな俺の性格の悪さを気に入ってんだ。——だから、今話したんだぜぇ?」

「なに……?」

「レノン。聞いた話じゃ、お前はウルカ穣ちゃんを妹の様に可愛がっているそうじゃねぇか」

「え……」

「まさか、貴様……っ」


何故か、私をちらりと見たリューガ様。その意味を私が理解するのと同時に、レノンもまたその意味を理解します。

一難去ってまた一難。自分の仕出かした事の重大さをこの瞬間、私は痛いほど痛感しました。


「ウルカ穣ちゃんが食べるなら、兄のお前が食わない訳には行かないよなぁ?」

「「…………」」


ちらりと、レノンが私を見た気がしました。

私は、レノンの顔を見れません。


「これからも楽しみだなぁ。いっぱい食べてくれよ? レ・ノ・ン」


リューガ様の語尾に、ハートのマークがついている気がしました。

私は、どうやら前言撤回をしなくちゃ行けません。リューガ様は優しくなんかありません。


——私の恋敵です!。

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