13話 従者の朝は早い


私は魔王序列第三位、〝破滅の魔王〟ウルカ・バーテルテェインです。

一応、これでも三百年以上を生きる元人間です。その点に関して、レノンとは少し境遇が似ているかなと思います。

ですが、私はレノンみたいな魔法への探究心、それを物にするまで長い年月を掛ける辛抱強さなんて物は持ち合わせちゃいません。

私の強みは、魔力を変化させてしまう私の魔力にあります。変化は全部で五つ。

一つ目は、ご、ご主人様とそのお父様の前で使った——重力変換。

簡単に言うと、私の魔力に触れた魔力を重力に変えます。付け加えて話せば、重力に変化した魔力に触れた物体はその時点でペチャンコになります。対策として、私の魔力を奪ったり、それを媒介に魔法を使ったり、と思いつく方法は多くあると思いますが、そういった穴は私の魔力にはありません。勿論、重力に変換した魔力も誰にも扱えないです。


——唯一化魔力。


それが、私が魔王なんて分不相応な者に選ばれた要因であり、故郷の村の人達、お母さん、お父さん、大切な人達から蔑まれる切掛けとなった呪いです。

私に優しく笑顔を向けてくれていた人達の、人ならざるモノを見る目は今もこの目に焼き付いています。

水責め、火炙り、ギロチン、皮剥、爪剥ぎ、吊し上げ、電気ショック、鞭打ち、虫責め、内蔵えぐり、指締め、焼きゴテ。

その殆どを、私のお母さんとお父さんが行っていました。

どれだけ泣き叫んでも、どれだけ命乞いしても、お母さんとお父さんは私の言葉になんて耳を傾けず、私を殺します。

ですが、私にそれが許される事はありません。私の魔力が私の死を拒み、死を生に変換してしまうから。

だから、何度も殺されました。

「お前は悪魔の子だ!」「早く死んで! 私の前から消えて!」「お前を殺せば、俺達から悪魔が産まれたなんて事実は消えて亡くなる」「何で死なない!」「早く死ね!」

「死ね!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」


——「死ね!」。


そう、何度も言われました。

味わった苦痛がどれだけの年月に及んだのか、意識なんてものは殆どなくて記憶には残っていません。

ただ、数え切れない程の苦痛に苛まれた事だけは確かで、あの日、レノンが私を見つけてくれなければ、私は今もあの拷問部屋の中に閉じ込められたままだと思います。

だから、私を助け出してくれたレノンにはどれだけ感謝しても足りない恩があり、今回の一件でもまた、私はレノンに返さなければならない恩が増えてしまいました。


「早いな、ウルカ」

「レ、レノン!」


親の声よりも鼓膜に染み付いた、優しい声。

振り返り、私は私をそう呼んだレノンに笑顔を浮かべます。というより、レノンの前では自然と笑顔が浮かんでしまうのです。


「……ふむ。良く似合っている」

「あ、ありがとう……。れ、レノンも……そ、その……良く似合ってます……」


昨晩、サリーネ様から頂いたメイド服を着た私の姿にレノンが賛辞をくれました。嬉しい。

で、でも、レノンの執事姿の方がめちゃくちゃ似合っていて、もう……。


「好き」

「ん? ……あぁ、メイド服がそこまで気に入ったのか。まぁ、確かに、可愛いとは思う」

「か、可愛い……」


鈍感レノンのアンポンタン!。つい口から滑らせてしまった好意ですが、レノンは全く気づく素振りがないです。

昔からそうです。レノンへの愛が溢れてしまう事があっても、レノンは私を子供扱いして気づく気配がないのです。

確かに、レノンの方がずっと年上ですし?レノンと出会った当時の私なんて十歳そこらですから?私を子供として扱ってしまう気持ちは分からなくもないですが……。

私、もう三百六十三歳ですよ、レノン!。


「あら、お二人とも早いですね」

「サリーネ・ウィントン」

「さ、サリーネ様」


廊下で団欒する私とレノン。そこに、サリーネ様が合流します。


「ウルカ殿、昨晩は良く寝られましたか?」

「は、はい! 疲れていたのもあると思いますが、ベットの寝心地が良過ぎてそれはもうぐっすりと!」

「……ふむ」

「え、えっと、どうかされました? サリーネ様」


何故か、サリーネ様の視線が私の胸に……。同じ女性でも、そうまじまじと見られると恥ずかしいものが……。


「リボンが曲がっています。これから貴方もミューネ様に仕える従者なのですから、身嗜みには気おつけるように」

「は、はい。すいません」


どうやら、胸を見ていた訳では無いようです。胸に手が伸びてきた時はビックリしましたが、曲がったリボンをサリーネ様は直して下さいました。


「何処か、きつい所はありませんか?」

「い、いえ……。あ、強いて言えばこのプリムですかね。私、角があるので上手く付けられなくて……」

「確かに、これでは無理やり押し付けている様なものだな。プリムが歪んでしまっている」

「……少し、拝借しても?」

「あ、はい。どうぞ」


レノンとサリーネ様の視線が私の頭に集中します。今朝、身支度を整える際に無理やりつけてきたせいか、どうやらグチャグチャになっている様です。

何か思いついたらしいサリーネ様に、私はグチャグチャになってしまったプリムを外して手渡します。


「て、サリーネ様!?」


手渡して直ぐに、メイド服のポケットから小刀を取り出したサリーネ様がプリムの両端、その中心を勢い良く切りつけました。

そして、私は気づいてしまいます。


「ふむ。よく思いつくものだ」


どうやらレノンも気づいたらしく、その斬新な解決方法に私も目を見張ります。

リボンを直してくれたのと同じ様に、サリーネ様が改造プリムを私に付けて下さいます。


「こうしてしまえばクシャクシャにならずに済みますし、割いたプリムの端で角を一周し、ピン等で止めて固定すれば落とす心配もないでしょう」

「……す、凄いです! サリーネ様!」

「い、いえ、そんな事は……」

「謙遜するな。本当に凄いと思うぞ。直ぐに思いついたにしては利便性も機能性も申し分ないものだ」

「そ、そうですか? ま、まぁ? 私はミューネ様の側仕え兼、ミューネ様の一の従者なので当然の事です」


厳格な方だと思っていましたが、それだけでは無いようです。

サリーネ様の照れた姿は、グッとこの胸に来るものがあります。可愛い。


「と、そろそろ時間です。ミューネ様からはウルカ殿に色々教える様にと言われていますが、その任をレノン殿に一任します」


でも、やっぱり、厳格な方な様です。照れ顔から真顔への切り替えが早すぎて、少し怖いものがあります。


「お二人は以前からお知り合いの様なので連携が取りやすいでしょうし、レノン殿は屋敷全体の清掃を担っていますので、その分担が出来るのならレノン殿にとっても助けになるでしょう」

「了解した」

「りょ、了解しました!」

「では、屋敷の事はお願いします。私は、ミューネ様を起こして参ります」


的確な指示。それにレノンと私は応えて、サリーネ様は何故か嬉々とした表情でご主人様の自室へと向かっていきました。


「よし、我等も己の仕事を始めよう」

「うん! 私は何をすればいい?」


レノンが廊下を歩き出すのに合わせて、私はレノンの隣りを歩き出します。


「我に任されているのは、三階から地下一階の清掃だ。ウルカにはその手伝いをして貰う。基本的に魔法での清掃になるが、その点に関する魔法は覚えているな?」

「勿論、覚えてるよ。クリア、アクア、ドライ、この辺りだよね?」


レノンが最初に教えてくれた魔法がその三つです。忘れる筈がないです。


「そうだ。加えて、重量操作で物を浮かしながら並行すると効率的に行える」

「うん。参考にするね。注意点とかって何かある?」

「そうだな……。名の刻まれた札がある部屋は放置で構わない。三階の主の部屋、二階の我ら従者の部屋の事だが、己の部屋は己で、だそうだ」

「それだけ?」

「まぁ、そうだな……。後は、買い出しがあったり、週に二回の庭の手入れなどがあるが、それは明日だ。一応、一日の流れは屋敷の清掃のみだな」

「なるほど……。思ってたより、簡単なお仕事だね」


屋敷の広さ、部屋の数とその広さ、廊下の広さを計算に入れ、清掃箇所とそれに適した清掃方法を凡そ推測。そんな感じで、一通りの流れを頭の中で思い描いてみました。

結果、私はこの仕事を簡単と、そう評さずにはいられませんでした。

一応、これでも魔王です。魔法の扱いに関して言えば、常人の何百倍も優れています。何せ、魔王ですからね。

そんな、魔王が二人。手を使わず、魔法のみで、廊下を歩きながら全ての部屋の清掃を完璧に仕上げる事が出来るでしょう。恐らく、半刻も掛からないのではないでしょうか。

それなのに——。


「…………」


私がそう言うと、何故かレノンの顔が引き攣りました。


「生憎と、そこまで甘くはないぞ、ウルカ」

「……え」


嫌な予感がしました。

怪物王女……ご主人様の顔が私の脳裏を掠めます。


「三階から一階までは問題ない。だが、最後の地下一階だけは特殊だ。あの主の実験場……それが何を意味するか、貴様に分かるか?」


そう、私は何も理解していなかったのです。

怪物王女と呼ばれるご主人様の趣向を。実験場と呼ばれる地下一階の事を。

この後、私に待ち受けているモノの正体を知るまでは、まだこの楽観的な考えは抜けませんでした。

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