いつか、またね。

１０

「……桜。綺麗だな」舞い散る桜を見て実が言った。

「え？」

　その実の言葉に驚いて、咲はその足を止める。

　桜の舞う風景の中で、そっと花村咲が立ち止まった。「……どうした？」少し歩いたところで、咲が桜並木の道の途中に立ち止まっていることに気がついた実がそう言って後ろを振り向いた。

　すると咲はとても驚いた表情をして、宮森実のことをじっと見ていた。

　そんな咲のことを見て、あのときの俺は、きっと、こんな感じだったのかな？　（こんな感じに花村には俺が見えていたのかな？）と実は思った。

「……宮森。あんたもしかして最初から気がついていたの？」咲が言う。

「なんのこと？」実は言う。

「……なんのことって、あなたね」

　咲はそう言って、数歩だけ実に近づいたところで、またその足を止めた。

　二人の距離は、まだ少しある。

　その距離を縮めたのは、花村咲ではなくて、宮森実のほうだった。実はゆっくりと歩いて、花村咲のところまで移動をした。

「花村」

　咲を見て、実は言う。

「なに？」

　桜の舞う世界の中で咲が言う。

「最後にもう一度だけさ、お前の好きな相手が誰だか、当ててもいいかな？」実は言う。

「……自信あるの？」（咲はちょっと怒っている）

「あるよ」実は言う。（あるに決まっている。いくら鈍感な俺だって、花村の涙を見れば、それくらいの答えには気がつくことができる）

「……いいよ。当ててみて」

　少し照れた顔をしながら、咲は言う。

「そいつの名前は……」

　そう言って、実は花村咲の恋をしている相手の名前をはっきりと（花村咲の耳に聞こえるように）口にした。

　世界に春の暖かな風が吹いた。

　その春の風の中にその実の言葉は、舞い散る桜の花びらと一緒に、溶け込んで、二人以外の誰の耳にも届くことは決してなかった。

　いつか、またね。　終わり