第2話

 どれだけの時間、そこに居ただろう。キシリオは長い瞑想から覚めるように目を開けた。


 その瞬間、バタンと魔王城玉座の間のドアが開いた。


 はあはあと息を切らし長い黒髪も揺らして現れた、その褐色肌の少女に……キシリオはどこか既視感を覚えた。


 そして、よく通る声で、しかし悲痛な響きを以てして、この場の長い……長い静寂を破った。


「貴方は……何者ですか。私は勇者ヘラリスと魔王サタン・ジークヘリッジの戦いの助力に……」

「ああ、それなら今終わったところだ。俺はキシリオ・ジークヘリッジだが、貴様は――」

「私はツェリ――お、終わった!? なら、魔王は……!」

「見て分からないか? これが結末だ」


 キシリオの周囲に転がるのは魔王サタンと勇者ヘラリスの遺体。どちらも血と魔力を失い、外部から動かす事も叶わないほど堅く、冷たくなっていた。


 ツェリと自分を指した少女はキシリオを押しのけるようにヘラリスの遺体にかけより、華が咲いたような瞳からボロボロと雫をこぼした。


 その毛先が緑に染まっているのを見て……なるほど、彼女がヘラリスの娘か、とキシリオは感づいた。


 ――んん? この緑の毛先か? オシャレだろ、うちの家系だけなんだぜぃ?


 いつかの声が、どこかから聞こえてくるようだった。


「そんな、父様……父様!」


 自分の服が汚れる事も構わず、その栄誉ある傷跡に涙を染みこませるツェリの姿を見て、キシリオはようやく親子の情というものを理解した気がした。


 やがてその濡れた瞳は、キッと強気になってキシリオを睨む。


「なぜ、なぜ貴方だけが無傷なのですか!?」

「俺は不参加だったからな。それくらい分からないか? それとも、二人の決闘を邪魔しろとでも?」

「何が決闘……邪悪なる魔王を倒す味方をするか、邪悪のままに魔王に味方するか、それしかなかったはずでしょう! 今さっき、この場においては!」


 彼女の慟哭に、キシリオは何も言い返せなかった。いつもの悪態も軽口も出てこない。


 それは出会ってそうそう糾弾されたからなんて理由ではない。ツェリの言葉はまさしく正論だったからだ。


「俺は……どちらでもない。ただの、傍観者だった」


 二人の決闘は相打ちに終わった。なら、もしキシリオがどちらかに味方していれば……なんて「たられば」を言っても仕方ないが、そう考えざるを得なかった。


「キシリオ・ジークヘリッジ……つまり、貴方は魔王の息子ですか?」

「そうだ。貴様は勇者の娘か」


 問いには応えず、ツェリはすっと剣を抜く。その構えはなるほど、ヘラリスによく似ていた。


「魔を討ち滅ぼすが勇者の血……はあああっ――!」


 驚異的な脚力と勇者らしい太刀筋の切り上げ、それは首を見事に刎ねた……はずだった。


 彼女の怒気と威勢はよかったが……相手が悪かった。


「まだ甘いな、勇者の娘。やはり、ヘラリスほどの腕ではなかったか」

「そんなっ……」


 ツェリの剣はキシリオに届いたかと思いきや、ポキリと折れてしまった。勇者の娘が扱う剣だ、相当な名剣だったことだろう。だが、そんなもの、キシリオの前では関係ないのだ。


「改めて、俺の名はキシリオ・ジークヘリッジ。『反射』の魔だ。いかなる攻撃も、俺には通じん。そして、貴様の八つ当たりに付き合う気もない」


 反射。それは魔族キシリオに備わった魔力。無意識だろうと何だろうと全てを跳ね返すという力。


 だが、それは勇者ヘラリスにだけは通じなかった。そう、彼は痛みというものさえも教えてくれたのだ。


 なのに、という思いがキシリオの胸の中に湧いてくる。


「そんな、そんな力がありながら……どうして、何もしなかったのですかぁ!?」

「何もできなかったのは、貴様も同じではないのか? 共に勇者を殺した者として向ける矛先が見つかればよかったか? それとも、親殺しの汚名と共に死んでいけと?」


 キシリオはただ傲慢に一方的な苛立ちを向けてしまうが、ツェリはそれでも怯まず彼を睨み続けていた。


 お互いにとってお互いが親の仇。そんな二人の出会いは、最悪そのものだった。

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残虐非道な魔王の息子に生まれながら勇者と親友になってしまい正義の心が芽生えた結果……~英雄願望のある俺がどうあがいても敵役になってしまう話~ 牧野さくもん @Makinosan1211

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