残虐非道な魔王の息子に生まれながら勇者と親友になってしまい正義の心が芽生えた結果……~英雄願望のある俺がどうあがいても敵役になってしまう話~

牧野さくもん

第1話

 魔王の息子、キシリオ・ジークヘリッジは回想していた。父が自分の親友に殺されるまでの全てを。


 ◇


 ――あれはそう、親友ヘラリス……齢57にして歴代最強勇者と謳われた男と出会ったのは十年前のあの日だった。


 紫混じりの黒髪をした少年、キシリオを蹴飛ばしたヘラリスは唐突にこう尋ねたのだった。


『よう、魔王ってのはここにいるのかい?』

『……何だ貴様は。なぜ人間ごときがこの魔王城に居る?』


 すぐに切り捨てなかったヘラリスも大人だったが、当時8歳の魔族であったキシリオの言葉遣いも大概なものであった。


『何、この地に住む魔王をぶっ倒しに来たのさ。お前さんは、息子かなんかか?』

『アレの遺伝子を受け継いでいるという意味ではそうだな。要件がそれだけなら、とっとと殺されて来い』


 その言葉にヘラリスはきょとんとし、大笑いした。彼にとって他人はからかうものであり、嘲笑されるとは思ってもいなかったのだ。


『少し話そうぜ、魔王の息子よ。お前さん、名前はなんていうんだ?』


 それは本当に、奇妙な出会いだった。


 ◇


「……坊、……キシ坊!」


 呼ばれて、ハッとした。キシリオは自分が十八歳の肉体であることを確認し、無感情に……いや、少しだけ懐かしい気持ちと共に酒をぐっと喉に流し込んだ。


 目の前にいるのは、いつものごとくヘラリスだ。先端を緑に染めた白髪と灰色のヒゲを蓄えたその男と、キシリオは酒を酌み交わしていたのだった。


「なんでい、もう酔っちまったのか? お前さんらしくもねえ」

「いや、少し昔の夢を見ていただけだ。ただの人間に出会って早々夜明けまで酒の肴にされて、挙げ句の果てに十年間稽古と馬鹿話を続けた日々の事をな」

「はっはっは! そいつぁ幸せな夢だったろうぜい。あーあ、あんなに小っこかったキシ坊がもうこんなになっちまってなあ」


 ヘラリスは手の中にある小樽を揺らし、アルコールの匂いと共にため息を吐いた。


「魔族といえどある程度は成長もする。その程度も分からん脳みそをしていて、勇者をやっていけるのか?」

「お前さんのその減らず口だけはどれだけ痛めつけてやっても直らんかったなあ……大体、お前さんは勇者ってもんを神格化しすぎだ。ま、オレを見ていちゃ仕方ねえだろうがなあ」


 ヘラリスの言葉の意図はキシリオにはいまいち伝わっていなかった。何故なら、キシリオにとってヘラリスは唯一勝てなかった人間であり、何より魔族の考えにはない正義の心を持っていたからだ。


 魔族なんてものは自分がよければそれでいい、他者など蹂躙してこそだ、なんて頭しかない。


 だが、ヘラリスは違った。他人を思いやり、世の中のために巨悪を倒そうとする信念があったのだ。


「俺は貴様だけは認めている。と何度言わせれば気が済む? 他人を褒めるのは趣味じゃないのだが」

「はっは、そうだった。そうだったなあ……何、最期と思うとつい酒とボケた話が進んじまうぜ」


 そんな、いつも通りの口調の中に見過ごせない言葉があった。


「最期? 貴様が死ぬわけがない。また父となあなあの喧嘩をして帰るだけなのだろう」

「あのなぁ、こっちは真剣に殺しあってんだぜぃ? それに、オレももう歳だ。いつまでもこんな事続けられねえ……現役最後の殺し合いだ。今回は、どちらかが死ぬまでやるつもりだ」


 その言葉に嘘はない。それが分かってしまったからこそ、キシリオは黙り込んだ。


「父を殺すか、ヘラリス」

「それか、オレの方が死ぬかもなぁ。ま、どっちにしろお前さんとの飲みも終わりってわけだ」

「はっ。ようやく唯一の脅威が去るわけだ。俺にとってこんな良い話は無いな」


 キシリオはいつものように悪態を吐く。その顔には一抹の寂しさも見えない。だが、ヘラリスは笑っていた。


「おうよ、じゃあ行ってくるぜぃ。じゃあな、キシ坊」

「……ヘラリス」


 立ち上がり、背を向けるヘラリスに向かってキシリオは何の感情も乗せず、ただ事実を述べた。


「貴様と飲む酒は、美味かった」

「……へっ、当たり前だ」


 彼は振り向く事もなく、手を振って魔王城へと進む。魔王を守る軍勢はとっくにこの勇者ヘラリスに殺されている。魔の玉座まですぐだろう。


「……俺がすべき事は、何も無いな」


 そうしてキシリオは、飲みかけの酒瓶を半分だけ飲み干し、残りをヘラリスがいつも座っていた岩にトクトクと注いだ。


 何の意味があるわけでもなかった。ただ、キシリオにとってヘラリスは全てだった。


 必要も無い修行をさせられて、力をくれた。読みたくもない本を音読され、知識を授けてくれた。欲しくもなかった、情を教えてくれた。


「……そんな人間を、俺は何と記憶しておけばいいのだろうな」


 それだけが、分からなかった。


 ◇


 そして、一時が経ち――決着はついたらしい事をキシリオは察した。城の中にあった大きな魔力二つが、同時に消えたのだ。 


「っ……!」


 その瞬間、思わずキシリオは走り出していた。城の上階へ。父と親友のいるそこへ。


 そこに倒れていたのは二人……もう、生命の気配は感じない。


「相打ち、か。久しぶりに見る父の顔が死に顔とはな。中々皮肉が効いている」


 そう呟きながら、キシリオは何を考えるでもなくヘラリスの元へ歩いて行った。すると、ヘラリスにはかすかに息が残っている事に気づいた。


 とはいえ、もう……数十秒の命だろうが。


 ヘラリスは傷と火傷にまみれたひどい顔で、だがいつものように笑って見せた。


「ああ、キシ坊……わりぃな。俺はここまでみてぇだ」

「死ぬのか、ヘラリス。思えば、父より貴様といる時間の方が長かったな」

「そうか、なら……頼みを聞いちゃくれねえか。心残りが、少しだけある――俺の娘を、頼んだぜ……」

「……死に際とはいえ、俺は軽い約束はせんぞ」

「そして、今後の人類の未来と玉座と失った魔族達の争いと、うちのペットの世話を……」

「はっ、ヘラリスらしい。後生の頼みとはいえ強欲過ぎるだろう」

「あっはっは……何、じょう、だ……ん――」


 彼の言葉は、最後までは聞こえなかった。ヘラリスは、彼らしく生き、彼らしく死んだ。巨悪の根源である魔王を殺し、その使命を果たしたのだ。


 なら、キシリオはそんな時に……何をしていた? いや、何もしていない。何もしなかったのだ。


 それを悔やむでもなく、キシリオは立ち上がり血の匂いが立ちこめる部屋の中で決意した。


「……冗談だなんて、聞こえなかったな。なら、任されよう。貴様の思い残した事、全てを」


 そう、彼は軽い約束はしない性質だった。

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