前世ルーレットの罠 〜High Speed Roulette〜

下東 良雄

最速の復讐者

 週末、夜明け前。

 都心のビル群に響き渡るエキゾーストノート。そして、赤い光を残しながら闇夜を切り裂いていく鋼鉄の駿馬たち。

 ここは無名の走り屋たちが最速を競い合う首都高速環状線。関東一円の腕自慢が集う非合法な公道サーキットだ。


 そんな環状線を一台のR35 GT-Rがゆっくりと流している。

 環状線で無敗の男・ヨシキ。通称「死神」。

 彼が駆る800馬力までチューニングされた銀のGT-Rは王者としての風格が漂い、彼の腕を知っているものは、誰ひとりとして彼に挑もうとはしなかった。


 いや……二十年前、彼に挑んで黒星をつけた男がいた。

 ブリッジポートにビッグタービン仕様、600馬力のFD(RX-7)を駆るキリトだ。

 絶大な馬力と電子制御された4WDシステムを駆使して暴力的に走るヨシキのRに対し、ピーキーながらも高回転をキープしつつ、軽量なFDならではの鋭い走りを見せるキリト。

 サーキットと違い、一般車の中をすり抜けながらの勝負。この軍配はキリトに上がる。


 が、ヨシキは罠を張っていた。

 決着がつき、キリトが気を抜いた瞬間、コーナリングの走行ラインをヨシキの仲間の車が塞いだのだ。

 キリトのFDは側壁に激突して横転。5点式シートベルトを締め、ロールゲージも装備していたものの、キリトは命を落としてしまう。

 ヨシキとの勝負でキリトが死亡事故を起こしたため、ヨシキは「死神」と呼ばれるようになり、他の首都高ランナーから恐れられる存在となった。そして、その黒星は周囲に知られることなく、ヨシキたちだけの秘密となったのだ。


 それから二十年。ヨシキも四十代半ばになったが、本気の彼に追いつけるものはいなかった。


 そろそろ夜が明ける。

 ヨシキは帰路につこうとしていた。


 その時――


 ヨシキのRにパッシングを浴びせる白い車があった。

 バックミラーに目を向けるが、車種までは分からない。

 分かるのは四つ目の車ということだ。


「まだ俺に絡んでくる馬鹿がいたのか……」


 アクセルを開けるヨシキ。

 コーナーを凄まじいスピードで駆け抜けていく銀のR。


 しかし――


「振り切れない……本気でイクしかねぇな」


 シフトダウンし、咆哮を上げるVR38DETTエンジンがRを加速させていく。

 しかし、ストレートでは離れるが、コーナーでは一気に差を詰められる。


「おい、ウソだろ……」


 まるで猛り狂った猫が鳴き叫んでいるかのようなサウンドを響かせながら、白い車がRに迫ってきた。


「俺のRに追いつけるわけが……!」


 スッと追い越し車線のRのリアから、走行車線へとレーンチェンジした謎の車。

 目の前には短いストレート。

 そして、追い越し車線には数百メートル先に大型トラックが走っている。


 アクセル全開で加速していくR。

 この時ヨシキは、白い車の前に出ようとしていた。

 このRだったら、難なくできる。


 そう思っていた――


「!」


 800馬力のRに並ぶ謎の白い車。

 ヨシキの視界にその車が入る。

 見たこともない折り紙を連想させるような車だ。

 いくつもの部品を無理やりくっつけ合わせたかのようないびつな形をしている。


「な、何なんだコイツは!」


 ヨシキの目が一瞬白い車に向く。

 ドライバーズシートには死んだはずのキリトがいた。


 ゆっくりとヨシキに顔を向けるキリト。

 何を言っているかは分からない。

 しかし、口の動きではっきりと分かった。


『お前も地獄行きだ』


 全開のヨシキ。800馬力のRが猛然と加速する。

 しかし、キリトのマシンは狂人の叫び声のようなエンジン音を響かせながらヨシキのRと並んだ。


(このRじゃオーバーテイクできない……)


 時速230kmで迫りくる大型トラックのリアバンパー。


(オレは環状線の王者だったはずだ……)


 ヨシキは叫び声を上げる時間すらなかった。



 キリトは車を路肩に止める。

 後方で立ち上る黒煙をバックミラーで確認し、彼はそのまま走り去っていった。


 この後、キリトの姿を環状線で見たものはいない。



 キリトは転生していた。

 神が示した異世界での英雄への道を断り、彼は現世への転生と、最狂最速の車を求めた。環状線という名のルーレットで、前世の自分を罠に嵌めたヨシキに復讐するために。


 神がキリトに用意したのは『走る狂気』だった。

 80年代、人間にはコントロールできないと言わしめたほぼ改造無制限のマシンによるラリーがあった。


 <グループB>


 その中でも最強と言われた一台『ランチャ・デルタS4』である。

 ターボチャージャーとスーパーチャージャーで武装した1800ccのエンジンをミッドシップレイアウトに搭載。最終的な仕様は600馬力を超えていたという。車重は900キロを切っており、電子制御も安全思想も乏しい時代、まさしく走る狂気であった。

 キリトはこの『デルタS4』へさらにチューニングを施していたのだ。



 そして、王者無き環状線は、戦乱の時代へと突入していく。

 ルーレット族とも蔑称される首都高ランナーたちは、王者の座を目指し、今夜もルーレットを周回し続ける――



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