【短編】口裂け女の、頭まで裂けそうな4月1日
ほづみエイサク
口裂け女の、頭まで裂けそうな4月1日
4月1日。
今日はエイプリルフールです。
年に一度の、嘘を吐くことを
ですけど、私は嘘をつくのに苦手意識があります。
かといっても「嘘を吐かないのは失礼かな」とか「周囲に合わせないのは恥ずかしい」と考えすぎてしまって、いつも頑張って嘘をつこうと頑張るのです。
だから、いつもサプライズめいた嘘をつくようにしています。
例えば昼間に「今日の夕飯はそうめんだよ」とがっかりさせた後、実はハンバーグを出したりとか。
そういうことばっかりをしています。
「エイプリルフールって、そういうものじゃないだろ」
夫は呆れたように、そう言うのです。
毎年です。
そう言われても、私にとっては渾身の嘘なんです。
仕方ないじゃないですか。
……いえ、嘘です。
本当はずっと、もっと大きな嘘をついているんです。
夫に対して。
本当は打ち明けたいのですが、口が裂けても言えない事情があるのです。
「なあ、小さい時、口裂け女に出会ったときがあるんだよ」
今年の4月1日。朝食にて。
夫がそんなことを言い始めました。
私はドキリとしながらも、平静を保とうとします。
「何度も聞きましたよ、その話」
「そうだったか?」
「ええ。本当に好きですよね、その口裂け女のこと」
私が呟くと、夫は頬を赤らめながら顔を背けました。
「まあな。あれが初恋だったなぁ」
「……そうですか」
そんな姿を見ていると、おもわずため息が漏れてしまいます。
ですが、これは嫉妬とか嫌悪感とか、そういうマイナスな感情ではありません。
ちょっと生暖かいため息です。
なぜかって?
私が
つまり、夫の恋心は、全部私がもらっているんです。
私は夫の最初の女でもあり、最後の女でもあるんです。
夫と再会した時、私はすぐに気づきました。
12年前、突然「俺と結婚してください」と告白してきた少年だ、と。
怪異らしく、驚かせにいったのに、求婚されたんですよ。
忘れられるはずがありませんでした。
再会した時の私は、人間社会に紛れ込んでいて、特殊な技術で裂けている口を隠していました。
それなのに――
「あなた、口裂け女だったりしませんか?」と訊かれました。
「い、いえぇっ!?」
それから、私はずっと『普通の女性』としてふるまっています。
正直、日々罪悪感が積もっていっています。
ですが、この真実を打ち明けることはできません。
怪異界隈には、絶対に破ってはいけない
《人間ニ 正体 バレルコト ナカレ》
それが怪異界隈での、唯一の鉄則です。
人間社会に溶け込んだり、結婚することは許容されてします。
ですが、正体を打ち明けたり、バレたりしてしまった場合は、大きなペナルティを課せられんです。
怪異の里に連れ戻される。
怪異の世界って、かなりの田舎で、何もありません。
スマホの電波も通ってないし、いまだにボットン便所だったりします。
ファミレスなんかもなくて、基本的に自給自足の生活です。
人間社会の生活に慣れてしまった私としては、里での生活が文化的とは思えないのです。
もう二度と、あんなところに戻りたくはありません。
それに――
(息子や夫と離れるなんて、考えたくもないです)
息子が結婚して孫が生まれて、孫が成人するぐらいまでは見守りたいですし、夫とは温泉巡りをしたいです。
まだまだ家族で行きたいところ、やりたいころがいっぱいあるんです。
バレてしまって、夢が全部叶わないなんて、想像したくもありません。
そんな事態を回避するためにも、今夜、実行しないといけないことがあります。
「今夜は用事がありますから。子供の面倒をよろしくおねがいしますね」
「んー。わかった」
夫は息子の面倒を見る時、かなり放置しがちです。
正直、心配です。
それでも、信じて託すしかないんですよね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『人間 ヲ 驚カセ タイ』
心の奥底で、そう囁く声が聞こえます。
怪異の
たまに人間を驚かせたくて、どうしようもない時があるんです。
いつもは年に一度だけで我慢できるんです。
ハロウィンの仮装に紛れて、驚かせられれば十分なんです。
ですが、ストレスのせいで、今年は早々に我慢できなくなってしまいました。
ストレスの主な原因は、息子です。
息子から目を一瞬でも離すと、危ないことをしてしまいます。
本当に気が抜けません。
それでも、幼稚園や小学校にいる間は休むことが出来ました。
それなのに、最近はリモート授業をしていたんですよ!?
自分の時間なんてものは全然なくて、本当に大変でした。
いくらかわいい息子といっても、かなりメンタルに来てしまいました。
結果――
(エイプリルフールなら、許されますよね! 本物だと思われませんよね! たぶん!)
そう信じて、今日――4月1日の夜に『口裂け女』が復活することになりました。
あまり遠出するのも怖かったので、近所の公園で。
いえいえ、これは巧妙な作戦なんですよ?
犯人が近所にいるなんて、盲点じゃないですか。
裂けている口を開放して、木陰で獲物を待ちます。
お、早速一人の少年が来ました。
こんな時間に子供一人で歩いているなんて、かわいそうです。
訳アリでしょうか。
さっさと驚かせて、家に帰してあげましょう。
マスクを取って、少年の前に出ました。
「ネエ ワタシ キレイ?」
決まった!
若いときよりもキレはないけど、かなりの出来なはずです。
これは怖くしすぎたですかね。
そう心配に思ってしまうほどでした。
ですが――
少年は、キョトンとしていました。
「まま……?」
かすれた声を聞いて、私はハッとしました。
人間を驚かせたいあまり、ちゃんと確認していませんでした。
いや、それ以前に、こんなところにいるとは、全く想像していませんでした。
驚かせようとした少年は、最愛の息子だったのです。
とっさに顔を隠しましたが、後の祭りでした。
「まま、なにをしてるの?」
「えっと……その……」
どう答えても、隠しきれない。
息子はパパに似てお気楽だけど、一度気になったことには、途轍もない執着を見せる。
下手なことを言ってしまえば、かなり厄介なことになります。
「えっと、エイプリフールですから……」
「ままって、たまにおかしいよね」
息子の何気ない言葉が、グサリと刺さりました。
穴があったら入りたい……。
「でも、とってもにあってる!」
「そうですか?」
この姿が私の『本来の姿』ですから、悪い気はしません。
「ねえ、そのかお、どうなってるの?」
息子は興味津々に、私の顔を触ってきました。
ちょっとくすぐったいですけど、嫌ではありません。
ふと、私は息子に訊いてみたくなりました。
「ねえ、ママが本当に口裂け女だったら、どうしますか?」
息子は「う~~~~ん」と悩みながらも、答えを出してくれた。
「ともだちにじまんするっ!」
「そうですか~~~~~」
あまりにも無邪気な回答に、否定する気にもなれませんでした。
(ああ、私の息子は宇宙一かわいいですねー)
自然と、口角が吊り上がっていって、自然と口が裂けてしまいました。
(でも、なんでここにいるんでしょうか?)
疑問に思いながら息子の頭を撫でてていると――
「お前は何をしているんだ?」
突然、背後から夫の声が聞こえました。
「あなた!? なんで!?」
「こいつがお菓子を食べたいって言うから、一緒にコンビニに行ってたんだよ」
夫はレジ袋を掲げながら、答えました。
なぜマイバッグを使わないのでしょうか?
いえ、そんなことは、今どうでもいいですね。
「お?」
夫は意外そうな顔をしてから、私の顔をマジマジと見始めました。
ヤバイ!
このままだとバレてしまうかもしれません。
「見ないでください!」
私は距離をとって、顔を隠しました。
すると、夫は少し悲しそうな顔をしながら、言い始めます。
「なあ、本当は、お前が
「え!?」
私の顔は、一瞬で真っ青になっていきました。
バレてた。
里に帰らないといけなくなってしまいます。
イヤだ!
息子や夫と離れたくありません。
でも、里の掟はゼッタイです。
「ぁ……えっと……」
言葉に詰まっている私を見て、何かを察したのでしょう。
夫は悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「なんてな、エイプリルフールだよ」
「そ、そうですよね! そんなわけないですよねっ! エイプリルフールですよねっ!」
「こんな凝ったメイク、よくやるな」
「そ、そうですよ! メイクに決まってるじゃないですか!」
私は内心ホッとしました。
これならセーフですよね。グレーゾーンですよね。
3秒ルールでノーカンですよね!?
そう信じます。
信じ込みます。
誰が来たって、ゴリ押ししてやります。
だって、もうこの生活から離れたくないんですから。
私たちは、20年前(夫が7歳の時)に出会って、8年前に再会しました。
ちなみに私の姿は、夫と再会する12年間の間で、全く変わっていませんでした。
怪異ですから、基本的に不老なんです。
まあ、子供を産んでしまったら、人間と同じように老いてしまうのですが。
人間と同じように恋愛して、家庭を持った8年間。
人生(怪異生?)で一番幸せでした。
「なあ、ずっと一緒にいられるよな」
夫の口から突然出てきた言葉に、私の目はまん丸になりました。
普段は、こんなことを口走る人ではありません。
私は照れ臭く感じながらも、口を開きます。
「ずっと一緒にいられるなんて、口が裂けても言えません」
「な……っ!」
夫は驚愕していますが、これが私の本心です。
ですが、これだけではありません。
「ですが、ずっと一緒にいられたら幸せなだろうなぁ、って思います」
一緒にいたいと思っています。
でも、ずっと一緒にいられる自信はありません。
私は『口裂け女』で、夫はただの人間なんですから。
「ですから、あまり変なことは言わないでくださいね。私のためにも」
「……そうだな」
夫は私の顔を見ませんでした。
ですが、これが照れ隠しなことぐらいわかります。
もうアレコレ8年も一緒にいるんですよ。
夫が手の甲で、私の手をツンツンと小突いてきました。
若いときはよくしていた「手を繋ぎたい」の合図です。
私は少し嬉しくなりながら、夫の手に指を絡ませます。
そしてゆっくりと、味わうように歩く。
こんなこと何年ぶりでしょうか。
息子が生まれてからは、毎日が忙しくて、手をつなぐ感触すら忘れていました。
「ほら、はやくかえろう! おかしおかし!」
少し先では、息子がピョンピョンと手を振っています。
後ろ向きで歩いていて、歩き方がたどたどしい。
「こら! 後ろ向きで歩いたら危ないですよ!」
慌てて追いかけようとするあまり、フッと夫の手を離してしまいました。
「あっ……」
夫が名残惜しそうな声が、後ろから聞こえました。
振り向くと、彼はすごく情けない顔をしていました。
少年の頃の姿が重なって見えて、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになります。
(この人の気持ちは、あの頃から変わってないんですね)
そう感じた瞬間、幸せのあまり口角が上がりすぎて、頬がジンジンと痛み出しました。
私は口が裂けても、人を傷つける嘘は言えません。
ですが、私の口は、幸せの分だけ裂けてしまうのかもしれません。
ああ。
このまま、頭まで裂けてしまえばいいのに。
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読んで頂き、ありがとうございます!
誤字脱字等がありましたら、コメントして頂けると助かります(∩´∀`)∩
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