前世ルーレットの罠

月井 忠

一話完結

「お前にチャンスをくれてやる」

 俺はそう言って、目の前のクズを見下ろした。


「あ、ありがてぇ」

 クズは涙と鼻水を流しながら、見上げてくる。


 このクズは大事な仕事をとちった大馬鹿野郎だ。

 こういうクズを始末するのが俺の仕事だ。


 だが、俺は慈悲深い。

 懸命に命乞いするものにはチャンスを与えている。


 もっとも、未だその好機を手にしたものはいない。

 このクズはどちらだろう。


 今以上に泣き叫びながら鼻水を垂らすことになるか、それとも俺の罠を見抜くか。


 まあ前者だろうなとほくそ笑んで、俺はクズの前にそれを差し出す。


「こ、これは……」

「見ればわかるだろう?」


 寿司下駄には中トロ八貫。


「ロシアンルーレットだ。一つだけ普通の中トロだが、残りは大量のワサビが入っている」

「つまり、その一貫を選べってことだな? サビ抜きだったら俺は……」


「ああ、見逃してやろう」

「へへっ、やってやるぜ」


 クズは、嬉々として中トロに目を近づける。


 コイツも駄目だな。

 俺はため息をつく。


 賭けのことを何もわかっちゃいない。


 相手の言うことを素直に聞き入れるバカがどこにいる。

 そんなことだから仕事をとちるんだ。


 賭け事については経験上、よく知っている。

 そう、前世の経験だ。


 俺の前世はルーレットだった。


 博徒共は皆俺にひれ伏し、有り金をすべて吐き出した。

 だから賭けというものがどんなものかよくわかっている。


 人として新たな生を受けてからも、俺はルーレットだった前世を引きずった。


 事あるごとにルーレットでものを決めた。


 クズは未だ中トロとにらめっこをしている。


 バカな奴だ。


 あの中トロはすべてサビ入りだ。

 それを見抜けるかどうかの賭けなのだ。


 俺を超える博徒いないものなのか。


 前世ルーレットの俺の罠を見抜くものは。

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前世ルーレットの罠 月井 忠 @TKTDS

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