ポケットのうた

千織@山羊座文学

あなたがたたいて増やしたいものは何ですか?

ポケットの中にはビスケットがひとつ

ポケットをたたくとビスケットがふたつ


「それって、ビスケットが割れてるってこと?」


「それは、ひとつとは言わんだろ。結局、そういうポケットがほしい、ってうただよ」


「なんだ、実際あるわけじゃないんだ。なら、なんでも言いたい放題だね」


「財布の中にはお札が一枚。財布をたたくとお札が二枚」


「何それ。夢があるね」


「もひとつたたくとお札が三枚」


「それってさ、たたかれたお札が分裂するなら、二枚の時に四枚にならない?」


「そうなってないから、やっぱりたたいた回数だろ」


「連打したらそれだけ出てくるかな」


「話の筋からいけばそうだろうな」


「高額紙幣だらけでお店に行ったら、ニセ札だと疑われるね」


「俺たちの見た目に相応しくないからな」



二人は、渚を歩いていた。

二人とも裸足で、靴はどこにもない。


濡れた砂に足がめり込む。

グニュグニュとして、気持ちいいのか悪いのか。

指の間に砂が入る。



「たたいて増えてほしいもの、何?」


「腎臓かな。売って、一個になったら、疲れやすくなった」


「ああ、なるほど。じゃあ移植でとられた私の片目も、たたいて増えたらいいね」


「無くなった歯も、増やし放題だ」



夕日が沈み切りそうで、間もなく夜が来る。



「明日も話せる?」


「明日くらいなら」


「明後日は?」


「明後日くらいなら」


「3日後は?」


「ちょっとわかんないな。この間、抜き打ちの捜査で、隣のエリアがやられたんだ。誰も犯罪をやってないのに、逮捕の成績のために連れて行かれた。いつ自分の身に起こるかわからない」


「……なでたら減る、っていうのはないかな」


「何を減らすの?」


「自分をなでたら、半分になるの。頭をなでたら頭が半分、お肩をなでたらお肩が半分。そんな不思議なお手てがほしい」


「消えてなくなりたい?」


「お母さんは私を産んで死んで、お父さんはケンカに巻き込まれて死んで、弟と妹は病気で死んで。なんで私だけ生き残ってるんだろうって」



少女は、か細い足で砂を蹴った。



「俺は、君と会えてるから、今は生きてて良かったって思うし、君にも生きててほしいな」


「そう言って、明日、いなくならないでね」


「明日くらいなら、なんとかなるんじゃないかな」


「じゃあ、また明日。ここで話そう……」


「ああ、また明日」


「あ、最後に、一緒にうたおうよ。ポケットのうた」



そんなふしぎなポケットがほしい

そんなふしぎなポケットがほしい

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