第2話

「…………は?」


 なんつった、今こいつ。

 魔術学園に? この俺が?

 一瞬思考が停止した。なにを言っているのか、理解できなかった。


「……どうやら困惑しているようですね。無理もないですけど」


「そりゃ困惑するわ! 俺が魔術師!? 冗談だろ!?」


「いいえ冗談ではありません。兄さんには魔術師を目指してもらいます」


「待て待て待て! なにがどうしてそうなる!?」


「兄さん……ちょっと落ち着いてください。順を追って説明しますから」


「!? あ、ああ。わかった」


 空気感の差が激しすぎる。真剣な目で睨まれた。

 たったそれだけのことだったのに、気持ちが分散してしまった。


 なんだか落ち着かない。

 妹の恐ろしさを実感した瞬間だった。

 俺が騒ぐのをやめるのを見計らって、


「これを見てください」


 そういって俺に一つの紙を差し出してきた。

 手紙だろうか。古びた紙だった。紙質が今とは違く、少し萎れていた。

 今とは違う、墨汁で文字が書かれており、力強い意志を感じる。


「なんだ、これ」


「遺書です」


「遺書!?」


 目を追って確認する。

 文字形態がわからず見落としていたが、たしかにそこには遺書と書かれていた。

 名前は――


「神崎麗香……って」


「そうです。史上最強の魔女と呼ばれたお方。私たちの祖母にあたる人です」


 祖母の遺書。

 昔のほんの小さな頃の記憶が蘇った。

 俺がこの家を立ち去る前。まだ2,3歳の頃のことだ。


 俺はおばあちゃん子だった。

 父さんや母さんは忙しく、俺の相手をしてくれなかった。

 ちょうど俺は遊びたいお年頃。


 その代わりに相手をしてくれたのが、すでに引退していたおばあちゃんだった。

 よく部屋に行って遊んでいたっけ。本を読んでくれたり、魔術を見せてくれたり。

 いろんなことをやって気がする。顔すらもう思い出せないけど、なんだかんだ感謝している存在だ。


「なんでそんなものがここに……」


「最後の一行を読んでみてください」


 そこに答えがあります、とでもいうかのような口ぶりでそういった。

 嘘偽りのない言葉。

 残り一行、最後の一文を声に出して読み上げた。


「神崎隼人を……魔術学園させよ」


 間違いなくそう書かれてあった。


「嘘だろ!?」


「嘘ではないですよ。たしかに神崎麗香の執筆です」


「な、なんでそんなことが言い切れるんだよ!?」


「筆跡鑑定や、墨汁の質、隅々まで確かめました」


「そんなことで……」


 俺は最後まで言い切る前に晴香が遮って言う。


「なによりの証拠は――その魔術。流石史上最強の魔女。まさか死んでから発生する魔術を使うとは……」


「ちょっと待て。死んでから……発生した?」


「そうです。この一文は最近急に出現したんですよ。そうなるように仕組んでいたんです」


「えっと……つまりはあれか? 死ぬ前にホントは書かれていたけど、魔術が使われていて今の今まで気づかなかったと?」


「まあ、端的な言い方をすればそうなりますね」


「いや馬鹿か!? 誰一人として気づかないとかどんだけうちの家系は間抜けなんだよ!?」


「馬鹿って……兄さん、そんな幼稚な言葉遣いまだ治っていなかったのね」


「馬鹿くらい使ってもいいだろ。なんで魔術師の一家なのに遺書にかけられてる魔術すら気づかないんだよ!?」


「兄さんは魔術の解析をやったことがないからそんなこと言えるのよ。本当に難解な魔術なんか存在を感じることすら不可能なのに」


「…………」


 クリティカルヒット。

 痛いところを突いてきやがる。


「と、とにかく、事情はわかった。この遺書に俺が魔術学園に入学させるようにしろってこともわかった」


「それなら話は早いですね。兄さんには魔術学園に入学してもらいます」


「だから、それがわからないんだよ。どうしてお前は俺にそこまで入学させたがる。おばあちゃんの遺書なんて見なかったことにすればいいものを」


「そんなわけにいくわけないでしょ。馬鹿なの、兄さんは?」


「ば、馬鹿ってお前……」


 さっき幼稚な言葉とか言っていたくせにとか思っていたところ。

 いい?兄さん、といいながら迫ってきた。

 さっきよりも口調も声量も目付きも強い。


「世界的に見てもあれだけの強さを持ち、神崎家をここまで成長させたあの麗香おばあ様が残した遺書に書かれていたのよ。それも、わざわざ魔術で隔してなんかして。絶対なにかあるに決まっているじゃない」


「それはそうかもしれないけど……」


「もしかしたらなにかが起こるかもしれないんです。神崎家、当主としてこれを見過ごすわけには行かないんです」


 目の前に立たれる。


「きゅ、急にぐいぐい来るなあ……」


 なんだか胡散臭い話だ。

 おばあちゃんが優秀だからってそこまで信じるか普通。

 なにか裏があるのかもしれないが……そんなことより近い!

 めちゃくちゃ近い。凄く睨まれてる。


「それに兄さんには拒否権はないんです!」


「んな、横暴な……ていうか、魔術学園ってことならそれ相応の試験があったりするんじゃないのか?」


「それなら問題ありません。神崎家の長男ということで、試験なしの特別処置をさせてもらいました」


「…………は!?」


「もうすでに手配は済ませてありますから。これを今更取り消すことなんて絶対に出来ません」


「ほんとに取り消し無理じゃねぇか!? どうすんだよ、俺魔術なんか使えないよ。魔力ないから家を追い出されたってのに。今更なに言ってんの!?」


「問題ありません。ちゃんと魔術師として成長できるようできる限りの支援はしますから…………入りなさい」


 するとメイドたちが出てくる。

 そのなかにさっき案内してくれたメイドもいた。


「兄さんにはこの家で生活してもらいます。世話係は彼女たちが交代制でやってもらいます。いいわね?」


 メイドたちが一斉に礼をしだした。


「それと帰ったら稽古として毎日2,3時間ほど魔術の訓練を……」


「待った待った。家まで支給されんのかよ」


「当然でしょ。魔術師を《普通》の家庭の近くに置いておくなんてのはあまり得策ではないですから」


「じゃあ、あの家には……」


「帰しません。荷物なら彼女たちに持ってこさせるから欲しいものがあったら言ってくださいね」


「…………」


 絶句した。

 なにからなにまで詰んでいるのだ。

 俺の逃げ道がすべて塞がっている。ここまで来てしまったならどうしようもない。

 ここに来た時点でこうしようと思っていたのだろう。

 恐ろしい奴だ。


「それに……久しぶりに兄の姿が見れて、ほんとは私も嬉しいんですよ」


 その時初めてにこやかに笑った。

 綺麗な笑い顔ではなかったが、精いっぱい笑いかけてくれているのが伝わってくる。


「ん…………」


 そこが少し効いてきた。

 笑うとこんなにも可愛いのか俺の妹は。

 そう思った。


「じゃあ、そういうわけでいいですね兄さん」


 手を差し出される。

 俺は少し間が空いてからその手を握り返してしまった。


 というわけでなぜか俺の入学が決定した。

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魔法使いの生き残り シア07 @sia1007

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